第二章

第34話 不器用な男

「大変です! 木の外に知らない子が!」

 アートが叫びました。木の頂上にある展望台及び監視台から見えた一人の少女のことを伝えます。もしかしたら、一人ではないかもしれませんが。

「全員! 警戒態勢!」

 アバンが他の人に向けた命令をすると、全員が一斉に動き始めました。

 バイスは他のメンバーが使う武器や道具などを準備します。

 クフリは自分がこの隠れ家の上にそびえ立つ大きな木にかけた魔術がしっかりとかかっているか見直します。

 バタバタと動き出した人たちを見つめ茫然と立ち尽くしていたアートはクフリに声をかけられました。

「アートも戦闘になる可能性もあるので準備しておいてください」

 軽く返事をしますが特に準備などはありません。武器が使えるわけでもないので、気持ちだけ準備しておくことにしました。


「準備はできたか?」

 武装したメンバーの前に立ったアバンが全員に尋ねます。

 各々が返事を返します。見張り役としてルナだけはまだ監視台にいます。

「しばらく見張っていたルナとルルの情報では木の外にいるのは一人、まだ年齢の低い少女出そうだ。こちらの木が見えている様子はない。しかし、油断はするな何があるか最後までわからん。最初の接触をクフリが行う。そして、戦闘または対話の判断も任せる。ルルはルナと俺たちの連絡役をしてくれ。その他は俺と一緒にここにて備える。」

「「了解!」」

 アバンの指示で持ち場へと分かれていきます。

「それでは、先に行ってきます」

 クフリが出口へと続くはしごを登っていきます。

「頼んだ」

 しばらくして、クフリがドアから出てきました。あたりを見回すと、例の少女の姿を見かけました。どうやらこちらには気付いていない様子です。先にこちらから接近します。

 決して警戒を怠りません。自慢の長い愛銃を構えながらゆっくりとゆっくりと近づいていきます。

 どうやら、犬の獣人のようです。まだ幼いので小さいですが、頭には耳がついており、小さな可愛らしい尻尾もついています。

そして、彼女がこちらに気づきました。

「きゃ!」

 短い悲鳴をあげます。

「動くな! 何者だ!」

 例え少女だろうと油断はしません。一つの油断で他のみんなを危険に晒すわけにはいきません。

「あ、あの・・・」

 少女は何かを伝えようとしていますが、うまくこちらに伝わってはきません。

「なぜこの場所を知っている?」

 クフリが尋問を始めようとします。

「ミーヤお姉ちゃんが・・・うっっ、うっ、うぇぇん」

 なぜか泣き出してしまいました。

 しかし、これは敵がこちらを油断させるための作戦かもしれません。気は抜きません。

「ミーヤがどうした?」

 ミーヤはこの隠れ家に住むもう一人のメンバーです。この少女が彼女の名前を出すと言うことは彼女に何かあったのでしょうか?

 幼い少女は答えません。

「どうしたと言っている!!」

「うぇぇぇぇぇん、うぁぁぁん」

 少女はさらに泣いてしまいました。



「よしよーし、怖かったねぇ。もうこのお兄ちゃんには近寄らせないからね」

「悪かったと言っているだろう」

 先ほどのクフリと少女の接触からしばらくがたち、少女は隠れ家の中でルナに慰められています。

「あーあ、これだから不器用な男は」

「「ぐっっ」」

 クフリに問い詰められ泣き出してしまった少女はもう手がつけられませんでした。会話にならなくなったあたりでクフリが断念して、少女に戦闘の意思はないと他のメンバーに手信号で伝えました。下で備えていた残りの男メンバーですが誰一人としてこの少女を泣き止ませることはできませんでした。なかなか終わらないので痺れを切らして降りてきたルナによって今、隠れ家内で少女が慰められています。

「さっきは、ごめんねぇ。名前はなんて言うのかな?」

「マシア・・・」

「マシアちゃんかぁ、マシアちゃんはどうしてここに?」

 さすが、面倒見のいいルナです。次々と少女との会話を続けていきます。クフリとは大違いです。

「ミーヤお姉ちゃんに頼まれて」

「ミーヤちゃんに?」

「うん」

 ミーヤの身に何か起きたのかと心配して全員耳を傾けます。

「ミーヤちゃんはなんて?」

「おなかいっぱい食べたら、お金がなくて返してもらえないんだって」

「ん??」

 聞き間違いかもしれないので、もう一度聞いてみます。

「もう一回言ってもらってもいいかな?」

「おなかいっぱい食べたら、お金がなくて返してもらえないんだって」

 一言一句違わずに答えてくれました。

「あのバカ」

 アバンが頭を抱えています。

「あはははは! それは大変だ!」

 ルナはお腹を抱えて爆笑しています。

 そんな理由のために幼い少女をわざわざ送りだしたもう一人のメンバー。ルルとアートはどんなだらしないやつか想像がつきません。

「お嬢ちゃんは、近くの獣人の村から来たんだよな?」

「そうだよ」

 ミーヤはどうやら買い出しに行った村で食べ過ぎで帰ってこれないそうです。彼女が10割悪いのですが、迎えに行かないわけにもいきません。

「ルナ、アートとルルを連れてあのバカを迎えに行ってくれ。その嬢ちゃんも連れてな」

「了解です隊長!!」

 ルナがふざけて敬礼をしながら返事をします。ハーフでは特に隊長などとは呼びません。

「あとドリィさんもたのむ」

「わかった」

 ミーヤを迎えにいくメンバーは決まりました。しかし、今日はもう日が沈んでしまいあたりは真っ暗です。

「悪いが、今日は嬢ちゃんもここに泊まっていってくれ出発は明日の朝日が出てからで」

「うん」

 さすがに今日中に助けに行くのは断念しました。今日はルルとアートも限界です。いろいろなことがありすぎました。朝から処刑されるかと思ったら助け出されて、昼がすぎてからはこの基地にいましたから。

 大きなあくびをしたルルを見て全員が寝る準備を始めます。女性陣は先にお風呂にいきました。家にお風呂がついている家はかなり珍しいのでマシアちゃんも大喜びです。

 交代で男性陣も入浴を終えると、全員がベッドに入り就寝しました。ルルとアートはベッドに入った瞬間溶けるように眠りにつきました。他のメンバーも次々に就寝します。誰も木を見つめる複数の視線に気づくことはありません。

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