第16話 最終試験
「これより、最終試験を始める! 訓練兵整列!」
ホークの威勢のいい掛け声が訓練場に響き渡ります。すると、訓練場のあちこちで歓声が湧き上がります。歓声をあげた人たちは街の住人たちです。一年に一回の騎士団入団試験は決して訓練兵だけの大きなイベントではありません。
「人多いなぁ」
「まぁ一年に一度のお祭りみたいなものですからね」
ダットとマールは整列しながら話しています。
街の近くに住む人は見慣れた恒例行事なのですがクヤは見たことがないようです。いつもは前を向ききちんと整列をしているのに忙しなく周りを見渡しています。
「アート、毎年最終試験の日はこんなに大騒ぎなのですか?」
「うん、この会場に入ってきたことはなかったけど街の方もお祭りだからね」
ククスでのお祭りは年に三回あります。夏の初めの純血の騎士団入団試験。秋の中頃の収穫祭。冬の初めの主神生誕祭。
今回の入団試験は、一年で最初にある一つ目のお祭りなのです。
「なんでわざわざお祭りにするんだろ」
ルルが独り言のように呟きました。
それに、マールが返します。
「大人はお酒を飲んで騒ぐ口実が欲しいみたいですよ」
「そんな理由でお祭りになってるの!?」
街の住人は、もちろんお酒を飲んで騒ぎたい人もたくさんいますが、訓練兵と試験官との模擬戦が観たくて集まってる人も多いです。訓練場までわざわざ来ている人の多くはこちらが理由です。
「よし、それでは模擬戦を始める前にシーラ支部長から一言いただく」
ホークが進行のために伝えると、観客たちはさらに大きな歓声をあげます。街の住人たちもシーラに会えるのは嬉しいようです。
しばらくすると、士官学校の方からシーラが現れました。初日にホークがいた訓練場を一望できる高台に姿を見せます。
再び大きな歓声が上がり観客は盛り上がりますがシーラが手で観客を沈めます。
「今年も、優秀な訓練兵が多いようだ。若き勇敢な騎士にピュール様の御加護があらんことを」
そう言ったシーラは下に見える訓練場で、整列する訓練兵たちを観ました。
一瞬のことでしたが、ルルとクヤは自分が観られているのだと感じました。おそらく、朝の一件で注目されたのでしょう。
シーラの宣言で今回の入団試験は始まりました。
ホークが名前を呼び指名していきます。呼ばれたものから順に訓練場でセミスと一対一の模擬戦を行います。最初はルルたちは呼ばれませんでした。
皆、勇敢に奮闘しますがやはりセミスは強くなかなか攻撃を当てられるものがいません。多くの観客に囲まれて恥を描かないように、踏ん張ります。それを観て観客も大盛り上がりです。
次々と順番が回り、マールの番がやってきました。
「呼ばれてしまいました。それでは、いってきます」
「おう! 頑張れよ」
「頑張って」
アートとダットの声援に送り出されマールが舞台に上がります。
「やっと来たな、おバカ四人組」
「なんですかそれ、始めて聞きました」
マールが嫌そうな顔をします。
セミスはそれを観てニヤニヤしながら笑っています。
「そういえばお前一人で戦えるのか?」
「三ヶ月何もしてないと思わないでくださいね」
セミスとマール両者が睨み合いながら構えます。
「それでは、はじめっ!」
ホークの合図で模擬戦が始まりました。
「黒き霊鳥よ、我が力と引き換えに我に従え」
マールが拳を握った右手を天に掲げ、短い詠唱を唱えました。すると、街中にいた
「僕は、烏と契約を結びました。これで、一人でもある程度は戦えるでしょう」
マールの魔術に観客からは歓声が上がります。
「隷属魔術も使えたのか、一体何種類持ってるんだ?」
「誰にも教えませんよ」
二人とも、笑いながら戦いの前の時間を楽しんでいるようです。
「いきます!」
マールがそういうと烏が一斉に飛び立ち、セミスに向かって飛んでいきます。セミス目掛けて鋭いくちばしが襲い掛かります。ただの、烏とは違い魔術で使役されているため全身が魔術で強化されています。セミスだろうとくらえばかすり傷ではすみません。
