no,6
「……もう少し頑張れよ」
「人に戦わせておいてそれって酷くないですか!」
「タイマン勝負できるようにカッビィーを全て引き受けていた俺の苦労は?」
「……」
「最高で4体を引き受けていた俺に対して何か言うことは?」
「……助かりました。ありがとうございます」
深々と頭を下げる女性に、やれやれといった様子でアオイは肩を竦めた。
結局17体ものカッビィーを相手に戦い続けることになった。
戦うのは女性、それ以外の標的は全て彼が引き受け続けた。
「でも凄いですね」
「何が?」
「全くダメージを受けて無い様に見えるのですが?」
「そうだな。あんな攻撃……可愛いもんだ」
「可愛いって」
はっきりと解るくらい女性は引いた。
4体もの敵の攻撃を受け続けた彼は確かに涼しい顔で立っていた。
まるで子供がじゃれ付いている様な……そんな風にビクともせずに。
「あの~。本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
「全部の攻撃を受けてましたよね?」
「受けたな」
「実は寸前で全て回避していたとか?」
「回避は捨ててあるからな」
「……」
呆気に取られて呆然自失している相手を見てアオイは自分のステータスを再確認する。
スキルレベルは1のままだ。替わりにステータスはMaxレベルとなっている。
自分が提示した"条件"が認められての数字だ。
ステータスのMaxレベルを得た彼は……"体力"に7割、"知力"に2割、"器用"に1割の数字を振り分けた。
回避なんて最初から捨てている。何より元から敵と戦うことを想定していない。
どこか大きな街でひっそりこっそりと死なない程度に稼いで生きて行くことが大前提だ。
「まあカッビィーを引き受けて貰ったので助かりました」
「ん。じゃあな」
「……ちょっと待ってください」
あっさり立ち去ろうとする彼に女性がしがみ付く。
「ヒールのスキルを使ってましたよね?」
「パーティは組まない。俺は一人が好きなんでな」
「……」
パクパクと彼女の口が開いては閉じた。
まあそんなことだろうと予想できていただけに、アオイはさっさとこの場から離れたかったのだ。
「ならせめて……お礼をさせてください」
「お礼?」
「はい。貴方のおかげで討伐依頼"カッビィー5体を退治する"が達成できました。あとは村に戻って換金すれば良いだけなので、ぜひ食事でも!」
食事という言葉にアオイの気持ちが動いた。
奢りで食べられるのは悪くない。何より相手は……まあその"美人"だ。
青い瞳。長い栗色の髪。白い肌。手足もスラッとしていて悪くない。
真新しい革の鎧のおかげで胸のサイズは不明だが、女性のどの部位でも興奮できるお年頃な彼には大した問題では無い。
深く係わるのは嫌だが、若くて綺麗な女性との食事は正直してみたい。
「まあ食事ぐらいならな」
「本当ですか! 助けて貰ったのに何もお礼をしないなんて失礼なことは出来ませんから」
嬉しそうにそう告げる相手はやはりどこかの金持ち貴族の娘か何か?
"貴族"などの地位があるのかどうかすらアオイは知らないが。
「でもこんな泥だらけの格好では……どこか小川に寄って身を清めてからでも良いですか?」
「ん? 向かうのはすぐそこの村だよな?」
「はい」
「なら俺が借りている部屋に湯船があるから使うか? お湯は有料らしいけど」
ビクッと相手の動きが止まった。
ギギギギギと音でも発しそうな感じでその顔を向けて来る。
「今、何と言いましたか?」
「湯船があるぞ。店主の趣味で設置したらしいが誰も使わないらしい。何よりそんな物を置いたから部屋が狭くてパーティー組んでるのは絶対にその部屋を借りないらしい。おかげで一人の俺が借りることになった」
「そんなの理由はどうでも良いんです! 湯船があるんですか!」
噛みつかんばかりに相手が接近して来た。
頭突きでも食らわせそうな勢いでだ。
仮に喰らってもダメージを受けて地面を転がるのは相手の方だろうが。
「……使うか?」
「ぜひ! さあ行きましょう!」
心底嬉しそうに笑顔をその顔に浮かべて女性はアオイの手を握ると村の方へ歩き出す。
異性と手を繋ぐという行為に"ドキッ"としながらも、彼は懸命に平静な振りを演じる。
「あっ」
「どうした?」
一瞬相手が繋いでいる手を見つめたが、特に気にする様子も無くその顔を向けて来た。
「わたしの名前はサラです。貴方の名前を伺っても良いですか?」
「俺はアオイだ」
「アオイ……良い名前ですね」
クスッと笑った彼女は、さあ急ぎましょうとばかりに彼の手を引く。
そんな相手の様子に苦笑しながら……アオイは相手が余程湯船が恋しいのだと思った。
人魚のお嬢様"サラ"と異世界からの転移者"アオイ"の出会いはこんな物だった。
後に彼が語ったと言う言葉が残っている。
なぜその時、彼女を助けに入った理由を。
それは……『下心全開だったのですが、何か?』と。
『美人に対しては主義主張より恩を売るべきである』と。
余りにもクズな発言なので、彼を嫌った者が捏造した言葉では無いかとも伝わっている。
(C) 甲斐八雲
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