四章 『いまいちあれ~な追っ手』
no,1
対応を丸投げされたアオイは内心全力でため息を吐き出した。
こうなるのを避けるために、人との係わりを出来るだけ断とうとしたのでは無かったのか?
ただ……ベッドの上で陸揚げされたマグロのようになっていた相手に『済まないことをした』という気持ちが渦巻いているのも事実だ。
一晩中揉んだのはやはり興味が強すぎたのだろう。
それ以上のことを求めなかったのは相手の下半身が元の姿になっていたせいだ。
おかげで一線を越えられなかったことには感謝するべきだ。
入り口に立つ人物は、話していた店主がお鉢を回したことに気づいて彼に顔を向けた。
「……お前はサラの知り合いか?」
「サラ?」
「残念美人で胸は大きい……自称サンゴ細工が得意なおかしな絵本を持ち歩く夢見がちな馬鹿」
「その人物に間違いない」
食い気味で相手が数歩迫って来る。
ただ相手の両手がローブの中に隠れたままだ。武器でも握られて居たら厄介なことになる。
「で、アイツの知り合いか?」
「……家族から連れ戻して欲しいと頼まれている」
「金品を奪って逃げだしたとか何とか」
「……その通りだ。だから連れ戻し罰を与えないと」
「ん~。居場所を教えても良いんだけど、その罰の内容次第かな」
「……」
相手の口が閉じられる。
ローブの中で腕が動いているような様子が見える。
武器か何かを探しているのなら本当に厄介だ。
エスーナも何かを感じたのか、身を潜ませるようにカウンターの下へと消えて行った。
「言えないような罰なら言わんぞ?」
「……少し痛い目を見る程度だ」
「そっか。なら教えん」
「ならば力ずくで」
ローブの前が弾けて何かが飛び出して来る。
シュッと空気を裂いて伸びて来た物がアオイの右肩に当たり弾けた。
嫌な音と痛みに眉をしかめながら彼は床を転がり次の攻撃回避する。
何かが食堂の床を何かが弾けた。
根性で伸ばした足がそれを踏みつける。
長い縄状の物……たぶん鞭とか呼ばれる武器だ。
「良い武器だな。職業は女王様か?」
「余裕だな。ならもう少し痛い目を見せないと無理か」
「痛いのは嫌いなんだけどな。お前たちって相手を傷つけるのに躊躇いは無いのか?」
「さあ? サラフィーはどうか知らないが……私は好きな方だ」
「そうですか」
一気に引かれた鞭が床を舐めるようにしてまた向かって来る。
アオイは迷うことなくその鞭を掴み止めた。
利き手である右手から鮮血が溢れる。
「ん? 痛いのは嫌いなんじゃないのか?」
「嫌いだよ。だからこの職業は嫌いだけど唯一感謝しているスキルがある。ヒール」
「なっ」
スキルを使うのに言葉にして言う必要なんてない。
だがアオイはそれを口にすることで相手に知らしめたのだ。
自分には痛めつける類の攻撃など一切通じないと。
「厄介だな。神官か」
「そう言うこと」
「なら……徹底的に痛めつけるしかないな」
「感動すら覚える宣言だな? ならこっちも奥の手を使うぞ」
「奥の手? この状況で何が出来ると?」
攻撃する手を止めて話をするのは余裕だろう。
それは相手が見せる隙でしかない。
「クサヤ」
「……はうっ」
自分を抱きしめる様に両腕を動かし鞭まで手放す。
やはり相手も"人魚"確定だ。
迷うことなくアオイは走り出した。
開かれている窓から飛び出し逃げ出す。
「まっ待て!」
「誰が待つか」
「逃げるな!」
「逃げるわ!」
追って来る相手を引き付ける様にアオイは走る。
せめてもの救いは相手の足が遅いことぐらいだ。これなら時間が稼げる。
その間に必死に頭を働かせて対策をひねり出す。
彼の頭の中に……サラを見捨てるという選択肢だけは最初から存在していない。
どう切り抜けるか? そればかりを必死に模索した。
「このっ!」
「おわっち! 危ないだろう!」
「当たって死ね!」
「サラの居所が分からなくなるぞ!」
「……大丈夫。居所を知っているということは、少なくともこの村の近くに居ると言うこと。探し出して両足を圧し折って連れ帰る」
カッと頭に血が上った。
アオイは振り返って一発殴りたくなる衝動を抑えた。
「お前はアイツのなんだ? 追っ手か?」
「そうだ」
「へ~。人魚の中でも地位が高いって話は本当だったらしいな」
背中に冷たい物を感じてアオイは咄嗟に横に逃れた。
地面に突き刺さっているのは矢だ。
何かのゲームで鞭を使って矢を投げる攻撃があった。それかもしれない。
「器用だな! お前も隠していたサンゴをアイツに使われた被害者の一人か?」
「……どうやら本当に詳しく知っているみたいだな。もうお前を生かしておくことは出来ない」
「嫌だね全く。迫害の歴史がそんなに恐ろしいか!」
「……人間風情に分かるまい!」
顔を隠していたローブを払いのけて相手が一気に走って来る。
その顔立ちは悪くない。人魚はどうやら美形が多いらしい。
ただサラより遥かに気性が激しい。距離を詰めてでの鞭の一撃。
アオイは右足から激痛が発するのを感じた。と、同時にヒールを使って怪我を癒す。
今の展開では圧倒的にこっちが不利だ。ジリ貧の見本のような状態だ。
状況を打破するにはこっちの打撃力が圧倒的に足らない。
戦うことにまったく向かない職業にした神とやらに、心の中でクレームを並べる。
『……あの色気の無いドチビ! 今度会ったら絶対に泣かす!』
(C) 甲斐八雲
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