一章 『人を嫌う神官』
no,1
ハッと目を見開き彼は覚醒した。
そして訪れる激痛。
頭が割れる様に痛い。
もう割れたんじゃないのかと思うほど痛い。
このままだと死ぬと思うほどの痛さだ。
誰か助けて、頭が痛いと思ったら……頭の中で"使用スキル"と言う文字が浮かんだ。
項目のトップは"ヒール"だ。
藁にもすがる思いでその文字を、ヒールを心の中で念じる。
カッと全身が熱くなった。痛みがビックリするほど引いた。
もう一度使って……急の眠気を感じた。
意識を失う様に目を閉じ、彼はまた深い眠りに落ちた。
「……」
「あら?」
「……どうも」
「凄いわね。頭が割れててもうダメかと思ったけど……あのドクロ印のポーションって意外と効くのね」
『それってどんな毒ですか?』とツッコみたかったが、どうやら命の恩人らしいので彼は曖昧な笑みを浮かべた。
ベッドの上で目覚めて起き出してからしばらく部屋の中を見て回った。
どうやら本当に地球では無いらしい。
うっすら覚えている言葉だとそんなことを言われた気がする。
『異世界で学ぶと良い。本当の……を。で、忘れるな。今度会ったらお前の命日だ~!』
頭をかち割った犯人が誰だか推理出来た。だから誓う。
『あのドチビ……次に会ったら返り討ちだ。お前の命日にしてやる』と。
「どう? お腹の方は?」
「空腹です」
「残り物で良ければ」
「いただきます」
パッと見、食堂にしか見えない場所でカウンターの中に居る女性が食事を勧めて来る。
まだフラフラとする足を動かし、カウンターの背の高い椅子に腰かける。
カウンターの中に居る人は、二十代後半くらいの柔らかい笑みを見せる女性だ。
背はそんなに高くないが、スタイルは良さそうだ。
動くことを重視しているのか長袖長ズボンの野暮ったい服を着ている。
「でも凄いわね。偶然見つけた時はもう終わりかと思って身ぐるみ剥ごうかと思ったのに」
「剥いでませんよね?」
「意外と良い体をしているのね。冗談よ。血で汚れていたから脱がして拭いただけよ」
「……ありがとうございます」
柔和な笑みを浮かべている相手の言葉を信じるしかない。
何故か頬を赤くして彼の股間に視線を向けたのは偶然だろう。
料理の手を止めて相手は……その場を離れ戻ると、カウンターの上にそれを置いた。
血液を洗い落とした感じが分かる白地のシャツとジーンズ。それと小さな小袋だ。
「変わった服ね」
「……変わってますか?」
「着てたのに覚えてないの?」
「覚えてないというか何と言うか」
「ああ。頭を打って記憶が飛んでいるのかもね」
小袋の中身は金貨だった。
それを確認していたら返事が適当になっていた。
相手の言葉が良いヒントとなった。
あっそれ良いなと思い、彼はそれに乗ることにした。
「良く思い出せないんですよ。俺って何がどうなってたんですか?」
「この宿屋の裏で倒れてたの。頭から血を流してね。現場の様子からして誰かに襲われたんじゃないのかって。近くに血に染まった石もあったし。まさかあんな何も無い場所で上から落っこちて来たとか無いでしょうしね」
「ですね。この辺は治安が悪いんですか?」
「どこも同じような物よ。人間は良い人も居れば悪い人も居る……それも忘れているの?」
「もうゴッソリとですね」
「あら大変。でも会話が出来るなら大丈夫ね」
「確かに。まあ記憶なんてあっても良いとは限りませんし」
「そうね……出来るなら記憶なんて消したい物よね」
その表情に影を浮かべて……相手は打ち消すように笑った。
「私はエスーナ。この宿の店主よ」
「俺は……アオイ」
「名前は憶えていたのね」
「どうにか」
クスクスと笑った彼女は出来上がった料理をカウンターに置いた。
パンと水、それと簡単な肉野菜炒めとスープだ。
見る限り箸などは無いらしい。木のフォークとスプーンのみだ。
まずはスープを啜り……その薄味を感じる。調味料など乏しいのだろう。
「どう?」
「空腹は最高の調味料です」
「失礼ね」
「いえ。美味しいですよ」
カウンターに肘を置き手に顎を乗せてこちらを窺って来る相手に軽口を叩く。
少し嫌われるくらいの方が良いと彼は思っていた。人とは深く係わりたくないのだ。
だからこれくらいの距離の方が良い。たとえ恩人であっても。
「アオイは何でこんな辺鄙な場所に……って覚えてる?」
「覚えてないですね」
「即答ね。ちなみに職業は?」
「現在は怪我人です」
「ダメそうね。心の中で"スキル"と念じて」
「で?」
「私の職業は商人。それに準ずるスキルが浮かんで来るの」
と言われても何も見えないからあくまで自己申告だ。
アオイは自分の心の中に"ヒール"だけが浮かんでいる。
「ヒールですね」
「…………本当に?」
「その溜めは何ですか?」
「いえだってヒールでしょ? それって神官のスキルでしょ?」
「忘れてますけどそうなんですか?」
「どこに行っても冒険者パーティーからの誘いが引っ切り無しの職業よ」
「そうなんですか」
「ええ。神官だけは生まれ持った適性が必要で転職が出来ない職業なの」
「ふ~ん」
「……その態度イラッとするわよ?」
「そう言われても実感無いですから」
「記憶が無いならそうかもしれないわね。あ~もしかしたら、神官職に恨みを持った人が石で頭をかち割ったのかもしれないわね」
彼は出来るだけ表情に出さないようにしながら心の中で悪態をついた。
何より神官と言うのが腹立たしかった。
『……嫌な職業だ』
(C) 甲斐八雲
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