no,3
「お前のうっかり振りに心の底からビックリなんだけど?」
「事故です! 何より助けて貰って批判するのって酷いです!」
「……少なくともお前の知り合いだろ? そんな人の胸に矢を撃つか?」
「大丈夫ですよ。アオイのヒールがありますから」
「俺のスキル使用回数がゼロと言ったら?」
サーっとサラの顔色が蒼くなっていく。
本当にその可能性を忘れていたのだろう。
「アオイ~! 回数切れなんですか! どうしましょう! キッシュ! どうか恨まないで下さいね!」
「射殺しようとした奴の言葉じゃ無いな」
「どうしましょう! 川に流せば良いですか? あれです。全てを水に流すって言いますし!」
「あんな寝言を言ってるが……お前って報われない奴なんだな」
「……」
慌てているのかパニック状態なのか、弓の弦でビーンビーンと音を発しながらサラが騒いでいる。
そんな馬鹿を尻目にアオイは地面に横たわっている女性をそっと抱き起した。
息は細いが途切れていない。
「たぶん心臓には当たっていない。運が良いのかアイツの腕が良いのか」
「……昔から無駄に器用な子だった」
「無理するな」
発した言葉で痛みを感じたのか、キッシュと呼ばれている女性が身を震わせ呻いた。
アオイは傷口の状況を確認するために……彼女の服を捲る。
彼は目を瞠った。状況は良くない。これほど酷いとは思わなかった。
「お前……男か?」
「死ね」
放たれた相手の拳が、失礼な言葉を吐いた男の頬を貫く。
両者痛みの元を押さえて地面に横たわった。
「もうアオイ! 何しているんですか!」
「どう見てもダメだろう? 手の施しようが無いぞ……この薄い胸には?」
「キッシュは昔から言ってました。泳ぐのに邪魔な物は身に付けないのだと! わたしは無駄に重い物があるだけに昔から泳ぎは不得意で」
「何故だろう? 涙が溢れて止まらない」
流石に拳を振るったことで色々とヤバくなったのか、地面に横たわるキッシュの口がパクパクと動くだけで言葉すら発しなくなった。
生温かな視線を相手に向け、アオイはとても慈悲深い気持ちで彼女の胸に刺さる矢を抜いた。
と、同時に使用するヒールのおかげで傷口が癒える。
「ヒールは抜けた血までは回復できないんだよな」
「そうなんですか?」
「お前の生き血を飲ませたらどうなるんだ?」
「人魚同士では治らないみたいです」
「そっか。ならちょっと腕を出せ」
「こうですがぁっ!」
掴まえたサラの腕にカプッと噛みつく。
口の中に血の味が広まりそれを何度か飲み込んでから、アオイは口を離してヒールを使った。
「痛いのに! 吸われたのに! 傷口が無いから!」
「斬新な苦情だな? 俺も結構血が抜けてヤバいんだよ。それにお前じゃこの人を抱きかかえて宿まで戻れないだろう?」
「……はい?」
キョトンとした様子でサラが彼を見る。
まな板の上の鯉のように脱力しきったキッシュは気怠そうな目で彼を見る。
やれやれと肩を竦めた彼は面倒臭そうにその二つの視線を受ける。
「お前の知り合いなんだろ? なら捨てて行って知らない野郎共の玩具になるのは見過ごせないしな。何より解決方法を模索しないとまた俺が苦労させられる」
結局彼の中には『見捨てる』という選択肢だけは存在していない。
『あら? 新しい奴隷を捕まえて来たの?』『人聞きが悪いですね』『ならその子を早速手なずけたのかしら? これから部屋で楽しみ?』『あはは。色々残念なハーレムだ。何よりそこの馬鹿は俺の玩具ですから』『断言! もう少しわたしに優しさを!』『あら? アオイは優しいわよ。うふふ。私、買い物に出るからあまり騒がないでね』『了解です』などと買い物に出て行くエスーナと馬鹿話をして、食堂を抜けてアオイたちは借り受けている彼の部屋へと向かった。
「さとて。あとは二人で話し合って勝手に決めてくれ」
弱っているキッシュをベッドの上に横たえたアオイはそのまま部屋を出ようとした。
ヒシっと何かが全力で腰にしがみ付いた。
それを無視してヅカヅカと歩いてドアまで突き進んだ。
「アオイ! 引き摺ってますから!」
「なら手を離せ。そうすれば引き摺られないぞ?」
「そうしたらアオイが逃げるじゃないですか!」
「離さなくても逃げる。なら引き摺られない方がお得だろう?」
「なら引き摺っても良いので逃げないで下さい! キッシュと二人にしないで下さい!」
ボロボロと涙をこぼして懇願して来る相手にアオイが折れた。
「でもあれだろ? お前たちの一族の話だろ? これ以上部外者の俺に恐ろしい話を聞かせるな。この世の全ての人魚が俺を殺しに来るわ」
「大丈夫です。その時は一緒に遠くへ逃げましょう」
「……お前を差し出して時間稼ぎしている間に逃げれば良いか」
「ア~オ~イ~!」
馬鹿が腰にしがみ付いたままなので、引き摺ってベッドまで戻る。
「やっぱりこの廃品を持って帰ってくれないか?」
「……本当に殺されるぞ?」
「だからお前が来てどうにかしようとしたんだろ?」
「……昔馴染みのよしみで私がこの手でと思っただけだ」
天井を見上げて彼女はそううそぶいた。
表情から口調からここまで嘘が下手な人はそうは居ない。
深くため息を吐いてアオイはこの二人をどうにかする方法を考え始めた。
(C) 甲斐八雲
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