第25話 前夜

 姉弟の死刑執行を明日に控えた夜。ある男が騎士団内を忙しなく走り回っていました。

 特級戦犯の子の処刑という大きなイベントを明日に控え、シーラは仕事に追われています。様々な手続きや書類の作成など、明日だというのに終わっていないことが山住みです。

 コンコン

 誰かが支部長室の扉をノックしました。

「入れ」

 シーラは入室の許可を出しました。

 ゆっくりと扉が開き中に入ってきたのは、耳の長い若い騎士。セミスでした。

「失礼します」

 いつものふざけた感じはなく、礼儀正しい真面目な印象を受けます。

「どうした?」

 特にセミスが来る予定などはなかったシーラが不思議そうに訪ねます。明日の件で何かあるのかなど考えましたが思い当たる節がありません。

「あの子たちの処刑についてお聞きしたいことが」

「話せ」

 何かこの仕事をする中で疑問があるなら解決してやるのが上官の務めでもあります。それが例え私情を挟んだことでもです。

「なぜ、あの子たちは処刑されなければいけないのでしょうか? あの姉弟は何もしていません。少し盗みなどはしたかもしれませんが処刑されるほどでは、ただ特級戦犯の子供というだけで処刑される必要があるのでしょうか?」

 セミスはシーラに疑問をぶつけます。真剣なセミスに対してシーラは作業の手を止め答えます。

「お前の言いたいことは十分に分かっているつもりだ。俺だって彼女らを殺したくはない」

「だったら」

 セミスが少し期待を持った明るい表情になりますが、シーラは申し訳なさそうにしながらもその言葉を遮ります。

「でも、世間は違うんだ。例え俺たちが彼女たちがどれほど良い奴かを伝えたとしてもそれは伝わらないだろう。彼女たちには特級の子供というレッテルが貼られているだけでこの国で暮らす人には不安や恐怖を与えるんだ」

 セミスが悔しそうに黙っています。シーラは続けます。彼を説得するように、自分に言い聞かせるように。

「彼女たちが良い奴なのは俺も分かっている。街で女性を救っているのをみた。近くにいた私よりも早く救って見せた。あんなことができるのは善人しかいない。」

 話していたシーラも悔しそうな表情をして話し続けます。

「すまない、俺の力不足でもあるんだ。彼女らの処刑を決めたのは四帝四剣の上に存在するものたちだ」

神の意思インテンシオンですか?」

 驚いた様子で訪ねます。

「そうだ」

 しばらくの沈黙が続きました。お互い顔を合わせづらく少し俯いています。

「それでは俺はこれで、急に押しかけてすみませんでした」

 セミスが切りだし部屋から出ていこうとします。シーラにお礼をした後深くお辞儀をし、入ってきた扉に向かって行きます。扉を開け体が半分でたときシーラにそび止められました。

「セミス」

「はい」

 動きをとめ背を向けていた部屋の方を振り返ります。

「すまないが、彼女たちに・・・。いや、やはりいい。呼び止めて悪かった、行って良いぞ」

「失礼します」

 シーラが言いたかったことはなんとなくわかります。それを行ってはいけない立場にあることもセミスには十分分かっていました。


 夜が深くなり、もう少しで日付が変わるような時間帯。騎士団地下の牢がある場所の長い廊下に一つの足音が響いています。

 今使われている牢は一箇所だけ。一人で入るには少し大きい牢に姉弟が囚われています。時間も遅く二人とも寝てしまっています。その牢の前で足音が止まりました。薄暗い夜、地下に空気をいれるための穴から入る月明かりだけを頼りに彼は歩いてきました。ろうそくなどの明かりは照らさずに、暗い廊下をただ一人で。

「すまない二人とも、俺の力ではどうにもできなかった」

 誰も聞いていない暗闇で一人謝り続けています。

「俺は、誰よりも強くてなんでもできると思っていた。騎士団に入って自分の手の届く範囲は全て守れると勘違いしていた」

 その声には涙が混じり、悔しさが伝わってきます。

「今はまだスラムにいた頃と何も変わらないただ喧嘩が強いだけのガキだけど、いつかはなんでも守れるようになるから」

 悔しそうに、しかし力強く言葉を綴って行きます。

「明日、お前たちとは別れなければいけないけれど、お前ら二人といたときは楽しかったぞ」

 その男は牢から振り返りその場を後にしようとします。

「じゃあな」

 暗闇の中に消えていくはずだった男の思いを暗闇の中にいた二人はしっかりと受け止めました。


姉弟の処刑は明日。

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