第十八話 狙撃
弾丸が肺を貫いた。
他にも数発が肩や胃を貫通し、康之の身体が崩れる。
不死身の身体とは言え急所は急所。肺を撃たれては呼吸は出来ないし、肩が万全でなければ銃を持つこともままならない。
引き金を引いていたライフルをその場に落とし、背中から血に塗られた床に倒れた。
「やったか!?」
遠くから、康之を撃ったと思われる敵の声がする。
しかしその足取りは緩やか。警戒しているのがよく分かる。
一歩、また一歩と近づき、距離が縮まる。
緩やかとは言え近距離までを十秒程度で詰め――その時間で十分だった。
接近から確保に切り替わる瞬間を狙い、手近にあった敵のショットガンを乱射する。
ろくに定めずに撃った。だが散弾という性質故に近づいてきた敵は一斉に血肉を散らす。
「まだ生きてるぞ!」
「グレネードだ! グレネードを用意しろ!」
生きていると分かった瞬間に攻撃を再開した敵を牽制しつつ、廊下の角に身を寄せる。
胃や肺に溜まった血を吐き出し、一旦の息をつく。
「思ったよりキツイな。予想以上に敵が多い」
周囲は屍山血河の地獄絵図。あんなに白かった廊下は鮮血が支配し、自らの全身も敵か自分のものか分からない赤に染まっていた。一部のミュータントの死体など元が人間とは思えない化物だ。R指定でさえ表現を辞退する光景がそこにあった。
致命傷も何度負ったかも覚えていない。並のミュータントなら数十回は死んでいるし、人間であれば百単位だ。
角に身を隠したところで、ブロック単位で区画された構造では左右からも迫り現れ、休む暇もない。
幸いと言って良いのか、持参した武器は弾切れでほとんど捨てたが敵の物がそこら中にある。
何時終わるか分からない惨状に、ひたすら指が馬鹿になるまで撃ち続ける。
「……いい加減しつこいぜ。女に嫌われるぞ」
重い足取りで登場したのは、ハルク並にでかいミュータントだった。
狭い廊下に更に圧迫感を加える図体に、両腕にはでかい柱のようなものが付いている。どうやらそれは腕と一体化しているらしく、前に構えると連動して道を埋める。
壁が出来た。
上下に僅か十数センチを残すばかりで、一方の道は塞がれてしまった。
壁が動く。このまま圧迫させ、逃げ場をなくすつもりだ。
「ついでに、あんまりデカすぎるのも女に嫌われる」
撃つ。
が、引き金が小さな音を出すだけで、肝心のショットシェルが解放されることはなかった。
弾切れだ。元々拾った武器だ。入っていた弾数など分からないし確認する暇もなかったから仕方ないことだが、思わずため息が出る。
ショットガンを後ろに投げ捨て、無線に手を当てる。
「おい、サボるなよ」
『安心しろ。仕事で手は抜かない主義だ』
轟音。
ホークアイの言葉が終わると同時に天井を突き破った轟いた音は、敵ミュータントを飲み込み地下へと沈んでいった。
飲み込みきれなかったパーツを蹴飛ばし出来た穴を見ると、下の階に元が分からなくなった肉塊が無残に潰れていた。
中央には血に染まって分かりにくいが、潰れた鉄塊がある。それを中心に、ヒビが円状に広がっている。
「流石にお前の得物でもこれ以上は無理か」
『一発ではな』
「負けず嫌いだな」
だが助かった。
ああいった防御に特化したミュータントは康之の苦手とする相手だ。攻撃手段が小火器に限られる康之にとって、倒せぬとは言わないが苦戦を強いられる。
衝撃で上から落ちてきたライフルを手に取り、追撃しに来た敵に牽制する。
「
『四階……けどマズい。常暗と会った』
常暗。忘れられない相手だ。
不意打ちとはいえ康之を達磨にし、ユキを連れ去った戦闘狂。斬られた瞬間の奴の顔はよく覚えている。
……人を楽しそうに斬りやがって。
「ま、あいつなら大丈夫だろ」
本当なら自分が相手をしたかったが、今回は譲る。
元より相性は康之より良いのだ。心配は無用だろう。
穴に落ちる。
