no,5

「……ごめんなさい」


 沈黙の圧力に耐えられなくなり、サラは自然と両膝を地面について深く深く頭を下げていた。

 土下座スタイルだが……どうしてそんな姿勢をとったのかは本人にも解らない。

 ただただ冷たく怒っている視線を向けて来る相手の顔から逃れたかったのかもしれない。


 結局前日と同じ状況となり、アオイが他のカッビィーを引き受けている間にサラが1体ずつ倒して行った。3体だった敵が6体にまで増えたのは殲滅力の無さが致命的なだけだ。


 この嵐がどうか早く過ぎるように、何より相手に頭とか踏まれないようにと願いつつサラはジッと頭を下げたままだ。


「……どうしてカッビィーに追われていた?」

「説明すると長くなるのですが」

「聞いてやるから言え。ただもしくだらない内容だったら俺の知る限りもっとも残酷な方法でお前を調理する」

「くにゃや以上ですか?」


 単語を濁したのに言ってて鳥肌が立った。

 これほどまでに本能を刺激する呪いの言葉を凌ぐという物があるのか?


「……活け造り」

「ひぃぃぃいいい!」


 背筋に冷たい鉄の棒でもねじ込まれたかのような冷たさを感じた。

 彼はまだ恐ろしい言葉を隠し持っていた。それはどんな過酷な拷問なのだろうか?


「ちなみにそれはどんな残酷な儀式で?」

「……生きたまま切るだけだ。腕の良い職人だとまだ生きている状態で、その切り落とした身を盛って御客さんに提供するぞ?」

「想像の上を行き過ぎてもう何だか良く解らないほどの恐怖です!」


 ゴスっと額を地面に打ち付けてサラは恐怖と戦った。

 無理だ。こんな恐怖……海の中で海獣の類と出会った方がまだ可愛く感じる。


「別れてからモッティーを殴ってました。ふと夕方ぐらいにカッビィーを叩いたらアオイが出てきて助けてくれるんじゃないと思って叩こうとして……でも本当に側に居なかったら死ぬだけだと思って止めたんです。その場から離れようと振り返ったら丁度そこにカッビィーが居て、偶然剣先が相手に突き刺さって」

「それで逃げてたと?」


 コクコクと頷き彼の言葉に同意する。

 ただ土下座姿勢のままだから額を地面に打ち付ける行為にしかならないが。


 はぁぁぁと深いため息が聞こえて来た。

 と、サラの視界に爪先が見えた。地面と自分の顔の間に相手の足が突っ込まれたのだ。


「天誅」

「ふにゃあ~」


 顔目掛けて上がって来た相手の爪先を咄嗟に交わす。

 上半身を起こす格好となり……サラは相手の顔を見た。

 無表情の見本のような物だった。


「死にたいなら次から助けん。こっちも慈善で人助けなんてやりたくない」

「……ごめんなさい」


 改めて頭を下げようとすると彼の足が邪魔をする。

 頭を下げるなと言うことなのだろうかと気づき……サラは困った様子で彼を見た。

 正直サラの顔を見たくなかったが、女性に土下座させて喜ぶ趣味をアオイは持っていなかっただけだ。


「そんなに強い敵と戦いたいならパーティー組んでやれば良い」

「……それが出来ないんです」

「なぜ?」

「わたしが人魚だから」

「……」

「その事実が知られれば、わたしはきっと人の手で狩られてしまう。この辺りは海が無いから平気ですが、海の近くでは人魚に関する依頼書などもあるんです。大半の内容は……」

「捕獲か。狙いは血か肝ってか」


 コクコクと頷く彼女にアオイは肩を竦めた。

 本当にとんでもない事故物件と出会ってしまった様だ。


「なら一人で頑張れ」

「……頑張りたいです。でも一人より二人の方が楽しいって知ってしまいました」


 真っ直ぐな目でサラは彼を見る。


「楽しかったんです。アオイはわたしが人魚だと知っても血や肝を奪おうとしません。酷い言葉だけで決して襲いかかろうとかしません」

「普通そう簡単に襲わないだろ? 見た目は一応人間だし……問題起こせば"私刑"だし」


 呆れた様子で馬鹿を見下す。


「そんなこと無いです! 漁師の人たちがいつも言ってました。『女なんてもんは押し倒して一気にやっちまえば良いんだ。やったもん勝ちだ』って。きっとわたしが人魚だと知られれば押し倒されて血を抜かれます」


 これが事実ですと言わんばかりにサラは吠えた。


「お前の頭が悪いのは薄々気づいていたが確定した。この馬鹿が。何より漁師の人たちに謝れ」

「わたしは馬鹿ではありません!」


 心底心外だと言わんばかりにサラが反応する。

 もう大馬鹿者だろうと、アオイは相手に馬鹿判定を正式に下していた。


「お前みたいなのが一人で夜営なんて襲って下さいと言ってる様なもんだしな。……よく無事だったな?」

「はい。何度か襲われそうになったので、基本川か湖の側で寝ていました。何かあったらそのまま水の中に入って一晩過ごせば良いのですから」

「呼吸はエラか?」

「だから魚と一緒にしないで下さい!」


 プンスカ怒るサラの言葉は最もだ。

 水の中に逃げ込まれたら人間にはなす術がない。


 それこそずっと出てこない彼女の存在に焦ることだろう。

 溺死するまで沈んだのかと思ったはずだ。


「でもまあ何度も言ってるが、俺は誰とも組む気は無い」

「……どうしてもですか?」

「ああ。一人が良いんだ」

「助けてくれたのに?」

「そうだ。もちろん今回も有料だ。夕飯奢れよ」

「無理です」

「はぁ?」

「……今のわたしにお金はありません」




(C) 甲斐八雲

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