第26話 運命の朝

 まだ夏が始まったばかりの今日、朝は少し肌寒いです。空は曇っていて太陽は見えません。今にも雨が降り出しそうな天気ですが雨はまだ降らず、降り出すタイミングを伺っているように見えます。

 外にいるものが薄暗いと感じるほどの厚い雲は、地下にいる二人にはさらに暗く感じます。

「今日だよね?」

 アートは言い出しにくい雰囲気の中ルルに話しかけます。二人とも周りはいつもより暗いですが、早寝早起きの習慣が身についた体が朝だと教えてきます。

「うん」

 短い会話は途切れしばらくの沈黙が続きます。仲の良かった姉弟には今まであまりなかった気まずい空気です。あれは、まだ小さかった頃ルルがアートの好きだったフルーツの入ったパンを勝手に食べてしまった時以来の気まずい空気。そんな思い出を振り返り、笑みをこぼしていたアートはルルの異変に気づきます。物心ついた時から一緒に育ち過ごしてきた、彼にしか感じとれない僅かなものです。

「お姉ちゃん? 大丈夫?」

 アートはルルの方にそっと近寄り、そっと肩を支えました。

「こわい」

 普段あまり聞くことのないルルの弱音。アートは優しく抱きしめ、なんとか落ち着かせようとします。

「大丈夫」

 しかし、ルルは泣き出してしまいました。

 ここ数日、様々なことが起き気持ちに整理がついていません。三日あった牢での生活でずっと考えていました。自分が半種族ということ。特級戦犯が会ったこともない両親だということ。ただ生まれただけで殺されなければいけないということ。ルル自身は整理がついたつもりでしたが、死が間近に迫っていると思うと頭は混乱してしまいます。

 ただ、時の流れは残酷です。この姉弟のために時間をとめるはずがなく、いつもと同じ速さでどんどんと時間を刻み続けます。


 しばらくして、お昼ぐらいの時間になったのでしょうか、地下の牢に誰かが近づいてきます。その足音は二人にとっては死神の足音にしか聞こえません。牢の前まできた見知らぬ騎士はこう告げます。

「時間だ、ついてこい」

 牢は開錠され鉄の扉が開けられました。

 数日間いただけですが、親近感がわいた牢に別れを告げ二人は騎士の後ろを歩き始めます。手錠もつけずにただ後ろを歩かせるだけ。あまりに無防備に感じますが、おそらくこの騎士もセミスと変わらぬ実力を持っていると二人は感じてしまいます。例え二人で反対の方向に逃げたとしてもどちらも簡単につかまってしまうのでしょう。

 騎士団の長い廊下を歩いている時、仕事で走り回るセミスとすれ違いました。彼は申し訳なさそうな顔をして俯いてしまいますが、二人は知っています。彼は自分たちを救おうとしてくれたこと、それを世界が許さなかったことを。一瞬合った目はもう重ならずその場を通り過ぎてしまいました。


 そして、気がつけば外の処刑台の前にいました。騎士団ククス支部の目の前の広場となっている部分に処刑台はありました。

 ゆっくりと処刑台への階段を上へとのぼると、広場にはたくさんの人が見えました。様々な種族がいて、様々な格好をしています。祭りの時よりも人が多く集まっているように見えます。皆違うように見えますが、皆の表情は同じく険しいです。

 ルルたち姉弟が見えると広場からはたくさんのヤジが飛びました。

 死ね。消えろ。悪魔。他にもたくさんの言葉が二人に届きます。今まで言われたことのない言葉です。たくさんの人の中には、お祭りの時によくしてくれた屋台の人など優しかった人もいます。二人の秘密が知られたことでこんなにも対応は違います。それがルルには一番苦しかったのです。何も変わっていないのに、周りが変わっていくことが何よりも辛く感じました。

 処刑台の上で膝をつき正座のような形で座らせられました。ここで初めて手錠がかけられ、腕が後ろに持っていかれます。もう、二人は身動きが取れません。

 しばらく投げられたヤジは耳に入り通り抜けるようになって行きます。ただただ処刑が行われるのを待つだけです。

 それからも人は増え続けました。騎士も周りにたくさん増え警護のような形で処刑台を取り囲んでいます。セミスの姿もありました。

 そして、ついに処刑の時が迫ってきます。ルルたちがいる処刑台にシーラが上がってきました。階段を上がり、二人の横に立ちました。そして宣言します。

「これより、ルル・マキシス、アート・マキシスの処刑を始める!!」

 広場は盛り上がります。これから人が死ぬというのに異常な盛り上がりです。広場にいるほとんどの人は戦争を経験し、どこにもぶつけることができなかった戦争への不満をやっとぶつける機会がきたということなのでしょう。

「それでは、早速始める」

 シーラが手で合図を出すと、二人の騎士が処刑台に登ってきました。シーラも気を使い、二人の知り合いに処刑はやらせないようです。登ってきた騎士は二人の横で長い処刑ようの武器を持っています。長い棒の先に腕ほどの長さの刃物がついたものです。

 もう一度シーラが合図を出すと、二人はその刃物の先をルルたちの首に向けて構えます。アートは覚悟を決め目をつぶりますが、ルルは恐怖で泣き出してしまいます。

 シーラが手を振り下ろすと同時に二人の兵士が手に持ったものを振り下ろします。鋭利に尖った刃の先が二人の首目掛けて迫ってきます。

 その時、集まった人混みの中から一つの影が飛び出しました。

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