no,3

 ハッと覚醒するが如くにアオイは目を見開いた。


 嫌な夢を見た。

 自称神とか言うやたら偉そうな小さな女の子と延々会話する夢だ。

 もしかしたら実際にあったことなのかもしれないが……結末を思い出すと憎しみの再確認にしかならないのでやはり悪夢だ。


 そっと体を起こそうと思ってようやく気付いた。


 なぜ自分が寝ているのか?

 そして上半身に感じる暖かくて柔らかな感触は?


 明かりが灯されていない室内は真っ暗だ。

 月明りでも差し込めば確認出来るだろうが……その前に目が慣れそうだ。


 天井を見つめて記憶を遡る。

 残念人魚の地雷を踏んで剣で刺されて死にかけた。


 思い出したら腹が立った。


 突然人を剣で刺し殺そうとするとは……人魚とはとても恐ろしい生き物らしい。今度見つけたら先手必勝だ。これでもかと胸を揉んでから開きにしてクサヤにする。

 クサヤは臭いけど美味しいから人魚とて本望だろう。


「いや~!」

「うおっ!」


 耳元で声がしてアオイはそちらに視線を向けた。

 むにゃむにゃと口元を動かしながら殺人人魚が眠っていた。

 その表情が薄暗い室内でもぼんやりと見える。

『ベッドで眠れるなんてさいこー』と見て取れた。やはりクサヤだな。


 何よりどうして殺そうと襲いかかって来た相手が隣で寝ているのか?


 体を起こそうとして気づいた。

 治療と汚れたのもあったからか……自分の上半身は裸だ。そして相手も全裸だ。

 今こそ大人の保健体育の時間ですとばかりに相手の下半身をじっくり観察しようとして知った。相手の下半身が魚になっていた。


 現実とはかくも油断なく甘く出来ていないらしい。

 世の無常を痛感しつつ……アオイはそっと体を動かし抜け出した。


 サラの腕が抱き付くように回されていたのだ。

 彼女の居る場所は彼の右側。剣を突き刺した方だ。


 刺された場所を触れてみるが何の違和感も感じない。

 まるで刺されたのが嘘だったと言わんばかりに綺麗な物だ。


 ベッドの上に座り相手を見る。


 暖かかった理由は彼女が抱き付いていたからだ。

 柔らかな感触は彼女の何一つ身に付けていない上半身が触れていたからだ。

 そんな状態にもかかわらず傷の手当てをして介抱していたのだろう。


 うつ伏せ気味な姿勢で眠るサラの前髪を軽く払う。


 だったら最初から剣など突き刺すなと言いたくなる。

 一族の秘密とか言って暴れ出した様子から一瞬我を忘れていたのかもしれない。

 咄嗟に行ってしまった犯行なら仕方ない。


 自分だって咄嗟に全てが嫌になってあの日……


 嫌なことを思い出してアオイは顔をしかめた。

 自分はもう人を決して信じないと決めたのだ。優しくもしないと。

 何より決して"神"など信じないと。


『異世界で学ぶと良い。本当の……を。で、忘れるな。今度会ったらお前の命日だ~!』


 そう告げてこんな場所に叩き落とした神の真意は分からない。

 学べと言われたが何を学ぶのかすら。


 どうせまた人の嫌な一面ばかりを目の当たりにして絶望に深けるだけだ。

 だったら必要最低限の係わりだけで人を避けて生きる方が良い。

 その方が良いに決まっている。


 完全に目が暗闇に慣れた。

 もう一度確認するが、相手の下半身は魚だ。

 せめて上半身はと淡い期待を込めて見つめているのだが……綺麗な背中と長い髪しか見えない。


 どうしてうつ伏せで寝ているのか! この憤りは何処に訴えれば良いのか!


 まあ良い。フラフラするし……と、アオイは横になった。


「ん~」

「……」


 待ってましたとばかりにサラが抱き付いて来る。

 感覚としては、アオイを抱き枕か何かと間違っている。

 押し付けられる柔らかなモノ二つが……まだまだ青春街道を驀進する若者の精神を激しく揺さぶる。


 口を開ければ荒い呼吸が飛び出しそうで、目と口をきつく閉じて高ぶる気持ちを押さえつける。

 興奮する。激しくする。でも……。


 人の温もりが気持ち良かった。

 自分以外の熱を感じられる状況は決して悪くない。


 深く深く息を吐き出し……アオイは改めて相手の方へ顔を向けた。

 姫様と呼ぶに相応しい美貌は兼ね揃えている。

 頭の方は少し足らなそうだが、怪我人を前に迷うことなく肌を曝け出せる精神は凄いことだ。

 きっと根が優しいのだろう。自分と違って。


 自嘲気味に笑いアオイは心の底から思った。

『彼女の様な人が本来神官になるべきなのだ』と。


 神を憎み嫌い、人との係わりを拒絶する自分がどうして?


《神は気まぐれなのさ。それは未来永劫変わることは無い》


 その声に反応してアオイはサラに抱き付かれたまま身を起こした。


 室内には自分たち以外誰も居ない。

 あの偉そうに踏ん反り返っていた自称神は居ない。


「本当に反吐が出るくらい嫌な奴だな」

「ん~」


 動きと声で相手が目覚めそうなのに気づき、急いで横になる。

 これで相手が起きても問題を起こしたのは向こうのせいだ。全力でそうする。

 強い意志でそう決めたアオイは相手の動きを待った。


 ゆっくりと起き上がったサラは辺りを軽く見渡し……そして迷うことなくアオイに抱き付くとまた寝息を立て始めた。

 その可愛らしい寝息を額に受けながら、彼はこの状態をどうするべきか全力で思案する。

 相手の胸に抱かれて眠るのは流石に色々と我慢の限界を超えてしまいそうだ。




(C) 甲斐八雲

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