no,5
翌日彼は村を出て素材集めをすることにした。
適当な方角に歩いて行く。
今日は本当に良い天気だ。暑くも寒くも無いから過ごしやすい。
フラ~っと歩いていると、三人組の冒険者風の人たちが何やら白い物を袋叩きにしていた。
軽く受けた説明だとあれがこの辺りで定番のモンスターだろう。"モッティー"と言うらしい。
大型の成犬ぐらいの大きさだ。結構どころではなくて大きい。
立ち止まって観察してみると……はっきり言って大きな餅にしか見えない。
動く餅だ。醤油と、海苔かきな粉と砂糖が欲しくなる。
三人がかりで袋叩きにしているから強いのかと思ったが、どうやら武器を装備していない様子だ。
素手で殴っている様子から本当に駆け出しなのだろう。それか武器を買えないほど貧しいのか。
アオイは止めていた足を動かしまた歩き出した。
自分は戦うタイプでは無いから戦う姿を見ていても仕方ない。
しばらく歩いているとモッティーを叩いている冒険者たちが数組居た。
少なくても二人組。多くて四人組といった所だ。ソロで活動している人は居ない。
袋叩きが出来るならそっちの方が安全に戦える。間違っていない選択だろう。
間違えているのは自分なのだろうな……アオイは自嘲気味に笑いながら、ぽにょんと飛んでいるモッティーの横を過ぎていく。
相手はどうやらノンアクティブらしい。こちらが手を出さなければ襲って来ない。
なら安全に素材集めが出来る。
依頼書を胸元に入れていれば、近くに素材があると勝手に震えだす。とても便利な仕様だ。
どんな仕掛けなのかは良く解らないが、羊皮紙に文字を書くのに使うインクに秘密があるとか何とか。
流石異世界だで納得して終わっておく。
依頼書が震えたら足を止めて素材を探す。
まず震えている依頼書を取り出してそれに書かれている内容を読み素材を探す。
この世界の文字はカクカクした物だがなぜか普通に読める。
異世界仕様なのだろうと納得して、素材らしい草を見つけた。
抜いて"バック"と唱えて袋を出す。素材なら袋の中に入るらしい。
無事に入った。
そんな調子でとにかく歩いて集め続ける。
途中モッティー以外のモンスターが居た。"カッビィー"だ。
見た目はカビた餅だ。とてもカラフルな水玉色したモッティーだ。
焼くことを前提なら……削って食べられないことは無いかもしれない。
だったらモッティーを焼いて食べた方が遥かに良い。無理をすることは無い。どっちも食べられないが。
カッビィーは戦っている時に近くに仲間がいると呼び寄せるらしい。"リンク"と呼ばれる行為だ。だから余裕が無ければ叩かない方が良いらしい。
特にソロなどでは絶対に相手してはいけないらしい。
この辺りで戦っている様な冒険者は素人に毛が生えた程度のレベルらしいから。
と、アオイは足を止めた。
真新しい革の鎧を着た女性が戦っていた。それも一人で。
真新しい中型のサイズ両刃剣……ブロードソードを両手で持って殴っている。
相手はカッビィーだ。
足を止めたのは女性一人で戦っている姿が気になったのもあるが、きっと戦うことに夢中になっていて自分の後ろの様子に気づいていないのだろう。
カッビィーが二体、ぽにょんぽにょんと跳ねて向かっている。
止めていた足を動かし……アオイはその場を離れようとした。
無理な狩りをしているのが悪い。
真新しい武器と装備からしてきっと素人なんだろう。
お金持ちのお嬢様がスリルを求めてこんな場所に来たとかそんな感じだ。
お遊び気分でこんな場所に来てリンクする敵を一人で叩いたのが悪い。
これが現実なんだ。
優しさなんてただの自己満足だ。
助けた所で感謝の言葉を貰って……そしてまた面倒臭いことになるに違いない。
もう人助けなんてしないと決めたのだから。絶対に。
そう絶対だ。
「あっ!」
女性の口からその声が漏れた。
後ろから迫っているカッビィーにようやく気付いた様子だ。
強い意志で彼は視線を向けない。でも視界の隅にそれが見えた。
今にも泣き出しそうな表情を浮かべて……逃げようとして逃げ道を探している。
三方向から囲まれる形となった今では無理だ。
敵を袋叩きにして戦うのが冒険者の戦い方なら、それを逆にやられるのもまた然りだ。
これがこの世界のリアルだ。
そう。現実はいつも厳しくて決して甘くない。優しさは自分の身にナイフとなって返って来る。
だから……
アオイは女性に向かっていた二体のカッビィーに駆け寄り殴っていた。
標的が女性から彼に変わる。
うにょ~んとその身を伸ばして二体のモンスターが彼を襲う。
「こっちは引き受けるからまずそれを倒せ」
「でも!」
「良いからやれ。俺は武器が無い」
必死に剣で敵の攻撃を防いでいた女性が悲鳴染みた声を上げる。
だがアオイはその言葉に耳を貸さず……多少のダメージになればと拳で殴り始めた。
彼のそんな様子に女性は剣を握り締めてまず自分の前の敵を攻撃する。
「こっちを倒したらすぐにっ!」
「俺よりヤバそうに見えるのは気のせいか?」
「これの前に一匹相手してるんです。もう体力も危ないのかフラフラで!」
「……ヒール」
「回復スキル? えっえっ?」
「ほら働け」
「感動と戸惑いに冷や水が!」
「現実なんてそんなもんだ」
二体の敵の攻撃を受けながらアオイは軽口を続けた。
正直相手の攻撃が痛く無いからこのまま待ってても大丈夫そうだ。
だから女性が敵を倒すのを待つことにした。
新たにこっちに向かいカッビィーが迫っているのを見ながら。
(C) 甲斐八雲
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