第29話 国刀『日灯』

 クフリとシルが戦いを始めた頃、こちらでも戦闘が始まりを迎えようとしていました。

「もう大人しく捕まっていれば良いものを若造が」

 シーラがいつも話すような口調で話しかけます。敵だろうが関係なく同じ話し方です。

「おっさんよぉ、俺はもうそんなに若くないんだぞ。 戦争からは15年経っているんだ」

「人間の血が混ざっていたな」

 長命種である鬼の血と短命種である人間の血が混ざり生まれたアバンは、普通の鬼と比べると寿命は短くなってしまうのです。

「ま、そのおかげで普通の奴らより何倍も濃くて面白い人生だからいいんだよ」

「その濃い人生とやらが戦争を起こしたことを言っているなら聞き捨てならないな」

「お前たちが諦めていればあんなことには・・・」

 シーラには聞こえないぐらいの大きさで言いました。

「なんと言った?」

「なんでもねぇよ」

 耳のいいシーラは少し聞こえたようですが、内容までは聞き取れませんでした。

「それじゃ、始めるか。 15年前の借りを返させてもらうぞ!」

「もう一度叩き潰してやるわ」

 アバンが体の前で両手に作った握り拳を合わせました。目を瞑り軽い瞑想状態に入ります。

「身体強化魔術 阿修羅の章 新章」

 アバンの体の筋肉が先ほどまでより大きくなりました。何倍にも大きくなったというわけではありませんが膨張しています。体は赤くなり瞑っていた目を開くと充血して少し赤くなっています。

「新章とは聞いたことがないな」

「何が変わったかは自分の体で確かめるんだな」

 最終試験の時にマールが使った身体強化魔術 阿修羅の章。これは、鬼族が得意とする身体強化魔術の三種類の内のひとつです。それぞれに別の特徴がある身体強化魔術ですが、昔から鬼族が鍛え上げ完成された究極の身体強化魔術です。なので、これ以上の強さは魔術では得ることができず己を鍛えることでさらに高みを目指すことができるというのが鬼族の常識でした。この男が生まれるまではですが。

「いくぞ」

 アバンは膝を曲げ腰を少し落とし、右手で柄を握りました。左手は鞘を握り、左手親指でつばを押します。そして目を瞑りました。

 シーラはいつ切りかかってきてもいいように構えています。

「こい!」

 その声がまるで試合開始の合図だったかのようにアバンは目を開きました。同時に刀が鞘に収まる音が聞こえます。

「くっっ!!」

 シーラが左腕の肩に近い部分を抑えています。そこには深い切り傷がつき大量の血が出ています。

「なんだ今のは!?」

 あまりに一瞬の出来事に驚いていますが、今の攻撃はシーラでなければおそらく死んでいました。

「これが阿修羅の章 新章。首の左側を切り飛ばすつもりだったんだが、さすがおっさんだな」

 アバンは再び同じ姿勢で構ます。先ほどの攻撃の速度があまりにも速く刀の刀身を見えたものはおそらくいなかったでしょう。

「この技は俺の力と、この刀『日灯ひあかし』が可能とした技だ」

「やはり戦争終結から2年後の西での事件はお前さんか」

 目を瞑り真剣な顔つきをしながらも口元は笑っています。

「少し油断しすぎたな」

「さて、どうだか」

 シーラも魔術を使うようです。両手を前に突き出しました。

「部位竜神化」

 シーラの腕だけが竜のようになって行きます。そこまで巨大な腕というわけではなく元の大きさの2、3倍ほどの大きさです。それでも鱗は硬く爪は凶悪な竜の腕には変わりありません。

 アバンがまた目を開きました。しかし今度は何か硬い鉄どうしが当たったような音がしました。

「ふふ、どれほど速さを鍛えようと刀の刃が通らねば意味はあるまい」

 体の前で両腕を構え、防御の体制を取っています。シーラの部位竜神かによって竜の腕となった今、並大抵の刃では刃が通りません。

「日灯とやるのは初めてか?」

 アバンが一度構えを解きました。それを見てシーラも防御の体制を一時的に崩します。

「国刀とは一度も手合わせする機会はなかったな、あくまで同盟国の見方なのでな」

「そりゃそうか」

 お互い純粋な殺し合いの最中でも相手と笑って会話ができる、図太い神経をしています。

「なら今までは、ただの刀と戦っていたと思え。ここからが日灯の力だ」

 アバンが刀に自分の魔力を流しました。すると、刀の刀身が赤くなりだし、刀のまわりの空間が歪んでいるように見えます。これは魔力をある程度持っているものにしか見えていないのですが。

「体験してみろ、二本しかない国刀の威力を」

 再び先ほどと同じ体制で構ます。シーラも攻撃に備えまた防御の姿勢を取ります。

「同じことをして防げると思わないことだな」

 居合が飛びました。先ほどまでと同じ速さの斬撃が飛びます。しかし、切れ味は同じではありませんでした。

 スパッと綺麗にシーラの腕が切れました。かろうじて切り落とされることはありませんでしたが、薄皮一枚でつながっていると言った表現があっているよな切れ方です。恐く骨まで真っ二つに切れています。

「ぐぁぁぁ!!っっ!!」

 シーラの呻き声が広場中に響き渡りました。その様子を見ていた周りの騎士たちも衝撃の光景に絶句しています。ククスで最強の騎士が手も足も出ない、彼らの頭の中には絶望の二文字しか浮かんでいないことでしょう。

「国刀『日灯』は魔力を込めることによって切れ味が変わる。魔力で刀を研ぎ澄ませ居合切りで斬撃を飛ばす。それが新章の力だ」

 シーラは切れた腕を落とさないようにしながら膝をつき苦しんでいます。まさかこんな結末になるとは思ってもいなかったでしょう。

「この15年間俺は誰にも負けないように強くなった。 俺は、いや俺たちはこの子たちを守る。 もう、あの苦しみを繰り返さないために」

 鞘に日灯を納めルルとアートの方に歩いて行きます。

「お前たちはなぜまた姿を現した!」

「あいつらとの約束だからな」

 シーラの問いかけに振り返らずに答え、二人の15年ぶりの因縁はアバンの勝利で幕を閉じました。

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