第18話 お祭り騒ぎ

「あぁ。どうするんだよこれ」

 ホークが訓練場を見て落胆の声を漏らします。

 訓練場は成長した植物で埋め尽くされ、地面の茶色い土が見えないほどです。

「これは、明日に持ち越しでいいんじゃないか?」

 ホークの呟きを聞いていたシーラが提案しました。

「そうですね、特例にはなりますがこの現状では仕方ないです」

 この場の責任者の二人が入団試験一時中断を決定しました。

 ホークが訓練場全体に声が届く場所に移動し、一時中断を伝えます。

「今日の入団試験はここまでとする! まだ、順番がきていないものは、明日に持ち越しとなる。入団試験一日目、これにて終了とする!」

 入団試験の繰り越しを伝えると、皆声を上げて喜んでいます。毎年、一日で終わっていた祭りが二日目に突入することが決まり大騒ぎです。しかし、訓練兵たちはあまり気分が上がらないようです。

 セミスを倒したら合格というわけではないのですが、三ヶ月の訓練を重ねてもセミスには遠く及びません。クヤやマールなど大きな成長を遂げ挑んだものがやられていく姿を見て気分が沈んでしまっています。ただ一人を除いてですが。

「祭りが続くんだろ? みんなで街に遊びに行こうぜ!」

 他の訓練兵が沈んだ空気の中、ダットだけは能天気に騒いでいます。空気の読めないやつですが今日ばかりは、その明るさに助けられる人がたくさんいます。

「そうだな、せっかく試験が伸びたんだ晩飯ぐらい楽しく食いに行こうぜ」

「あぁ、美味しい出店がたくさん出てるだろうしな」

 周りが徐々に前向きになり、暗かった雰囲気は一転します。楽しそうに何が食べたいだとか、あれが欲しい、祭りを盛り上げる踊り子が見たいだの、そんな話で盛り上がります。

「ダットはすごいね」

 ダットの横にいたアートが感心して褒めますが、何を褒められているかわかっていないようです。首を横に傾げ不思議そうにしています。

「よっし! 今日は俺が奢ってやろう!」

 急に集団の後ろの方で声がして、全員が振り返るとそこにはセミスが立っていました。セミスの財布に反撃をする絶好の機会を手にした訓練兵たちは喜びの雄叫びをあげます。 

「よっしゃ、いくぞぉぉぉ!!」

「「「おおぉぉぉ!!」」」


 街の広場はたくさんの屋台で埋め尽くされています。ルルたちが逃走劇を繰り広げた朝の市場とは雰囲気が変わり、お酒や食べ物を売る店が増えています。四方八方からいい匂いが漂ってきては、はらぺこな訓練兵たちの鼻を刺激します。

「お! 訓練兵の奴らじゃねぇか」

「セミスもいるぞ!」

 訓練兵とセミスの大所帯はかなり目立ちます。そして、この祭りの主役とも言える彼らを街の住人たちは大歓迎です。

「サウマビーフの骨付き焼きだよ! 食って行ってくれ!」

「おぉ! なんだこの肉! おっちゃん一個くれぇ」

「はいよ!」

 早速ダットが肉にかぶりつきます。熱々の肉を噛むとたくさんの肉汁が口の中に流れてきて、火傷しそうになります。

「ほい、シュワシュワフルーツジュース」

 ダットはキンキンに冷えたジュースを手渡され、口の中の熱々の肉汁ごといに流し込みます。

「ぷはぁぁ。うめぇぇ」

 熱々の肉にかぶりついた客に冷えたジュースを売りつける。この店もいい商売をしています。

「ちょっと見てよ、アート。 あのでかい玉子全部使って、卵焼き作るんだって!」

 ルルが大興奮で指を刺す方には、ルルたちの胴体ほどの大きさをした大きな玉子があります。どうやらその玉子を全部使って卵焼きを作っているようです。

 店の店員の活気のいい掛け声と共に、玉子の中身が鍋に落とされました。じゅううと耳障りのいい音を立てながら、鍋の中の玉子をかき混ぜています。調味料を加えながら高火力で焼き上げたあつあつの卵焼きを厚めの紙で包み、ルルに手渡します。

「はいよ、おまち!」

 受け取ったそれは、ルルの顔と同じかそれ以上の大きさです。

「いただきまーす」

 大きな口を開けて思いっきり頬張ります。両のほおを膨らませながら卵焼きを味わいます。とても幸せそうな顔で食べています。それを見てクヤも幸せそうに笑っています。

 二人に続き大所帯の訓練兵はどんどん食べながら屋台を進んでいきます。模擬戦では負けてしまったものも、少しでもセミスの財布に攻撃をしてやろうと必死です。

「お前ら、ちょっと食い過ぎじゃない!?」

 そんな、セミスの悲鳴も祭りの賑やかな声にかき消され誰にも届きません。

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