第20話 異変

 セミスとアートの体がぶつかり合う鈍い音が聞こえてきます。

 ルルとアートは人間なので魔術はあまり得意ではありません。正確には、戦闘に使えるような魔術は使えません。セミスやクヤのようにエルフや竜人の種族は戦闘系の魔術が得意な種族もいれば、人間やドワーフなどの種族は生活で使う魔術の方が得意です。だから、戦闘時は徒手格闘がメインとなります。

「ほっ、ほっ、ほっ」

 やはり、徒手格闘のみで戦うとセミスが有利なようです。テンポのいい掛け声と共にアートを押して行きます。アートも負けじと応戦しますが、厳しい戦いです。

 アートがどうにか攻めるきっかけを作ろうと、不意にセミスとの距離を詰めますが彼の前では隙でしかありませんでした。

 中段蹴りで自分で作った推進力を全身で受け止めることとなり、後ろに突き飛ばされます。

「かぁっ」

 呼吸が止まるほどの激痛を感じながら地面にうずくまります。

「そこまで!」

 それを、高台から見ていたホークが止めました。アートの模擬戦終了の合図です。観客からは、健闘したアートに大きな拍手が送られました。

 救護班の騎士団員に担がれながら、訓練兵のいる場所へと帰ってきました。

「お疲れ様です! 大健闘でしたね」

 マールや他の訓練兵から労いの言葉が飛んできます。

「一発くらい返してやろうと思ったんだけどね」

 残念そうにしながらも、笑顔を見せる元気はあるようです。

「まかせなさい! 私が仇を取ってきてあげるわ!」

 まだ順番が回ってきていないルルは自信満々に敵討ちを宣言しています。

「ふふ、まかせたよ」

 そんなルルを見て楽しそうに笑っています。

「次は、ルル!」

 ホークが次の挑戦者を指名します。

「よし! 行ってくる!」

「頑張って!」

「頑張ってください」

 皆の声援を背にルルはこの祭り最後の戦いに挑みます。

 ルルが出ていくと観客からも大声援が湧き上がりました。今回の祭りの最後の戦いということもあり、かなり盛り上がっています。ルルもにこにこしながら観客に手を降っています。

「余裕そうじゃねえか」

 セミスが皮肉を言ってきますがルルは動じません。

「まぁ、倒しちゃうもんね」

 お互いが笑いながらお互いを見つめ合っています。これから戦うとは思えないほどにこやかに、笑っています。周りから見たらかなり不気味な光景です。

 二人の準備も整い、開始の合図が聞こえてきました。

 合図と同時に二人は組み合いました。

「絶対に倒す!」

「やってみろ」

 ルルは笑顔が消え、真剣な顔になっていますがセミスは変わらず笑っています。

 ルルとセミスは一度距離をとり、仕切り直します。ルルが先行し、戦闘が本格的に始まります。決してマールやクヤが見せたような魔術の派手さはありませんが、二人の格闘は観客を魅了します。声が出ないほどに魅了されるものもいれば、うまく攻撃が入った際に、歓声をあげるものもいる。今までの模擬戦とは、少し違った盛り上がりを見せます。

「はっ!!」

 徒手格闘の実力は訓練兵随一の実力者であったルルは、セミスと互角に戦えています。防がれてはいますが、ルルが押しているように見えます。今まで、セミスと互角に戦えていたものはいないため、徐々にみんなの期待が上がって行きます。

「なかなかやるじゃんか」

 セミスもルルの成長に驚き、いつもよりは余裕がないように見えます。

 対してルルはとても集中しています。彼女の目にはセミスしか映らず、セミスに勝つことしか考えていません。これがルルの長所であり短所。ただ集中するだけならいいのですが時に、集中しすぎてしまうことがあります。すると、周りが見えなくなって何も聞こえなくなってしまいます。ルルは今その状態へ陥っています。

「ふっ!!」

 ルルの攻撃がどんどん鋭くなって行きます。猛攻をかろうじて防いでいるように見えます。

「すごいですね、ルルは」

 クヤがルルの強さに驚きを隠せません。

「ああなったルルに喧嘩で勝てる奴はいなかったなぁ。 まぁ普段から勝てる奴はほぼいなかったけど」

 ダットが懐かしい思い出を振り返るようにぼやきました。

 激しい攻防の中、セミスが左足の蹴りをルルの腹に入れました。互角の争いの中のわずかな瞬間でした。ルルはそのまま飛ばされ、背中から地面に激突します。しかし、すぐに四つん這いになりながらも体を起こし、セミスの方を睨むように見つめています。

「おっかねぇなぁ、そんな睨むなって」

 セミスが茶化すように言いますが、まるで聞こえていません。

 ルルは四つん這いから地面を蹴り出し、攻撃を続けます。攻撃はどんどん野性的なものに変わって行きます。そこに、知性は感じられません。周りの観客や訓練兵たちも獣のような戦い方に見えていました。それが、戦い方だけではないことに気がついたのは3人だけでした。

「支部長、あれは・・・・・・」

 まず気づいたのは、高台から見下ろすように見ていた試験管のホークです。自分が気がついた異変をシーラに伝えようとしますが、もちろんシーラも気付いています。

「あぁあれはまずいな」

 そして最後に、気付いたのはもちろん戦っているセミスでした。彼の目には戦っている相手がどんどん野性的な戦い方に変わり、次第に爪は鋭くたまに見せる口の中には牙があるように見えてきました。最初は彼女の戦い方による気迫が見せる幻想だと思っていました。しかし、その攻撃を実際に受け止め現実だと気づきます。

「つっっ!」

 ルルの横振りを右腕で受け止めた時です。これまでの攻防では受けることがなかった切り傷が腕に刻まれました。その瞬間、様々な可能性が彼の頭の中をめぐりましたが、一つの最悪の考えにしか辿りつかず頭が混乱しています。

「ルル!! 止まれ!!」

 急に怒鳴り声をあげたセミスに観客たちは驚きますが、ルルには届いてません。むしろ、ルルの攻撃は激しくなって行きます。観客は何が起こっているのかわからずに、会場がざわつき始めます。

 動揺したセミスの隙を突き、セミスのバランスを後ろへ崩しました。そこへ、ルルが本気で右腕を振り下ろそうとします。反応が遅れ、ガードが取れず直撃しそうになった時、低くよく響く声が聞こえルルの動きは止まりました。

「止まれ」

 高台で見物していたシーラがルルの右腕を掴み動きを制止しています。そしてルルへ言いました。

「お前、半種族ハーフレイスだな?」

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