no,4

「って待ってください!」

「何だよ馬鹿? くだらないこと言ったらその場に座らせるぞ?」

「キッシュはわたしを殺しに来たんですか!」

「腰から離れて座ってろ」

「……はい」


 ベッドの傍、二人の視界に入るポジションでサラは正座した。


「この馬鹿は人魚の海だっけ? そこから逃げ出したから罰を受けなきゃいけないんだよな?」

「……一番の問題は、頭が悪いのに地位だけは高いことだ」

「一族の秘密を根こそぎ抱えているのに、財宝まで抱えて逃げ出したんだから罰ぐらいは仕方ないな」

「本来なら複数の戦士が派遣されるはずだった。でも頭が悪いからそんな遠くには逃げていないだろうし、もし仮に逃げていても見つかるだろうからと私一人に決まった」

「立候補して頑張って選ばれた訳か?」

「……他の戦士に不幸な出来事があって体調を崩しただけだ。サラフィーと昔から馴染みの私が行くことに批判的な者も居た」


 あっさりと認めた。

 体調を崩したという戦士たちにも何かしらの薬でも使ったのかもしれない。

 こんなに思ってくれる昔馴染みが居るというのに……イラッとしたアオイはサラは額にデコピンを入れた。


「で、この馬鹿を連れ帰らないとどうなる?」

「……いずれ私にも追手が掛かるだろうな」

「そっか。大変だな。頑張れ」


 良し解決とばかりに話を終えようとしているアオイの気配に気づいて、サラが飛びかかる体勢を整えた。


「いや解決だろう?」

「どこが解決なんですか!」

「だから馬鹿なんだよ。コイツはお前を連れて海に帰る気なんて最初から無い」

「でもでもそれだとキッシュは!」

「……海に帰れなくて問題はあるのか?」

「えっと……キッシュ? どんな問題があるんですか?」

「無い。あるとしたら人魚であることを知られないこと」

「そうですか。そうですね。ほら何も問題無いですね! 無事解決でした!」

「俺に正体バレてるけどな」

「一番の問題だ」


 テンションがおかしな方向に向かっていた馬鹿が、ハッとようやくそれに気づいた。

 アワアワと慌てふためいたサラは、見本のような綺麗な土下座でアオイに頭を下げる。


「どうか誰にも言わないで下さい」

「言わねえよ。つかそんな便利なアイテムなら独占するに決まってるだろ?」

「本当ですか? 約束ですよ! 破ったら一生恨みますからね!」

「はいはい分かりました分かりました」


 投げやりに答える新しい"保護者"の様子を見てキッシュは笑っていた。

 これならもう自分が面倒を見なくても大丈夫だろうと判断できたのだ。


 嫌な空気をベッドの方から感じたアオイはその顔を向けた。


「で、お前はどうするんだ?」

「どこかの頭の悪いのが、男にでも騙されている様なら連れて遠くに行く予定だったが……その問題も無いようだ。口は悪いが人は良さそうな相手で良かった」

「……俺としては今直ぐ連れて行って貰っても良いんだけど?」

「遠慮する。もうその面倒を見るのは心底嫌だった」

「だから廃品を押し付けるなよ」

「わたしって……もう良いです。しくしくしく」


 ゆっくりと体を起こしたキッシュは気を付けながら床に足を降ろした。


「ここならしばらくすれば逃げ込んだ足取りなど消え、異変に気付いて遣わされた追っ手も探しようがないはずだ。ならここで冒険者の真似事をして生活する」

「出来るのか?」

「お前を追い詰めたぐらいの腕はある」


 アオイとて相手を誘って追い詰められたと言いたかったが、相手がそれに応じて乗ってきた可能性もある。

 サラの面倒をずっと見て来たのだから……基本的には悪い人では無いのかもしれない。


 食堂の会話から悪い男に騙されたと思い激高して、襲いかかって来たのだろう。

 そうなる様に仕掛けたアオイが悪いのか、応じたキッシュが悪いのか……とりあえず彼はサラの額にデコピンを一発叩き込んだ。


「で、職業は?」

「地上に来たら、曲芸師になった」

「キッシュは昔からその手のことが得意なんです。あと踊りとかも上手いんですよ。でも男性の人魚たちの受けは悪いみたいでしたけど」

「サラフィー。二度とその話をするな」

「……はい」


 叱られた犬のように身を竦ませて馬鹿は沈黙した。


「こんな体調だからしばらくは休息が必要だがな」

「この村にはこの宿屋しかないぞ?」

「なら店主に会って部屋を借りないと。それに騒いだことを詫びなければ」

「真面目なんだな」

「どこかの誰かが常識が無かったから……な」


 その疲れた表情からどれほどの尻拭いをして来たのかが伝わって来た。


「キッシュ? 部屋を借りるなら」

「断る。もうお前の面倒など見たくない」

「アオイ! バッサリと切り捨てられました!」

「まあそうだろうな。俺も同じ気持ちだ」

「いや~! ベッドのありがたみを知ってしまった今、もう外での寝泊まりとかしたくないんです」


 泣きわめくサラにその表情を見られないように、クスクスと笑ったキッシュは部屋を出て行った。

 しくしくと泣いている馬鹿を放置されて行っても困るのだが……アオイは頭を掻いた。


「で、そこの馬鹿よ?」

「……はい?」

「本日の俺に対する迷惑料を請求しても良いか?」

「……わたしにですか? キッシュですよね? アオイを追い回したのは!」

「あっちは別途で請求するから心配するな」


 怪しい手つきでアオイは床に正座しているサラに標準を向けた。


「さて……その体で払って貰おうか?」

「いや~! また胸が膨らみます! パンパンになっちゃいますから!」




(C) 甲斐八雲

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