no,3
言い出したのは自分であったが、いざ本当にそうなってしまうと……内心混乱の極みだった。
『どうしてこうなった?』と何度も自問自答を繰り返す。
あの手の話をすれば商人のエスーナが自分を売り込みに来るのは想像の範囲内だ。
実際売り込みに来て計画通りに話は進んでいた。
あとはそれっぽい会話をして金額の折り合いを理由に話を打ち切るはずだった。
純愛好きなサラならそんな生々しい話を聞けば、幻滅してしばらくは寄り付かないはずだったのに。
ベッドの縁に腰を下ろしてアオイは目隠しされた状態で待っている。
相手は湯船の元へ向かい体を拭いて来るとか、聞いてる方が興奮する言葉を残して行った。
ここまで来てしまった以上……引くに引けない。
少しだけ楽しんだら終われば良いと自分に言い聞かせた。
そうでもしていないと目隠しを外してこの場から逃走したくなって来るからだ。
「アオイ?」
「ふぁい!」
「どうかしましたか? 変な声を出して」
「……目隠ししてるから驚いただけだ」
「そうですね」
目が見えないというだけでこれほどまでにドギマギするとは。
アオイは自分の背中が異様な汗で濡れて行くのを感じる。
何となく足音が聞こえる。相手の呼吸が近づいて来る様な気がする。
「失礼します」
「あっはい。へっ?」
「重いですか?」
「大丈夫です。問題無いです」
「……アオイらしくないですよ?」
相手がちょっと世間知らずな馬鹿だったことを思い出した。
異性に膝の上に座られて平常心など保てるはずが無い。
アオイは自分の鼓動が一度大きく脈打ち……物凄く早い動きを感じた。
ドクドクドクと煩いぐらいにだ。
「えっと……揉まないんですか?」
「どこにあるか分かりません」
「そうですね。えっと……」
彼女の手がアオイの手を誘う。
そっと押し付けられた柔らかな物に、アオイは全身の血が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じた。
興奮などとうに過ぎた。このままではオーバーヒートして頭の中の何かが切れてしまいそうだった。
だが欲情と好奇心が彼の手を動かした。
薄い生地越しに感じる柔らかさに……一心不乱に手を動かす。
「いたっ」
「ごめん」
「大丈夫です」
サラの声もアオイの声も上ずっていた。
興奮と緊張。
異様な空気の中に二人は居た。
少しだけ楽しんだら終わるはずだったのに……アオイの手は止まらなかった。
やはり彼とてお年頃なのだ。
サラもまた混乱の極みの中に居た。
いつまで揉まれるのか?
そのことを決めずにスタートしてしまったので終わりが分からない。
金額だって何も考えずに適当に食事代10回分で手を打ってしまった。
もしかしたら高額過ぎたのかもしれない。
そう考えると相手の手を止めることが出来ない。
今止めたら払い過ぎってことになるかもしれない。それは流石に相手に対して失礼なことだ。
ギュッと目を閉じて耐えていると……何故か呼吸が乱れ体の芯から暖かくなって来た。
良く解らないがこのままではダメだという気持ちが波のように押し寄せて来て、彼女は自分の直感を信じて足を元の物へと変化させた。
と、胸から離れた彼の手が変化した足を触った。
「戻したのか?」
「はい」
「……意外と冷たいのな」
ペタペタと触られる。
鱗の上から触れる相手の手に体の芯がカッと熱くなった。
「はふっ」
「ん?」
「何でもないです!」
自然と吐息が溢れていた。
全身が熱くなるのを感じてサラは必死にその気持ちを誤魔化し続けた。
足を触っていた彼の手がゆっくりと動く。
腹から上へと目的地を探すように手探りでだ。
「あふっ……アオイ?」
「ん?」
「…………何でもないです」
手探りで動いた彼の手が、着ていた貫頭衣の中に入っていたのだ。
たぶんそれは相手だって気づいているはずなのに……手を止めないのはそう言うことなのだろう。
恥ずかしさから顔から火が出そうだが、サラはきつく唇を噛み締めてこぼれそうになる吐息を押さえつけた。
ただ胸を揉まれているだけのはずなのに。
サラはガクガクと体を震わせて早く相手の行為が終わることを願い続けた。
このまま続けられよう物なら自分自身の何かが壊れてしまいそうで怖かった。
しかしアオイは相手が止めないのを良いことに……ずっと揉み続けた。
それこそ一晩中揉み続けて、夜明け前に燃え尽きて相手を抱きしめたままベッドに横になった。
「あらおはよう」
「ういっす」
「こんな時間まで楽しんでたの? やっぱり若いわね」
ケラケラと笑うエスーナの様子にアオイはバツの悪そうな表情を見せてカウンターの席に座った。
カウンターに肘を置いて頬杖を突く彼にお茶を出す。
「あら? その様子だと、本当に胸だけ揉んで終わったの?」
「小心者ですいませんね」
「……あの子の胸は大丈夫だった?」
「さあ? 起きてからずっと胸を押さえてベッドの上を転がってましたよ」
「ダメなんじゃないの?」
「ヒールをしといたので"怪我"なら治っているはずです」
「そうね。物理的なダメージは無くなってるわね」
はぁとため息一つ。エスーナはアオイに冷ややかな視線を向けた。
人との係わりを嫌っているからなのか自身に向けられている"好意"に鈍いようだ。
やれやれと肩を竦める彼女は……店の入り口から入って来る人影に気づいた。
「いらっしゃい」
「……失礼。ここに人を探しに来た」
「人探しですか?」
声の質から女性のようだ。
アオイも一瞬興味を持ったのか視線を向けたがすぐに視線を外した。
ぼろいローブを頭から被るその人物は、一歩食堂に踏み込む。
「ある人物を探している。少し頭が悪いが顔は美人で胸はそこそこ大きい女だ。たぶん一人で行動していると思うが心当たりは無いか? 偽名を使っていると思うが、彼女の名は"サラフィー"と言う」
エスーナは、『はいよろしくね』とばかりに視線をアオイに向けた。
(C) 甲斐八雲
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