「おっかねぇなぁ」
セミスはまだまだ余裕そうにかわしていきます。いつものようにセミスは煽っていきます。
「こんなんじゃ攻撃に入らないぞ」
セミスが余裕そうに烏を払っていると、真後ろから声が聞こえてきました。
「少し油断しすぎじゃないですか?」
すぐに気づいたセミスが、振り返り防御の体勢をとりますがマールの攻撃を受け吹き飛ばされてしまいます。
観客や待機している訓練兵からは大歓声が上がります。
「なんだそれは」
吹き飛ばされても空中で体勢を立て直し決して膝をつきません。着地してマールの見た目の変化に驚き質問します。
「身体強化魔術 阿修羅の章」
そう言ったマールは手を合掌し、目を瞑った体勢で構えています。阿修羅の章の構えです。そして、体が普段よりも赤く見えます。これは身体が常に高心拍数を保っているため。自分の身体をベストコンディションまで引き上げ、さらに攻撃を当てる際にその部位を魔力で強化する。これが、身体強化魔術 阿修羅の章。
「鬼の身体強化まで使えるのか、お前が一番四人の中では貧弱だと思ったんだがな」
次々と出る魔術にセミスも驚いていますが、戦いの最中は冷静です。
「魔術を使ってるだけで実際は貧弱ですよ」
この魔術には上で見ていたシーラも関心しています。
「ほぉ、ウィッチとは珍しい。あの子が今回の首席候補かの?」
横にいるホークに尋ねます。
「彼もそうですが、今年はまだまだいます」
ホークが嬉しそうに笑みをこぼしながら言います。
「それは楽しみだ」
セミスを見に来たシーラも楽しんでいるようです。
セミスとマールの激しい攻防が続きます。お互い一歩も譲りませんが、セミスの方が若干体術では勝っています。魔術で強化しても、あまり物理的な戦闘をしてこなかったマールには経験がたりません。それを補うように烏との連携した戦いに持っていきます。
「なかなか、強くなちゃって。 いい人に教えてもらったな」
褒めながら、攻撃を振り払い一度ひきます。
「それじゃあ、本気を出すか」
そういうとセミスは口から種を飛ばしました。初日にルル、アートに使ったあの大樹を出した魔術の時と一緒です。
警戒したマールは距離を取ろうとしましたがどうやら無駄だったようです。
セミスが指を鳴らすと、種は育ちましたが大樹の時のような勢いはありません。セミスの身長より高いぐらいの気に育ち、一本のえだが不自然に真っ直ぐ伸びていきます。その枝を掴み木から切り離しました。
「俺は素手よりこいつがあったほうが戦いやすいんだ」
切り離した枝を腕や手を使って回しています。まるで意思を持ったような動きをしています。
「こい!」
綺麗に伸び、職人が丁寧に加工したような枝をマールに向けて構えます。
「はぁぁ!!」
マールがセミスに向かっていきます。烏が数羽先行して攻撃を仕掛けました。しかし、簡単にあしらわれます。接近したマールが全力の一撃を放ちます。それを棒でいなし、通り過ぎそうになるマールに棒の先端を押しつけます。
「捕縛」
セミスが小さく呟くと、棒から蔦が伸びマールに絡まります。竜になったクヤ を縛った時と同じくどんどん絡まってきます。手足が縛られ身動きが取れなくなったマールが地面に倒れます。
「そこまで!!」
ホークの声が訓練場に響きます。
観客からの大きな歓声とともに、マールの模擬戦は終了しました。
「よくやった!」
「かっこよかったぞ!」
そんな声が観客から、マールに送られます。
「どうでしたか、支部長」
ホークがひと段落した戦闘の感想を求めます。
「なかなか、あの子も強いがやはりセミスは別格だな。戦闘は初めてみるがあれが『捕縛師』か」
最終試験はまだまだ続いていきます。
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