肉を踏んだ柔らかい感覚と粘度のある音、そしてヒビが広がる音が気持ち悪い。崩れる前に早々に先に進んだ。
この階も警戒されているだろうが、周囲に敵が見当たらないのは、単にこの経路を予測出来ていなかったからか。
「敵が消えたぞ!?」
「穴がある。どうやって空けたかは知らんが、きっとこの先だ!」
敵が落ちて来る。
「見つけたあぁぁーーーーーーー!」
着地の衝撃に床が崩れ肉塊と共に落ちていった。
「どうかしあぁぁーーーーーーー!」
続いた同僚も落ちていった。
目が合った敵に手を振って見送り、比較的安全な現状に鼻歌交じりに歩き出す。
『悪いがしばらく援護出来ない』
「おいおいこのタイミングでか」
『客が来た』
「なら、もてなして早々に帰ってもらえ」
行く足を止めた。
先の角。いくつかの人影が、ぬるりと現れる。
今までの敵と違い、こちらを発見し次第撃つことも、能力で襲ってくることもない。
むしろ康之がこの道を通るのが分かっていたかのように、悠然と、しかしはっきりとした敵意を向けている。
「俺にもお客さんだ。普段もこれぐらい賑わってくれればいいんだが」
通信を切り、現れた敵と相対する。
敵のほとんどが無手だった。武器を持っている敵も、手にしているのは斧や刀といった近接武器ばかり。そして全員が白髪だ。
「貴様が上村康之だな」
先頭にいる子供の同じぐらいの背丈の男が、見た目に似合わぬ低い声を出した。
「上から聞いている。今回、最も警戒するべき男だとな」
「それは光栄だ。それで? 命乞いでもしに来たのか?」
「ククク、減らず口を」
肩を揺らして愉快に笑う男は堂々と言う。
「俺の名は鈴川令泉! 貴様を地獄に送る男の名だ、覚えておけ!」
「悪いが物覚えが悪くてね。二度と会わない奴の名前は覚えられないんだ」
康之が激戦を繰り広げている地下施設より二キロ離れた、廃ビルを利用した安ホテルの屋上に、ホークアイは陣取っていた。
必要な道具は近くに置き、シートの上にうつ伏せで得物に手を添える。
大きな、と言うより巨大なそれは、銃だった。
一般的な対物ライフルは五十口径。半インチ――十二・七ミリ――と呼ばれることもある、銃としては巨大な口径を持つ対物ライフルは、対人に使えばかすっただけで即死レベルの弾を放つ代物だ。
ホークアイのライフルはその倍。百口径、一インチもの弾を使うことが出来る。
各パーツのサイズも並ではなく、強度も比ではない。五十口径でも人を殺すには十分過ぎる威力を持つのだ。国が定めた基準を大幅に超えているこの銃の威力は、例え地下いる兵士でも容易く屠れる。
精密性を高める為に採用したボルトハンドルを引くと、薬莢が飛び出る。
一インチなだけあり、大きい。コンクリートに落ちると金属の高い音より鈍重な音が目立つ。
当然だがそんな銃弾が流通しているわけもなく、これも特注だ。今回は地下を狙うということで、特に貫通力の高い弾を用意した。
当然その分音は凄まじいものにはなるが、ホテルの主には金を握らせ、誰も入って来れないようにしている。
続いて同じ弾――ではなく、今度は普段使う衝撃力の高い弾を手に取った。
狙う場所を変えるのだ。特注の弾丸は高い。どんな壁が間にあろうと容赦なく肉片に出来るが、用途に合わせた方がより効率的で、無駄がない。
装填し、康之の援護をする為に地上に向けていた銃身を、今度は空に向ける。
そこには影が三つあった。
一見鳥にしか見えない影達は、急降下や急旋回を繰り返しながらこちらへと向かってきている。
不思議な動きだが、普通の人間ならすぐに気をそらしてしまうだろう。
そんな影の一つに狙いを定めた。
「…………」
息を吸い、止める。
対物ライフルにはスコープが無かった。
狙撃を行うには必須のパーツだ。二キロもの距離であればスコープ無しで当てるのはまず不可能な領域だ。
無論、他の人間にとっては。
