二章 『ちょっとあれ~な人魚』

no,1

 ちょこんという言葉が似合いそうなほど身を竦ませたサラがベッドの上に座って居た。

 だぶだぶの白いTシャツにも見える貫頭衣を着ている姿がちょっとエロい。


 それを壁に寄りかかり見つめているのはアオイだ。

 彼女の足は人間の物……二本足の姿に変わっている。

 何でも一族の上位種のみ魚のような尾びれと人間の足とを使い分けることが出来るらしい。


「で、お前は……日が沈む海から来たって訳か?」

「はい」

「それって遠いのか?」

「たぶん遠いです。海から出て近くに在る一番栄えている街から移動装置で一番遠い場所に送って貰って……それでここに来たんです」

「そうなんだ」


 移動装置と言うのは『空間転移的なものなのだろうか?』と思いつつ、アオイは聴取を続ける。


「それで自称人魚のお嬢様がどうしてこんな場所に?」

「説明すると長くなるのですが」

「手短に」

「……長いのですが?」

「塩焼きで良いか?」

「……一族に伝わる本を読んで旅立ちました」

「その本って?」

「わたしの背負い袋の中に在ります」


 開けて覗くと……白い下着の上にそれがあった。


「こんな紐みたいなの履くの?」

「ちょっと! 本ですよね? 本を見ないで何を見てるんですか!」

「白い下着?」

「いや~! 返して下さい! 見ないで下さい!」


 ベッドから飛び降りたサラが背負い袋と下着を奪って逃げていく。

 アオイはその前に本だけを回収した。


「……人魚姫?」

「読めるのですか?」

「ああ。俺の故郷の言葉だ」


 その本のタイトルは日本語で書かれていた。


『人魚姫』


 パラパラと捲って見ると……思いっきり絵本だった。


「わたしはその"聖典"を見て育ちました。人魚の女の子が人間の王子様と出会い仲良くなる素晴らしい物語だそうです」

「……うん。そうだな。後半部分が無くなってるこれだと確かにそうだな」


 アオイは冷めた気持ちでそれを見た。

 声を失い人の足を手に入れた人魚姫が、足の痛みに耐えながら王子と暮らし始め、キスするシーンで終わっている。


 それ以降は引き裂かれたのかページが存在していない。


「わたしはそれを見て憧れたんです。地上に出て王子様と出会って恋がしたいと」

「はぁ」

「でも……地上に来て知りました。地上には"王子様"が居なかったのです!」


 悲しい現実を突き付けられたと言わんばかりに、彼女は自分の背負い袋を抱きしめて泣いた。

 王子が居ないと言うことは……この世界には王国とかそう言った物が無いのだろうとアオイは悟った。


「まあ居ないのは仕方ないよな。うんうん。あ~出来たら泣き止んでくれない? 覗きが趣味らしい店主が、ついに我慢出来なくなってこっそりと覗きに来て、楽し気にしている様子にイラッとするから」


 痴情のもつれで喧嘩しているカップルを覗く主婦の様なエスーナの視線が痛い。


 抗議を込めて薄く開いているドアを見ると……ドアが勝手に静かに閉じられた。

 ナンパして来てたった一日で修羅場など迎え無いだろうに。


「わたしはこれからどうしたら良いんですか!」

「どさくさに紛れて人生相談をするな」

「だって神官の人ってそう言うお仕事もすると聞きました」

「俺は扱ってない」

「そんな~」


 絶望と言う表情を浮かべてサラはベッドの上に崩れた。

 とんでもない事故物件を拾ったと呆れつつ……アオイは深くため息を吐き出した。


「帰れば良いだろ? 海の中に」

「帰れません!」

「……どうして?」

「……わたしはこれでも人魚の中でも地位が高いのです」

「ああ。本当に姫様なのね」

「ん? まあ良く解りませんが、そんな地位の高いわたしが勝手に飛び出したので……」

「今さら帰れないって?」

「はい。それに……出て来る時に一族が隠していた金銀財宝を抱えて出たので」


 ジトッとした視線をベッドの上に向ける。

 胸の内にしまっておきたかった言葉をつい口にしてしまったサラは……もうどうにでもなれと言った様子で開き直った。


「それを売って地上で遊んでから現実に戻って現実を知って、追手が怖くなったから全力で逃げました。とりあえず冒険して稼ぎでもと思って残ったお金で武器と防具を揃えたんです」

「潔いほど開き直ったな。この干物の材料が」

「いや~。体の奥底から恐怖が沸き上がるその言葉は何ですか!」

「魚の美味しい保存方法?」

「だからわたしは魚ではありません!」

「ならば刺身と言われてなぜそんなにも恐怖する?」

「怖い……刺身怖い」


 魚類を黙らせアオイは深く息を吐いた。

 これぐらいイジメておけば相手も黙って離れていくだろう。

 美人な人とお近づきになれたのは嬉しいが、とんでもない事故物件だからノーサンキューだ。


「まあお前が人魚なのとか他の奴には言わないから、とっととどこかに消えてくれ」

「……嘘です。絶対に言います。そしてわたしを見世物小屋に売るんですね」

「どこで仕入れた知識だ全く。見世物小屋に売るなら生き血でも飲んだ方が良いだろ? 確か人魚の生き血は万能薬。肝を食べれば不老長寿だったっけ?」


 日本に居た頃に見たミステリー番組で特集していた"人魚"はそんな感じのはずだ。

 この世界の人魚がそれとも限らないが。


 顔色を白くさせたサラが全力で視線を逸らした。


「ななななななにを言ってるのか……」

「えっマジ?」

「……どうして一族にしか伝わっていない極秘事項を知っているんですか!」


 軽口のはずが……完全に地雷を踏み抜いたとアオイは気付いた。




(C) 甲斐八雲

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