第十七話 作戦開始

 時刻は午前四時頃。

 夜空がもう間もなく白み始める時間。


 十年以上前に捨てられた廃工場から百メートル程度離れた物影に康之はいた。

 僅かに顔を出して確認すると、工場の中に見張りらしき男が二人。ここからは見えないだけで、もっと数はいるだろう。

 耳に当てた小型無線機に話しかける。


「こちら不死身アンデット。首尾はどうだ」

赤髪レッド。準備良いぜ』

『ホークアイ。問題ない。……なぜ俺はそのままなんだ』

金髪ゴールドもうちょい。アンタはどうせ相手にバレてんだからいいでしょ』

田舎娘カントリー早くしろ。意外と寒いんだ」

金髪ゴールドって言ったでしょ! もうすぐだから待ちなさい!』


 予め決めたコードネームで呼び合い、金髪ゴールド――エミリーの準備を待つ。

 そして、もうすぐ、の言葉に偽りなく、十秒程度で応答が返ってくる。


『出来たわ! いつでもいいわよ』

「待ってました!」


 身に付けた武器――いつもの二丁拳銃の他にライフル、ショットガン等々重装備を用意した中で、サブマシンガンを手に物影から飛び出す。

 男達はまだ気付いていない。

 眠そうにあくびをする面に、目覚めの一発をお見舞いする。


「――ッ、な、なんだ!?」


 突如鳴り響いた銃声と血肉が散った仲間に怯む男。

 銃を構えるがもう遅い。すでに康之は目前にいた。


「レストインピース」


 銃弾の嵐を腹一杯に飲ませる。血を盛大に零し、目を見開いて男は倒れた。

 途端に周囲が騒がしくなる。襲撃に他の見張りが気付いたのだ。間もなくここへやってくるだろう。

 だが有象無象を無駄に相手している余裕も暇もない。


「入り口はどこだ」

『今開けたわ。まっすぐ進んで、右の部屋』


 現れる敵を蹴散らしながら、言われた通りに進む。

 そこには地下に繋がるハッチの口が開いていた。

 追っ手はまだ来る。梯子は無視し、迷いなく飛び降りた。

 浮遊感はあっという間に終わり、清潔感のある真っ白な床に出迎えられる。

 目が痛くなるような色は誘うようにまっすぐと伸びていた。


『すぐにそこに敵が来るわ。動いた方がいいわよ』

「言われなくてもそうするさ」


 再び駆け出す。

 途中、奇襲に慌てて逃げ出す研究員は無視し、ひたすら奥を目指す。

 敵を引き付ける為。このふざけた研究施設を潰す為。

 そして何より、ユキを助ける為。


「すぐ連れ出してやるからな……!」


 出迎えた敵兵に怒りの引き金を引く。




『いい具合に敵が集まってるわね。――あ、赤髪レッド、そこ左』


 警戒し、誰もいないこと確認して言われた道を曲がる。

 迷いやすい建物だ。

 壁や床は目印のない統一された白。階段やエレベーターがある箇所以外は扉と角が等間隔に置かれ、どの程度進んだか分かりにくい。万が一侵入された時の対策だろう。どうやら悪いことをしている自覚はあるらしい。

 エミリーの調べでは施設は工場にそって横に広く、縦は地下五階構造。さっきまでいた二階までは各部屋の小ささや武装した人間が多いことから、立場の低い研究員や警備の人間が使っているフロアのようだが、三階に移ってからは様子が変わる。

 雰囲気自体は大きく変わらないが、各部屋の大きさや扉の数が違う。見ると扉の上にはプレートがあり、第一資料室や備品保管庫と書かれていた。上の階は個人部屋という印象が強かったが、ここは資料室がメインのようだ。

 変化があると進んだ気になるが、まだまだ進まなければならない事実に変わりはない。

 とはいえ警備がないわけではなく、何度か敵を見つけ、やりすごすか密かに倒している。

 それでも囮がうまく暴れているおかげか思ったより少ない。会敵を避けるため遠回りを選んでいるが、これなら予定よりも早く到着できそうだ。


「康……不死身アンデットはどこ?」

『今二階に来たところ。大丈夫、距離は離れてるよ』

「OK,次曲がるところまで通信切っといて」

『はーい』


無線機の機械音と共にエミリーの声が聞こえなくなる。

次の角まで走り、確認してから再び走る。先程からこれの繰り返しだ。

次の、そしてまた次の角も繰り返す。


『次の角右――敵が来るよ。三人!』


 全ての角は九十度で、ジュリアから敵は確認できない。だが監視カメラをクラックしたエミリーの情報は正確だ。

 角で待つと足音が近づいてくるのが分かる。


「ったくこんなところに侵入者たぁ自殺志願者か!?」

「それが逆にこっちがやられてるらしい。例のミュータント共もだ」

「はあ!? バケモンかそいつ!」


 殺しても死なない不死身を相手にしているのだ。あながち間違ってはいない。

 同情はするが、だからと言って手加減する理由にはならない。

 足音から距離を見極め、先頭の一人が角に着いたと同時に動く。

 

「な――!」


 入れ替わるように敵が来た道を進みながら一人目と二人目の膝に鉛玉を打ち込む。

 そして三人目。こいつの肩にも同じ物をプレゼントし、背中に密着し腕を首に巻き付け動きを封じ込める。

 侵入者がここにもいるとは思わなかったのだろう。思いもよらぬ奇襲に動揺した彼らは痛みも相まって対処に時間がかかる。

 構える時には、既にこちらはハンドガンの引き金を引いていた。

 九㎜の弾丸は寸分違わず二人の男達の脳漿をぶちまけ命を絶った。

 しかし最後に撃った二人目はすでに引き金に指を添えていたせいで、反動で行き場のない弾丸が周囲に放たれる。多くは壁や床に穴を空けたが、数発だけ最期の意地だと言わんばかりにジュリアへ向かう。