アイアンサイトと影を合わせ、能力を発動する。
瞬間、影との距離が近くなった。
勿論実際に近くなったわけじゃない。影は動き距離を詰めるが、ホークアイは一切動いていない。つまりこれはミュータントとしての能力によるものだ。
――ホークアイの能力は視覚の強化。
己の視界を拡大することで、スコープがなくとも同じ効果を得られる。
その能力により、先程よりも影の姿がはっきりと見えた。
影の正体は、鳥であり、人だった。
つまり長坂と似た能力をもつミュータントだ。
目的は間違いなくホークアイ。狙撃を止めに来たのだ。
狙撃で康之を援護したのは一度や二度ではない。ましてやアレだけ大きな穴を開けていれば、居場所などすぐにバレるのはホークアイも分かっていた。
しかし動くことはしない。これだけ重量のある銃だ。そう簡単には移動出来ない。
鳥人は長坂と似ていたが違っていた。長坂は背中から翼が生えていたが、今狙いを定めたのは腕が翼と化している。細かな調整はこちらの方が上なのか、他の二つの影に比べてよく動く。
これだけ激しく動くと狙撃は難しい。狙撃とは命中率を上げる撃ち方であって、狙撃をすれば必ず当たるわけではない。
それでも上下左右に動き回る鳥人にサイトを合わせ、息を止めたまま
「――ヒット」
撃った。
銃弾と言うより鉄の塊のような弾丸を受けた鳥人は、無残にもその場で肉片すら残さず血の雨となる。
次に狙いを定める。
今度の鳥人は動きは鈍いが、上手い。
他の影より低く飛び、建物の影に隠れる時間が長い。故に次に姿を現すのがどこか予見しにくく、先程よりもずっと難易度が高い相手だ。
――が、ホークアイにとってはむしろ逆。遅い相手などむしろ的にしかならない。
視覚を再び強化する。
すると邪魔だった徐々に透け、鉄筋や配線、どこで誰がどんな営みをしているかまで目に映る。多くがホークアイの爆弾のような銃声に驚き、隠れるか逃げるかをしているが。
ホークアイの能力は遠視だけではない。あくまで視覚の強化だ。意外と能力の幅は広く、透視だけに留まらない。
透視を続けた結果、建物間を移動する鳥人を捉えた。
「――ヒット」
他に被害が及ばない場所を狙い、建物の中に鳥人だったモノが埋まっていく様を見届けてから透視を解除する。
最期の影に移る。
最期の影は、長坂だった。
長坂は二人の鳥人とは違い、激しい動きも、隠れることもしなかった。
その代わり、こちらの呼吸を読むのが上手かった。
まっすぐ来ている時に引き金を引こうとすると、急に降下する。逆に動いている最中に狙おうとすると、動きを止めるか逆方向に旋回する。
やりにくい。やはり二人とは別格だ。
狙われているのが分かっているとはいえ、ここまでの動きはそう出来まい。
「…………」
だが、と意を決す。
ホークアイは自らを狙撃の天才だと思っている。この能力も天才故に授かったものだと確信していた。
逆に言えば狙撃以外は並かそれ以下程度の才しか持っていない。格闘術も収めているが、それでどうにかなるのはチンピラ程度の三下だ。
狙撃に特化した才はそれなりに重宝されるが、だからと言って安心出来る世界ではない。
狙撃しか出来ないと言うことは、護衛や直接的な戦闘が苦手と言うことだ。腕前を買われる一方、チキンが七面鳥撃ちをしていると揶揄されることもある。
気にならないと言えば嘘になるが、だからと言って他のことが出来るわけではない。
自分には狙撃しかない。どんなことを言われようが、どんな仕事だろうが、ただ狙い撃つ。
それだけしか出来ないし、それだけは譲れない。
「――――」
だからこちらがどれだけ読まれようが、外さない。
読まれてもなお当てる。何故なら自分は狙撃の天才だから。
「――ヒット」
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