no,2

「毎日弓の練習をしたので上手くなったんですよ」

「ほう。働きもしないで凄いな」

「……現実って厳しいですよね」


 いつも通り床の上に座り、サラは土下座していた。

 エスーナの食堂では良く見られることなので、客の冒険者は全く気にしなくなって来た。


「アオイ」

「ん?」

「ご飯代を貸してください」

「借金に対する躊躇いが無くなったな」

「矜持なんかでお腹は膨れません」

「その潔さに完敗だよ」


 やれやれと言った様子でアオイは二人分の食事を注文した。




 嬉しそうに食事をしている相手を見てアオイは思う。

『最近の自分は何気に優しい奴になっているんじゃないのか?』と。


 気づけばサラに対して色々と便宜を図っている。

 人とは関わり合いを持たない生活を送る……そう決めていたはずなのにだ。


 ただ厳密に言えば、相手は純粋な"人"では無い。

 こっちの世界では人の一種として捉えられているそうだが、アオイから見れば間違いなく別種族だ。

 どうも自分はその部分で相手に対して甘い顔を見せているのかもしれない。


 食べ終えて天井を軽く見上げながらアオイは考えた。

 もう少し頑張って悪ぶった方が良いのかもしれない。

 こうも甘い様子を漂わせていれば、周りの冒険者もフレンドリーに話しかけて来るようになるかもしれない。


 話ぐらいなら問題無い。

 発展して厄介事や無理難題になるかもしれない。

 気づけば地球に居た頃と同じ状態になるかもしれない。


 あの地獄のような日々がまた繰り返されるのか?


「アオイ? どうかしたのですか?」

「ん~」

「悩みですか? わたしで良ければ聞きますよ」


 借金とは言え餌付けが進み過ぎているせいかサラの様子には迷いが無い。

 美人が笑顔で話しかけて来ること自体悪くは無い。


 ただやはり距離が近すぎる。もう少し離れた方が良いのかもしれない。

 交わした約束通り……3日に1度会うぐらいの方が良い。最近などは普通に毎朝毎晩一緒だ。


「さあ言ってみてください」

「おっぱい」

「……はい?」

「おっぱい揉みたいなって」


 サラの顔色が赤くなってから青くなった。

 不謹慎な発言に激高したのだろうが、相手から繰り返し借金をしている事実を思い出し自分の身を案じた様子だ。


「あらアオイ? 借金で若い子を手なずけたからって欲情しちゃったの?」

「俺だって一人の男ですよ? 人並みに性欲も好奇心もあります」


 食べ終えた食器を下げに来たエスーナに素直に答える。

 サラは自分の胸を抱きしめる様に両腕でガードを固めた。

 その様子に……商人はウフフと笑う。


「ならおねーさんで良ければ揉ませてあげるわよ? もちろん料金は頂きますけど」

「ちなみにおいくらですか?」

「そうね。揉むだけなら……ごにょごにょ」

「意外と高いっすね」

「こんな僻地で遊ぶんだから高くなるわよ?」


 クスクスと笑いエスーナはサラの食器も下げる。

 そのままカウンターの中には戻らず、二人が居るテーブルに合流して来た。


「胸を揉んでアオイがもっと欲情するかもしれないでしょ?」

「まあ否定しませんが」

「ん~そうね。アオイは長期で宿泊してくれている大切なお客さんだから、もしやりたくなったら……ごにょごにょ」

「マジですか? 結構な値段ですね」

「アオイって若いから。余り無茶されちゃうと次の日の仕事に支障でそうだから誰か雇う代金も込みよ」


 テーブルに頬杖してエスーナは相手をその気にさせるかのように会話を進めている。

 自分と言う存在を無視して繰り広げられる話を、サラはカタカタと震えながら聞いていた。


 胸の中がザワザワと波立って何とも言えない気持ちが渦巻いている。

 今にでも硬貨を詰めている袋を取り出しそうに見える彼の様子が気が気でない。


「どうするアオイ。もしあれなら……今から貴方の部屋の湯船にお湯の準備しちゃうわよ?」

「どさくさに紛れてお湯代まで上乗せですか?」

「ええ。私は商人ですから……全て商売よ」

「あ~っ!」


 バンとテーブルを叩いてサラは立ち上がった。

 突然のことにアオイはおののき、エスーナはクスクスと笑う。

 サラも自分がなぜ立ち上がったのかは理解していない。


 ただ自分の中で越えちゃいけない何かを感じたのだ。

 小さな頃から"聖典"を見続けて『純愛こその正義』と思い育った彼女からすると、商売としてその様な行為をするのは許せなかった。


 決してそのような商売をしている人を悪く言うつもりなど無い。

 しかし……彼が、アオイがそんなことをするのは嫌だった。


 怒ったかのように顔を強張らせたサラはアオイを睨んだ。

 と、エスーナは自分の仕事が終わったとばかりに席を立ちカウンターへ向かう。

 二人の様子に面食らいながら……とりあえずアオイは怖い方から処理することにした。


「どうした?」

「わわわわわわたわたしが」

「はい?」

「わたしがします」

「……はい?」

「お金が無いから働いて返すんです!」

「はあ」

「胸を揉みたいならわたしのを揉ませますから……だからえっと一緒に来てください」


 彼の手を掴み、サラは今にも火が出そうなほど熱い顔を俯き加減で見られないように注意して……彼が借りている部屋へと突撃した。




(C) 甲斐八雲

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