no,2
「どうして知ってるんですか!」
「いやちょっとした神のお告げ的な感じで?」
「他に誰かに話したとか!」
「話してないけど?」
「貴方の口を封じれば大丈夫ってことですね!」
ベッドの脇に置かれていた剣を掴むと、彼女は全力で襲いかかって来た。
完全に目が逝ってる。説得は無理そうだ。
「死ね~!」
「色んな感情が渦巻いてストレートな宣言だな!」
真っ直ぐ彼女の剣が、アオイの右胸を貫いた。
溢れる鮮血に……ハッと正気に戻った様子でサラが自分の手と剣先を見る。
ドクドクと溢れ出る血は間違いなく人の血液だ。
「ぁぁぁあああ! 何てことを! 抜いたら良いんですか?」
「……その前に布を貰えるか。今抜かれたら一気に血が出る」
激痛に顔をしかめながらアオイは比較的冷静だ。
一度自分の命を捨てたからだろうか……死と言う物に恐怖を感じない。
今感じているのは、痛みと言うよりも物凄く熱い。
左右を見渡し手ごろな布を見つけられないサラは、自分の着ている物に気づいてそれを脱いだ。
白い紐のような下着姿の女性の裸を見せられ、アオイの傷口から一気に血液が噴き出す。
「お前は俺を殺す気か?」
「ああああ。えっとどうすれば良いんですか」
「黙って立ってろ。動いて胸を揺らすな。興奮する」
布を受け取り傷口に押し当ててから剣を抜く。
激痛に意識が飛びかけるが……彼は必死にこらえてスキルを使った。
ヒール二回。
この世界に来てから自分に対して冒険以外で使っている気がするスキルだ。
「あっダメだ」
「ダメですか? 死んだりしたら困ります! 村の中で殺人とか……わたしが死ぬまで石を投げつけられます!」
自分の身を案じての発言かと思いながら……アオイは力が入らなくなった膝がカクンと折れるのを感じた。
前のめりに倒れるはずが途中で止まった。柔らかい感触を頬に感じる。
「悪くないな……次死ぬ時は、全身に風圧を感じるより美人に抱かれて死にたい」
「死なないで下さい。ちょっと!」
「ダメ。もうダメ」
「どどどどうすれば良いんですか?」
「もっとギュッと抱きしめればどうにか」
「こうですか?」
「ん~悪くない」
「……胸の感触を確かめてませんか?」
「揉んで無いだけ感謝しろ」
「って元気じゃないですか!」
「あっちがな」
「いや~。品の無い話はいや~」
それでもアオイをベッドまで運ぶあたりは、サラも罪悪感はあるのだろう。
彼を寝かしつけたサラは、今一度傷口を見た。
「凄い。もう血が止まってる」
「あ~でもダメ。流石に血が足らない」
「変な場所に血を集めているからですよ!」
「見たな? まだ誰にも見せてないのに」
「見てません!」
軽口を言いつつ、アオイは意識を繋げ続けていることに集中していた。
もう一度ぐらいヒールを使いたいのだが、回数の回復には少々時間が掛かる。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとヤバい」
「何すれば良いですか?」
「話しかけててくれ。ヒールが使えるように……なるまで」
一瞬意識が飛びかける。アオイはそれを必死に耐えた。
相手の様子を見つめていたサラは、そっと自分の身を動かし……覚悟を決めて彼の上に乗った。
「寝込みを襲うな」
「もう寝て下さい」
「ん?」
「ここまで回復してるなら治せますから」
「そうなの?」
「はい。だから寝て下さい」
「このまま寝て起きなかったら笑えるけどな」
あははと力無く笑う相手の様子に、サラはクッと自分の唇を噛んだ。
口の中に広まる血の味を確かめながら……その唇を傷口へと運び押し付ける。
人魚の血には色々な効能がある。
それ故に過去……人間たちに狩られて絶滅寸前にまで追い込まれたのだ。
迫害された過去を知っているから、サラはつい剣を使ってしまった。
相手は神官だ。
噂の範囲で聞いている限りでは、嘘をつかない真面目で優しい職業の人なのだ。
何より相手は自分のことを助けてくれた。その優しさは事実なのだから。
唇の傷から自分の血を絞り、サラはそれを相手の傷口に舌を使って擦り付けた。
「くっ」
「……痛いですか?」
「ちょっと気持ち良い」
「……」
舌の先でサラは彼の傷口を軽くえぐった。
「葵。神とは何だと思う?」
「なんか凄い者ってことにはなってますね。今の俺からすれば憎しみの対象でしかないですけど」
「まあそんな所だろうね。でも当の本人から言わせて貰えば、神なんて者は『最高にして崇高。唯一にして絶対。そして人が作り出した至高の駄作』だよ」
「パクりですか?」
「知っている言葉の方が理解しやすいだろう?」
ソファーで寛ぐ"彼女"はぞんざいなまでに胸を張って踏ん反り返っている。
「神なんてそんなものだよ。だからこそ気まぐれで無慈悲なんだ」
「だから自分で言いますか?」
「仕方ないさ。それを求め作ったのは"人間"だ。奇蹟よ起これと思いながらも常に起きないと思っている。矛盾で良いのかな? それを内包している人間こそ一番の問題だ」
「なら失敗を恐れず心の奥底から神に祈れと?」
「そんな愚かなことをするのは……自称敬虔な信徒か、帰りの電車賃までも突っ込み勝負するギャンブラーくらいだ」
「両方とも始末に負えない存在ですね」
「ああそうさ」
彼女はその美し過ぎるほどに整った可愛らしい顔を向ける。
「だからこそ……神なんて言う存在は始末に負えないんだよ。何せ基本設定で"気まぐれ"が搭載されているのだからね」
(C) 甲斐八雲
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