第十二話 理由
ユキの依頼を引き受け、一週間が経った。
ヤクザが本格的にユキの捜索を始めて以降、外出は控えるようにした。
流石に多勢に無勢だ。場所を選んでくれるような相手なら対策を考えればいいが、見つけるやいなや襲ってこられてはひとたまりもない。
しかも康之は衣笠組の構成員を二人殺害している。
警察とヤクザは身内に被害が及ぶと顔色を変えて加害者探しに乗り出す。例え自分達が加害者側であってもだ。
あれはやりすぎたと反省している反面、仕方ないと思っている。
顔を見られたのだ。早急に対処しなくてはならなかった。
結果として情報が漏れることはなかった。少なくとも目立たなければ見つからない。
本来であればユキを家から出さないのがベストだが、それはしなかった。
遊びや遠出をしないだけで、買出しには連れて行っている。
勿論変装をさせてだ。ユキは白髪という目立った特徴がある。だからこそ逆にそこを隠せば案外気付かれない。
黒髪のウィッグに伊達眼鏡をかければユキを注目する人はほとんどいなかった。
しばらくはこれで誤魔化せるだろう。その間に何かしらの対策を講じなければならない。
とはいえ相手がヤクザを使っている以外の情報はほとんどない。
それも当然と言えば当然だった。康之は調査の為に使える時間はほとんどない。
昼はユキを守り、夜は調査と分けてはいるが、十分な調査が出来る時間はない。
ユキが起きてくるのだ。添い寝をしてやれば朝まで起きないのに、出かけて帰ってくるとベッドから抜け出してソファで寝ている。
不安にさせたという後悔。そしてそれだけ頼ってくれているという満足感。抱き上げれば無意識で服を掴んできてこれが父性が。
本当は康之も夜も傍で守ってやりたい。だがいくら睡眠が不要とはいえ交代がいないのだ。
ジュリアが居てくれれば頼れたが、そもそもユキと出会ったきっかけがジュリアの退職願だからなんとも言い難い。
贔屓にしている情報屋はいるが
「……ジュリアに給料払わないと請け負わないよなあ」
針を毛皮に潜らせ、柔らかい生地に糸を通してぼそりと呟く。
「ジュリア?」
「俺の元部下」
興味深そうに覗いているユキを横に、玉止めをして終わらせる。
「直った?」
「ばっちりよ。今なら十万ボルトも出せる」
この前に買った猫のぬいぐるみだ。
少々気になったところがあったので尻尾を縫い直したのだ。
受け取ったユキは抱きしめつつ尻尾を確認する。
「……少し重くなった?」
「痩せてるよりいいだろ。女の子も動物も少し丸い方が可愛げがある」
頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。
まるで犬猫だ。余計にかまってやりたくなる。
「ついでに重い方が殴った時に威力が出る。こっちの言い分を無視して言うことを聞け、なんて言ってくる大人はこれでお仕置きだ」
「それは可愛くない」
「そうか? 強くて可愛いヒロインはわりと人気だぞ」
日本産のレトロカルチャーでは多いタイプだ。特にアニメでは顕著に現れる。
特定時期の作品だと、高い戦闘能力を持つヒロインを主人公が押し倒して惚れさせる展開がパターン化している。次点で主人公が後衛でヒロインが前衛で戦う作品が多い。
康之個人としてはそういったヒロインは嫌いではないが、職業柄、相棒と考えてしまう。
ジュリアがまさしくそうだ。彼女をヒロインとは考えられない。
では康之にとって、どういった存在がヒロインに相応しいのか。
前時代的――一度滅んでいるので正しいか分からないが――かもしれないが、ヒロインとは守るべき存在だと思っている。
常に主人公の後方におり、帰るべき場所の象徴。もしもそれが敵の手に渡ったなら、何を犠牲にしても助け出す。それが康之にとってのヒロインのあるべき姿だ。
そう考え、ふと気付いた。
……要はこいつだな。
見つめ返すユキの無垢な瞳に、笑みが漏れる。
子供だ。
康之はいつも子供の為ならば身体を張ってきた。部下に愛想を尽かされる程に。
子供という存在自体が、すでに自分の中でヒロインとして確立しているのかもしれない。
「ヤス」
「ん?」
そして今、最も近い
「ヤスってロリコンなの?」
自分の中で作っていた空気が台無しになった。
「どこでその言葉知った?」
「テレビでやってた。子供が好きな人はロリコンで、犯罪者よびぐん? なんだって」
見せる番組を間違えたな。無駄にニュースを見せすぎたか。情操教育番組を見せなければ。
今はとにかく誤解――とも言い切れないが――を解く。
「俺はロリコンじゃない」
「けど子供好きでしょ?」
「好きだけど違う」
「何が違うの?」
子供特有の質問攻めだ。こういう時だけは少しばかり鬱陶しく思う。
「俺の子供好きは……違うんだよ」
「だから何が違うの?」
どう説明すべきか悩んだが、結局正直に話すことにした。何故かユキには話していいと、直感で思うのだ。
マスター以外知らない話だ。ジュリアでさえ、康之の子供好きはただの趣味だと思っている。
「ロリコンってのは、つまりは趣味なんだ。俺のは……恩返しだ」
「恩返し?」