 が、それが当たることはない。

 盾となった三人目に阻まれたからだ。おかげで傷一つ付くことはなかった。


「アンタは良い男だな」


 解放し、投げキッスを残して先に進む。


 ジュリアも康之程ではないが腕に自信がある。ミュータントや多数相手に大立ち回りは流石に無理だが、奇襲であればこの程度傭兵など敵ではない。

 故に康之が囮になり、加えてエミリーの情報がある現状、潜入は容易であった。

 そして先程の戦闘による音。あれによって敵が来る危険もあったが、それも問題ない。

 何故なら――戦闘によって音は発生していない・・・・・・・・・・・・・・・からだ。


 ジュリアの能力は音の操作。自分の周囲の音量を自分で決めることが出来る。

 だから全力で走っても足音はせず、赤子の隣で銃を撃っても起きることはない。

 完全無音。ジュリアが潜入係に選ばれたのは当然だ。

 音による発覚を恐れる必要のないジュリアにとって、優先すべきはスピード。

 少しでもユキと言う少女の回収が早ければ、その分康之の負担が減る。康之は不死身ではあるが無敵ではないのだ。

 だから道を急ぐ。


『――……――』


 通信が入り、しかし声はない。

 代わりにマイクを叩く振動が無線から聞こえてくる。

 モールス信号。軍で使われる言葉を使わない暗号。

 突然来た合図だが、意味は理解していた。暗号の意味以前に、暗号が来ること自体の。


 ――下の階にヤツがいる。


 康之の言っていた、例の座頭市だ。

 名は確か冗暗と言ったか。音に敏感なミュータントだと聞いている。エミリーとの通信も念を入れて最低音量でやりとりしていた。接近の可能性がある場合はモールス信号で合図するのも康之の指示で決めたことだ。そして安全が確認されるまで、一切のやりとりを禁ずるとも。

 ここからはエミリーの援護は期待出来ない。より一層警戒して進む。


 最後の指示通りに進んでいくと、壁に突き当たった。

 壁には電子ロック付きの扉が一つあるだけで、階段はどこにもない。ここに階段があるはずだったが、どこかで間違えたのだろうか。

 連絡は出来ない。どうしたものかと立ち悩んでいると、唐突にロックが解除された。

 エミリーがやってくれたのだろう。自動で開いた先は、これまでと同じ蛍光灯に照らされた階段だった。

 間違っていなかったことに安心するが、簡単に出入り出来ないようになっているということは、ここからが本番らしい。

 降りた先も同じくロックされており、同様に解除される。

 着いた。地下四階。ユキがいるのが最奥の五階だとすれば、次の階にはいるはずだ。

 この階から本格的な研究が行われているらしい。

 一部の壁は透明なガラス張りになっており、外から手術室のような部屋が丸見えだ。中にはモルモット同然に培養層で瞳を閉じている人間もいる。フィクションでは見たことある光景だが、実際に目にすると精神的に来るものがある。


 ……待て、これは……。


 気味悪く思いながら培養層を見ていると、その正体に気付いた。

 クラミツハだ。

 本来の色は苔のような濃い緑だが、培養液で薄めているのかやや薄緑になっている。

 それでも見間違えることはない。ミュータントであればクラミツハかどうかは分かる。

 これが例のミュータント化というものなのか。通常ただの人間をクラミツハに漬けたら、呼吸の有無に関わらず数分で全神経が毒に侵され死に至る。ミュータントでさえ数時間もいれば後遺症の恐れがあるのだ。普通であればどんな実験であれこのようなことはしない。

 それ程までにエーデルワイスの能力は魅力的なのか。


 ……康之が見たらブチ切れそうだ。


 何せ奥には子供が同じ目に合っているのだから。

 見ていて気持ちの良いものではない。早々に移動を再開した。

 意外にも活動している人間はいなかった。襲撃されたことで避難しているのだろうか。全てがガラス張りではないにしろ、敵兵一人見かけないのは好都合過ぎて不安だ。

 そう思った矢先


 ……って嘘だろ!?


 いきなりいた。

 時代錯誤な和装に布での目隠し。そして何より特徴的な白髪。聞いていた通りの外見が丁度角から姿を現した。しかもこちらに向かって来る。

 幸い目は見えていない。引き返し別の道を行こうとし、いや待てよ、と改める。

 ヤツは聴覚に特化したミュータントだ。対してこちらは音に特化したミュータント。

 有利なのは断然こちら側だ。自分なら気付かれる前に冗暗を殺せる。

 迷ったが意を決し、歩みを進める。

 向かい歩く二人の男女。目の見える者と見えない者。足音は一つ。

 廊下の真ん中を進む冗暗に気付かれないよう、端を通る。

 ふと思う。


 ――何故、康之の方へ向かわないのか。


 聴覚に優れているなら、騒ぎは当に聞こえているはずだ。ホークアイによれば冗暗は戦狂い。戦いがあれば率先して向かうはずだった。

 これから向かうのか? それにしては足取りが悠長過ぎる。

 気になることはあるが、自分がここで始末してしまえば終わりだ。

 通り過ぎ、無防備な背中に銃を構える。

 強敵なのは理解している。強者は歩き方一つとっても違うものだ。

 だから一発で決める。一撃必殺。それ以外ありえない。

 狙い、定め、撃つ――瞬間


「――――」


 白刃が煌く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る