no,3

 アオイは村の中を見て回る。


 主だった建物は、宿屋兼食堂。

 武器と防具も扱っている道具屋。

 あとは小規模な商店ぐらいだ。


 辺鄙と言うか過疎と言うか……発展途上としても前途多難な感じしかしない。

 ただ気のせいか、廃墟染みた建物の跡などが見られるから昔は大きな街だったのかもしれない。


 商店で服や簡単な雑貨を購入し、ついでに頼まれた買い物を商店の店主に伝えておく。

 特に見る物も無いから早々に宿屋へと戻った。

 借りている部屋に入り着替えを済ませ、借りていた服をエスーナに戻す。


『夕飯奢るからちょっと手伝ってくれないかしら』とずいぶんと高い値段の笑顔に屈して高い所の掃除などを手伝う。


 身長はそんなに高い方では無い彼だが、それでも彼女よりかは頭一つ高い。

 前の世界で最後に測定した時は172㎝だった。体重も平均的だ。

 何より体力はある方なので力仕事は苦にならない。


 拭き掃除や荷物移動などを手伝い夕飯を奢って貰い……彼はそのまま食堂の隅で訪れる者の様子を窺うことにした。


 来る者の大半は村の外で活動している"冒険者"だ。

 依頼をこなしてその報告をする者。得た金で食事やお酒を楽しむ者。次の依頼を確認して野宿先へと戻る者などなど……それなりに活気はあるが、見ている限り冒険者の質は低そうだ。


 時が経ち客が大半居なくなったのを見越して、アオイはカウンターの中にエスーナに声を掛けた。


「いつもこんな感じなのか?」

「ええ。でもようやく人が増えて来たのよ」

「前は?」

「お客さんが来るのが稀だったわ」


 やれやれと肩を竦める相手の様子から、結構酷い状況だったのだろう。


「ここは昔から冒険者の街が作られる度に原因不明の天災で滅んでるらしいの」

「大丈夫なのか?」

「そんな場所は結構あっちこっちにあるわ。ただ良い部分もあるのよ。そんな場所には必ず何かしらの遺跡が発見される物なの。ここも先日遺跡が見つかったから、もう少しすれば腕に自信のある冒険者が来るようになるはずよ」

「……その遺跡が前の街とか滅ぶ原因じゃ無いんですか?」

「そうかもしれない。でも私の様な何の後ろ盾も無い商人は、こんな場所で頑張らないと成り上がれないのよ」

「どこに行っても世知辛さは変わらないのな」


 今度はやれやれと彼の方が肩を竦めた。


 クスッと笑ったエスーナは、グラスにワインを注いでカウンターに置いた。

 まるで勧めるような動きで突き出して来たので、アオイはそれを受け取った。


「酒は……飲んだこと無いんだけどな」

「あら? 少しは思い出した」

「それくらいのことはね。でも全然ダメっぽい」

「なら良いじゃないの。分からないことがあったら教えてあげる。今一人しかいない泊りのお客さんだから……少しぐらいサービスするわよ」

「酔わせていたずら目的とかじゃ無ければ大歓迎です」

「……君のそういう物の言い方がカチンと来る時があるんだけど?」

「済みません。余り人となれ合いたくないんですよ」


 誤魔化すように彼はワインを口にした。

 そんなにアルコールがきつく感じない。意外と飲みやすいので一気に半分ほど飲んだ。


 その様子にエスーナも小さく笑うと自分の分のワインを準備して飲み出した。


「アオイは人が嫌いなの?」

「……はい」

「理由を聞いても?」

「人は裏切りますから。絶対に」

「……そうね。その気持ちは分かるわ」


 自身も何かあったのか、エスーナはその視線を相手から外し床を見つめる。

 ギュッと唇を噛んでいる様子から余程のことだったのかもしれない。


「だから俺は一人が良いんです」

「そう。若い割には達観しているのね。……ちなみに幾つなの?」

「17です」

「若いのね」


 心底驚かれた。

 カウンターから身を乗り出して確認して来るほどにだ。

 ペタペタと両手で顔を触ってくる様子からして……もしかしたら相手は酔っているのかもしれない。


「瑞々しいわね?」

「若いですから」

「……羨ましいわ」

「……済みません」


 女性に触られるのは悪くは無いが、相手の呼気が酒臭いのは心配になってしまう。

 悪ぶっても……悪では無い彼からすると、一気に大人の階段を上るのには抵抗がある。

 これから定宿にと考えている場所の店主とそんな関係は……宿屋の手伝いで人生終えるのだって悪くないか。


 ボキッと音を立てて座って居た椅子の足が折れた。

 後ろに向かって倒れ込み……怪我した頭をしたたかに打ち付けて悶絶した。


「だ……大丈夫?」

「ええ。ヒール」


 カッと体中が熱くなって頭の痛みが一気に引いた。

 確認の為に心の中で"スキル"と念じてみると『ヒール・1』となっていた。

 使う前は『ヒール・2』だったので、数字が使用回数だろう。

 立ち上がって頭に触れてみると血などは出ていなかった。


「血とか出てない?」

「大丈夫みたいです」

「本当に凄いのね。神官のスキルって」

「みたいですね」


 心底羨ましそうにこちらを見て来るエスーナに彼は苦笑いを見せた。

 その凄い力の代償で、今椅子が壊れた訳なのだが。

 壊れた椅子は傷んでいたのだろうと結論付け、後で始末することになった。


 隣の椅子に座り直した彼は、頭を触り傷を確認する相手の行為を受け入れる。

 借りている部屋のベッドの枕が血まみれだった気がしたが……出かけて帰って来たら綺麗になっていた。


 また汚れたりしたら洗濯するのも大変だ。




(C) 甲斐八雲

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