意外な返答にユキは転がるような声でオウム返す。
「昔命を助けられてな。まあ今となっちゃ本当にあの子のおかげか分からないが」
ユキが生まれるよりずっと以前の話だ。康之の年齢が、まだ見た目通りだった頃の。
「今よりももっと治安が悪くて、人死になんて日常茶飯事だった。その時は確か買い物に出てて、運悪くヤクザの銃撃戦に巻き込まれてな。いつも通り無関係の人々が倒れ……俺もその一人だった」
今思い出しても酷い有様だった。人がごった返していたショッピングモールに突如鳴り響く銃声。すぐさま悲鳴も混じり、モールが阿鼻叫喚に支配された。結果を見ればヤクザよりも一般人の死者の方が多く、流れ弾だけでなく、銃弾を避けようとしてしゃがんだ、あるいは転んだ人々が踏みつけられて死亡したケースが最も多い。自分がそうならなかったのは、運が良かった方なのだろう。
「急所は外れていたが出血が酷くて、ロクに喋れず目もほとんど見えてなかった。流石に死を覚悟したが、次に目覚めた時は病院だった。医者に話を聞くと、どうやら現場で輸血したおかげで助かったらしい。それでも大分生死をさ迷ったけどな。そんで血を分けてくれたのが子供だった」
文字通り命の恩人だったというわけだ。
だがその子供の連絡先を知ることは出来ず、恩を返せず終いになっている。名前だって思い出せない。今会ったとしても、その子はとうに老人だ。互いに判別は出来ないだろう。
「だからその子の代わりに、俺は子供を助けるんだ。特に、悪党に襲われてる子をな」
昔話の終わりに、じっと聞いていたユキの頭をゆっくり撫でる。
「ヤスのロリコンは趣味じゃないのは分かった」
そうだ、と言いかけ、ロリコン自体は否定されてないことに気付く。
訂正しようにも、その前にユキが言葉を続けた。
「でもヤスは不死身じゃないの?」
「いいところに気付いたな。だから正直、本当に命を助けられたかどうか怪しいんだ」
自身の身が不死身だと気付いたのはその後のことだ。
事件後数年間、傷がすぐ治ることや、友人が歳を取っていくのに自分の見た目が変わらないなど、不思議に思うことはあった。それでも体質だと割り切っていた中、再び事件が起きた。
仕事の最中、刃物の取り扱いを間違え指を切り落としてしまったのだ。すぐに救急車を呼んだが、到着する頃には新たな指が生えていた。
あまりの出来事に自分に恐怖を感じた康之は病院へ行き検査を受けた。そこで初めて、自分がミュータントだと知った。
「まあ人助け自体は悪いことではないし、今となってはこの身体も悪くないと思ってる。同年代はもう歩くのがやっとが多いからな。……ああ、そうだ」
会話の途中で一つ思い出した。
恐らくこれが、ユキには話してもいいかと思った理由だろう。
「この髪も、あの事件の後だったな」
「髪がどうしたの?」
「俺は元々黒髪だったんだ。それが助かった後は白髪に生え変わってな」
ユキとお揃いの髪色。シンパシーを感じたこの髪が口を軽くした。
医者は生死をさ迷ったストレスが色素を奪ったのだと言う。不死身としては生死をさ迷うという言葉に違和感を覚えるが、確かめようがない。
まさか最近のミュータント達も同じじゃないだろうな。だとしたら同情するが、随分と死に掛けた奴らが多い。
「……私のもそうなのかな?」
自らの長い髪を触り独り言つユキ。
妄想に近い仮説は一旦頭の隅に追いやって忘れることにした。
「何かあったのか?」
「ううん。けど、ずっと白いから」
「そういう奴もたまにいるさ。さっき言ったジュリアも生まれつき髪が赤いんだ」
「そうなの?」
「ああ。だからちっとも変じゃない」
そっか、と納得した様子で体重をかけてくる。このままロリコンのことも忘れればいいのに。
今日は買い置きがあるから買い物に行かなくていい。ユキが起きている以上、康之も行動出来ないし、掃除も一通り終わった。
ゆっくりとした――今までの怠惰な時間とは違う――時間を過ごそうと、全身の力を抜き、点けっ放しにしていたテレビを呆然としたままに二人で眺める。
――が、邪魔をするように電話が鳴った。
正直珍しい。依頼主のほとんどは直接店に来る。一応電話番号は公開しているはずだが、何故かめったには掛かってこない。
手元にある裁縫道具の内、綿詰め棒を投げた。
回転しながら飛んでいく棒は受話器を弾き、伸ばした手の中に収まる。
「おぉー」
関心の声に満足し、受話器を耳に当てる。
「はい、こちら万屋――」
『これから来る客に気をつけろ』
「は?」
機械で変化させた声でそう言うと、電話は切れた。
「……なんだ?」
返ってくる言葉はない。電子音が続くだけだ。
受話器を放り投げ元の位置に戻ると同時、リビングにチャイムの音が鳴った。
康之の知り合いに丁寧にチャイムを鳴らす相手はいない。となれば客だ。
……先程の電話が気になるが出ないわけにはいかない。
「ユキ、部屋に行ってろ」
頷き、私室に入っていくのを見届けてから、立ち上がって来客を出迎える。
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