no,6
「アオイ?」
「何か」
「おねーさんとしてはどうかな~って思うんだけど?」
「相手が勝手にやってることですから」
アオイは出来るだけあっさりとエスーナの言葉を受け流し、依頼書と集めた素材をカウンターの上に並べていく。
ドサッドサッと袋の中から吐き出される素材を、チラ見で確認しつつエスーナもしまって行く。
そんな作業をしている二人……では無く、アオイの横で首に縄を巻かれた女性が座って居た。
ほとんど犬扱いだ。
それも美人なだけあって食堂に居る冒険者(男)たちの視線は親の仇を見るかのようだ。
「アオイってそう言う趣味なのね」
「嫌いじゃないですよ?」
「あら嫌だ。私も隣に並ばないように注意しないと」
クスクスと笑っている商人の顔には『もう悪ぶって可愛い』と見て取れた。
だが嫌われ者になると決めている彼としたらそんな評価は要らない。
渡した素材に対する報奨金を受け取り……もう一枚依頼書を相手に渡した。
「これは?」
「達成してるでしょ?」
「ええ。そうね」
依頼書には『達成済み』の文字が浮かび上がっている。
エスーナはその以来の報奨金も支払う。
ただカッビィー退治など食事代程度にしかならない。
命がけの割には格安なのが玉に傷なのだ。
「ほら行くぞ……犬」
「……わん」
羞恥まみれで顔を真っ赤にさせて吠えるサラに、食堂の冒険者(男)たちが無意識に自分の股間を手で押さえていた。可愛い犬を見て発情でもしたのだろう。
悪ぶっているアオイだが、相手を四つん這いにまでして歩かせたりはしない。
普通に立って歩かせて……そして座らせる。床の上にだ。
「一族の有力な……しくしくしく」
「過去なんて思い出すだけ惨めだぞ」
「誰のせいですか!」
「誰のせいだ?」
「……わん」
全面降伏して、サラは自分が犬であることを受け入れた。
所持金ゼロの身としては……唯一の知り合いであるアオイにすがるしかない。
今朝、カッビィー退治の依頼書を貰って行くのを忘れたのが悪かったのだ。
一応素材集めなどもしているが、そっちは余り揃っていない。
何より素材はかさばるので、"袋"が小さい=ステータスが低い者には適していない依頼なのだ。
アオイのからかいに耐えながらサラは早くエスーナが食事を持って来てくれるのを待った。
『食堂に行って食事を食べるのまで俺の命令を聞くなら奢ってやる』
相手の腰にしがみ付き懇願するサラに出された交換条件がそれだった。
『分かりました。それで良いです』
『……もう少し考えろ。服を脱げとか言われたらどうする気だ?』
『そう言うのはダメです! エッチなの以外で!』
『なら……犬に成れ』
その結果が犬だわん。
食堂に居た冒険者たちが色々な視線を送って来ながら用事を済まして去っていく。
その好奇と言うか……下卑た視線にすら耐え抜きサラは完璧なまでに犬を演じていた。
もう何か自分なんて犬でも良いやと途中から悟りを得ることすら出来た。
「よ~し。偉いぞ~」
「わん」
放られた棒切れを取って戻って来ると、ご主人様が褒めてくれた。
顎の下を撫でられていて……ようやく食事を持って来たエスーナの『この子はもうダメね』と物語る視線に気づいてハッと我に返った。
「って、わたしは犬じゃありません!」
「ようやく帰って来たか。そろそろ本格的に怖くなって来たから、捨てて来ることも考え出してたぞ?」
「犬猫を物の様に捨てないで下さい!」
動物たちの気持ちを代弁しつつ、サラはようやく床に座って居る自分に気づいて立ち上がった。
何て言うか……アオイは恐ろしい相手だ。
気づけばしたくなかったことを普通にしている自分が居る。
神官なんて実は嘘で、何か恐ろしい力を操る者なのでは無いかと怪しんでしまう。
咳払いをしてサラは人として椅子に座った。
「……お大事に」
「俺じゃ無くてあっちに言ってくれ」
「どういう意味ですか!」
「言葉のままだ」
しれっと言われて反論が出来ない。言葉では絶対に相手に勝てない。
何より相手は人魚を恐怖のどん底に落とす呪いの言葉を複数持っている。
最初から勝てる見込みなど無いのだ。
「う~。ん~」
「泣くか食べるかどっちかにしろよ」
「美味しいです。美味しいのに涙の味がします」
食事のありがたみを涙と共に噛み締める。
苦労して手に入れた食事の美味しさは本当に格別だ。
やれやれと呆れた様子でアオイの食事を口にする。
黙々と食べ続け……先に食事を終えたアオイは、サラの前に手を伸ばした。
「ん?」
相手の手が直ぐ側まで伸ばされている。
ゆっくりとその手が退くと、机の上に数枚の銀貨が置かれていた。
「これは?」
「どっかの馬鹿が今朝、カッビィー退治の依頼書を取って無かったように見えたから念のために持って行ったんだよ」
相手の言葉が飲み込めず、キョトンとした表情でサラは見た。
どこか怒っているような、照れ隠しをしているような彼は……深く息を吐いた。
「退治したのはお前だ。好きに使え」
「……でも依頼書を持って行ったのはアオイです。それはアオイが使って下さい」
「要らねえよ。今日の俺は素材集め達成しまくりでそこそこの金持ちだ。そんなはした金に興味は無い」
「でも……」
分かっている。これが相手の好意だと言うことぐらい。
それが分かるからこそサラは戸惑ってしまう。
相手の言葉と行動の矛盾に。
「なあ馬鹿?」
「もうそれで良いです。何ですか?」
「毎日は俺が面倒臭いから……3日に1度ならカッビィー退治に付き合ってやる。その日の飯で手を打とう」
「……良いんですか?」
「あとの日は自分の出来る範囲でやれよ。死んだらこんなに美味い飯だって食えなくなるんだから」
自分に言い聞かせるように呟く彼に……サラは言葉を発することが出来なかった。
(C) 甲斐八雲
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