第27話 救いの手

 集団から飛び出した影はルルたちのいる処刑台の方へ向かってきます。

 その影に気がついていたのは処刑台の上ではシーラだけでした。その影は人混みの中から高い跳躍で上に飛び跳ねます。フードをかぶっていて顔はよく見えませんが腰の左側につけた剣のつかに手をかけているところも見るとシーラたち騎士団に抵抗するものであることは明白です。

 「その刀は!!」

 シーラは飛び出てきた影の持つ武器を見て言葉を漏らしました。自分にしか聞こえておらず処刑用の武器を振り下ろしている騎士は気付いていません。

 影は右手で刀と呼ばれた武器を引き抜きました。処刑台から数十メートル離れた空中で居合の要領で抜かれた刀は、普通の人が見ればただ抜かれただけに見えたでしょう。しかし、ただ抜いただけではありません。

 ルルたち二人の首筋まであと数センチという間近まで迫った刃はとどくことはありませんでした。騎士の持っていた武器が吹き飛ばされシーラの両脇を通り飛んで行きました。

 あまりの衝撃的な光景に集まった聴衆はざわめきます。騎士たちも何が起こったか把握できていないようです。この場にいるほとんどの人は何が起こったかなど知る由もありません。

 一人完全に状況を理解していたシーラがこの場にいる全員に緊急事態を伝えるために叫びます。

「全員注目!」

 処刑台の一番前に立ち大きく手をあげます。あまりにも迫力のある声にざわついていた大量の人たちは一気に鎮まり、覚悟を決めていたアートやルルもシーラの方に注目します。

「騎士団以外のものは一斉に避難しろ! できるだけこの広場から離れるんだ」

 何を言われているか理解できない表情をほとんどの人が浮かべていると、先ほどの影がようやく着地しました。ルルたちから見て左側にいるシーラとは反対に右側に着地します。そこでようやく集まった人たちは異変に気がつき始めます。

 ルルたちが見上げるその影は近くで見るとかなり大きく、身長はセミスと変わらないぐらいの高さです。

 着地の勢いでフードが外れます。中から立派な一本ツノをつけた顔立ちのいい顔が出てきました。鬼の種族なのでしょうが、普通鬼はツノが二本あるはずとアートは不思議に思っていると、聴衆からこんな声が聞こえてきました。

「一本ツノに刀ってまさか!?」

「もしかして、アバン・カミラスか?」

「一級戦犯の!?」

「一級戦犯って、ハーフの副リーダーじゃねぇか!!」

「全員逃げろ!!」

 誰かが話した内容を聞き先ほどのシーラの警告がやっと伝わりました、聴衆たちは我先にと広場から逃げようとします。

「ひさしいな、アバン・カミラス。 一体何のようだ?」

 シーラが一本ツノの鬼に向けて言います。どうやら面識があるようですが、決して仲が良かったわけではないようです。シーラの顔がどんどん険しくなって行きます。

「戦争の時だから15年ぶりだなぁ会いたかったぜ、竜人のおっさん」

 アバンと呼ばれた男は抜いた刀を肩に乗せながら笑っています。

「何が楽しくて笑ってるんだか、15年前のように伸されにきたか?」

「今日は長い因縁に決着をつけにきた、まぁこいつらを救うついでだがな」

 そういったアバンはその場で刀を振りました。先ほどのように二人の枷には明らかに届いていませんでしたが、腕と足についた枷は真っ二つに割れます。

「すまん二人とも、少し待っててくれ。 このおっさんを倒さねばならんからね」

「ぬかせ」

 シーラとアバンはお互い睨み合います。

 四騎士であるシーラがククスで最も強いことは子供でも知っています。それは、ルルたちも例外ではありません。では、どれほど強いのか? それを知っているのは実際に戦ったことのあるものだけでしょう。

 今日ルルたちは、運がいいのか悪いのかその実力を実際に肌で感じることとなりました。

 二人が睨み合った瞬間、場の空気が変わりました。覇気や威圧感、プレッシャーなどという言葉で表現できるものではありません。近くにいたものは息ができず見えない何かに精神を押し潰されそうな感覚に陥ります。決してシーラが何かの魔術を使っているわけではありません。体験したものしかわからない感覚です。

 そこにいたルルとアートはその場に頭を押し付けられるような感覚に襲われ動けなくなります。

「かっぁぁあくっ」

 何か言葉を発しようとしますがうまく言葉になりません。どれだけ話そうとしてもなぜか言葉が出てきません。口から漏れ出るのは息と混ざり合い発せられる音だけです。

「やっぱおっさんのそれ怖ぇよな」

「平気そうな顔をしたお前さんに言われても嬉しくないわ」

 この空気に包まれても平然と話していられるこのアバンという男は何者なのか? まとまらない思考で二人は考えますが、知らないことはいくら考えてもわかるわけがありません。

 シーラが護衛をしていた騎士団に向けて合図をすると一人の男が処刑台に上がってきました。朝、ルルたちを連れてここまできた騎士です。騎士団でも相当の実力があるのかシーラと二人でアバンを挟むようにして立ちます。

「残念だけど、こっちも仲間を連れてきてるからな」

 そういうと、先ほど上がってきた騎士の前にいつの間にか耳の長いエルフの男が立っています。鼻の先まで布で覆い隠し、長い銃を持っています。

「さぁ、やろうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る