no,2
相手の弱点は……魚と言う部分なだけだ。あとは人と何も変わらない。
だが現在鞭を振り回し駆けて来る相手はどう見ても人間だ。
なら弱点は自分と同じ。どうにかするなら反撃して怪我を負わせれば良い。
「さあ居所を吐いて死ぬ!」
「要求がこっちに対して厳し過ぎやしませんか?」
「知ったことか!」
容赦の無い攻撃が飛んで来る。
その攻撃を必死に回避して……アオイは相手の真意を確認することに決めた。
「悪いな。馬鹿だがあれは良い女なんで手放したくない」
「戯言を! あれは夢見るだけの奥手だ」
「だから騙しやすいのさ! 今朝も一晩中相手してやったらベッドの上で虫の息になってたぞ?」
「……嘘だ」
「事実だよ。俺に借金してて何でも言うことを聞く状態だ。もうやりたい放題だ」
「嘘だ!」
激高したかのように彼女が叫ぶ。そして複数の矢が飛んで来た。
ただ狙いなど定めていないのがあっちこっちに飛んで行きアオイには当たらない。
迫害の歴史を突き付けられた時とは反応が違う。
サラを辱めたと聞いた彼女の反応は……妹を弄ばれた事実を知って暴れる姉のようだ。
仕掛けてみるしかない。どうせこのままではこっちが終わる。
「あの胸を揉んでると良い声で鳴くんだよ」
「……」
「元に戻った足とか冷たくて気持ちいいしな。ただあれだとねじ込めないから困る。おかげで胸と口だけで楽しむことを覚えた」
「良くも!」
「あっ」
右足に矢が刺さりアオイは地面を転がる。
と、次の矢が左肩に突き刺さる。そして右手の甲にもだ。
「……スキルは?」
「ネタ切れだ」
やれやれと言った様子でアオイは肩を竦める。
肩に刺さった矢の痛みに顔をしかめる結果となる。
「どこまで知っているか吐き、サラフィーの居場所も吐き……あとは血反吐を吐いて死ね」
「恐ろしい要求だな?」
「お前の行為は万死に値する。サラフィーを汚した……純情可憐だったあの子を汚したのは許せない」
「あはは。馬鹿だな。王子様と出会っていればそう言う仲にもなるだろうに」
「……それでもだ」
「甘いんだな。可愛い妹って感じか?」
「黙れ」
「それを連れ帰って罰を与えるというんだから……俺より酷い行いだろうに?」
「煩い!」
「その罰はお前がやるのか? 泣き叫ぶアイツの声が聞きたいタイプか?」
「お前の口を潰してやろうか!」
詰め寄った相手はアオイの襟首を両手で掴み上げる。
噛みつかんばかりにその顔を近づけて彼女は吠えた。
「あの子は禁忌を冒した。もう一族が住む海には帰れない!」
「おいおい? 連れ戻すんじゃなかったのか?」
「……始末するなんて言えないだろう。あの子はそのことを知らないんだ」
今にも泣き出しそうな表情で、彼女はアオイに吠え続ける。
「昔から夢見がちな子だった。優しくていつも聖典ばかり見て、夢ばかり見て!」
「それを知ってるんなら逃げる前に止めろよな」
「本当に出て行くなど思いもしなかった。だから……」
ポロポロと零れる涙にしかめっ面を見せ、アオイは深くため息を吐いた。
刺さっている矢が痛い。抜いてからで無いとヒールが使えない。
「さあ言え。あの子は何処に居る」
「それを知ってどうする?」
「……人魚らしく海に還す。たとえ躯になってもだ」
「そうか。なら協力は出来んよ」
咄嗟に手を伸ばしてアオイは相手の体を捕まえる。
反撃しようと拳を作った彼女が腕を振り上げる。
「クサヤ」
「くっ」
「クサヤ」
「くぅっ」
ビク。ビクビクと体を震わせて相手が動きを止めた。
その瞬間迷うことなくアオイは地面に落ちている相手の武器を拾い……どうにかそれを相手の首に巻く。
「かはっ!」
「殺したくは無いからさっさと気絶しおっ!」
ガシッと彼女が矢の刺さる足を蹴り上げる。
激痛に目の前に星が散った。それでもアオイは唇を噛み締めて痛みをこらえる。
とにかく相手の動きを止めないと圧倒的にこっちが不利なのだ。
「放せ! 人間!」
「わりーな。俺はアイツを見捨てるなんて最低行為だけはしたくないんだ」
「放せ! この! この!」
余りの激痛に意識が飛びかける。
相手が酸欠になるのが先が、自分が気絶するのが先か……チキンレースの様相を見せる。
お金を払って胸を揉んだというだけで、ここまで頑張っている自分が愚かしくも思える。
それ以上に色々と話して笑って蔑んだりもした。
『ああ。俺はアイツとの関係を悪くないと思ってたんだ』
その思いに気づき……激痛からかアオイは鞭を手放そうとした。
「あっ!」
不意にその声が響き、アオイを蹴りつけていた彼女が自分の右肩を押さえて蹲った。
「アオイから離れなさい! 彼を傷つけるのはわたしが許しません!」
「……」
どの口がそれを言うのかと思わずツッコみたくなった。
だが、らしくないほど険しい顔でこちらに向けて矢をつがえているサラに真剣そのものだ。
「大丈夫ですかアオイ? 貴方が襲われたと聞いて探したんです」
「いや……これは……お前の客なんだけどな」
「はい?」
鞭を手放した結果酸欠から解放された彼女は、痛みをこらえて立ち上がった。
アオイは急いで自分に刺さる矢を引き抜きヒールを使う。
何となくこちらを見ているサラは……自分と対面している人物に気づいた様子だ。
「キッシュ。キッシュじゃないですか?」
「サラフィー様」
「貴女が来たということは……追っ手か何かですか?」
「はい。そうなります」
「ひっ」
その返事を聞いて怯えたサラは、手元を狂わせてつがえていた矢を放った。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます