第10話 あなたを認めないためにここに来た

「次は君か」

 セミスは威勢のいい返事が聞こえた方を見ました。そこにはとかげのような顔に後ろに垂れ下がる尻尾。手足など肌が見えるところには鎧のような鱗が見えます。彼はこの国を治める竜人の種族です。

「僕の名前は、クヤ ネスモ。四騎士の一人ゲイル シーラ様の第一臣下を務めるネスモ家の長男だ」

 周りにいた、人たちがざわつき始めました。それもそうです、ネスモ家と言えばククスでは誰でも知っているような名家です。彼の存在に周りはかなり驚きました、それと同時になぜ彼のような人がこの士官学校の試験に? という純粋な疑問も浮かびます。なぜなら、彼ぐらいの名家ならば試験などなしに学校に入ることもできるからです。決して親のコネなどではなく、幼い頃から騎士団に入るため鍛えられ実力があることをククスの民は知っているからです。

「ネスモ家の長男がどうしてここに?」

 当然セミスも同じ疑問が浮かびます。それを、なんの躊躇いもなく聞けるあたりセミスもだいぶ肝が座っています。

「私はあなたを認めていない。戦争が終わってからの十数年の間、士官学校主席は私たち竜人のものだった」

 クヤが自分の思いを打ち明け始めます。

「それで?」

 セミスはさらに聞いていきます。

「あなたに決闘を申し込みます。私が勝ったらその右腕の赤い紋章は返してもらいます」

 クヤが堂々と宣言します。周りのものは当然、さらにざわつき始めます。決闘を申し込まれたセミスはというと嬉しそうに笑っています。

「あの子はこのために来てたのか」

 ダットとマールを担いで、訓練場からみて士官学校の方の土手のような場所を登っているホークが呟きます。

「ホークさんはネスモ家の長男がいることを知っていたの?」

 アートがホークの口ぶりから気になったことを質問します。ちなみに、ルルとダットのおバカ組はネスト家が何かよくわかっていないようです。今までの話を聞いていて何も理解できていません。

「あぁ、気づいてはいたが何か考えがあるのだろうと黙っていた。しかし、セミスに決闘を申し込むなんてな」

 存在に気付いていたホークも先ほどの宣言には驚きを隠せません。

「いいんですか? 決闘なんてさせてしまっても、もしかしたらセミス兄さん勝ってしまいますよ?」

 今度は、ホークの右脇腹のあたりで抱えられているマールが質問します。

「まぁ、いんじゃないか。勝とうが負けようがあの子が決めたことだ。それに、あの子も強いからなセミスを殴ってくれるかもしれん」

 ホークさんはセミスのことを嫌いなのかどう思っているのか、よくわからないと四人は思いました。

「ホークさんは、セミス兄が嫌いなのか?」

 今度はホークの左肩に乗っているダットが質問します。いまだに、マールの魔術で動けないようです。本来ならこのぐらいの効き目がある魔術で、セミスが異常な抵抗力を持っているだけなのです

「いや、あいつは強いしいいやつだし嫌いなやつは少ないんじゃないか? 俺も含めて」

 誰もホークがセミスを褒めるなんて思いませんでした。

「じゃあなんで、そんなにセミス兄に殴られて欲しいの?」

 当然の疑問がルルから飛び出します。

「あいつは、訓練校時代から訓練で一発もくらわないで全ての訓練をヘラヘラと笑いながらやっていたんだ。悪いやつじゃないのはわかっているが腹立つだろ?」

 四人の頭の中にその光景が鮮明に思い浮かび同時に苦笑いしました。


 セミスはクヤに決闘を申し込まれても一人嬉しそうに笑っています。

「何かおかしなことでも?」

 セミスの行動を不快に思ったのかクヤ の声は少し怒っているように聞こえます。

「いや、ただ楽しいだけさ」

 セミスは答えます。

「それでは、決闘を受けていただけると?」

 改めて決闘を受けるか聞きます。

「もちろん」

 笑ってはいますが真剣にセミスも決闘を受ける決意をします。ヘラヘラしていますが決して悪い奴ではないのです。

「それでは、早速ですが始めさせてもらいます。あなたのお話はたくさん聞きました。実力は確かなようですので最初から全力で行かせてもらいます。」

 そういったクヤは、右手を軽く握りちょうど心臓がある位置に持ってきます。そして、目を瞑り顔は軽く空を見上げるような角度に向けます。お祈りをしているようにも見えます。

「竜神化」

 そうぽつりと呟くとクヤの体がどんどん大きくなっていきます。破裂してしまうのではないかと思うほど急激に大きくなります。前足も竜人が持つ人間の腕に鱗をつけたようなものではなく、猛禽類などが持つ爪ちょうどホークの手のような形をした前足と後ろ足。尻尾は腹の大きなドワーフほどの太さ。羽も大きく筋肉質で強靭。体の膨張が止まった時の大きさは十メートル近くになりました。

「ほぇぇ。大きいな」

 セミスが大きくなったクヤを眺めながら口をぽかんと開け間抜けな声を出します。周りで観戦していたものたちも同じ気持ちです。しかし、ホークの一言でみな我に返ります。

「お前らー! 巻き込まれたくなかったらもっと離れとけー!」

 その声で皆一斉に反対方向に走り出します。誰もこんな戦いに巻き込まれたくはありません。

「いきます」

 竜となったクヤの先ほどの少年らしい声とはかけ離れた野太い声です。

「こい!」

 猛禽類のような後ろ足で地面を強く蹴ります。蹴られた地面が深くえぐられていきます。物凄い勢いで突撃したクヤは顔を横にして標的に噛み付きます。さすがのセミスでもその質量と筋力のパワーとの力比べはしないようです。上に高く飛びその攻撃を交わします。

 ガチッ!!

 セミスがいた場所で牙が当たった音がします。

「おぉ、こわ」

 宙に浮きかわせないセミスに強烈な尻尾での鞭打が飛んんで来ます。

 バシッッ!!

 大きな音とともにセミスは吹き飛ばされます。セミスが落ちたあたりには多くの土煙が立ち上がります。セミスが初めて攻撃を受けたので皆驚いています。しかし、セミスもただ攻撃をくらい飛ばされたわけではありません。しっかりと攻撃を受け止めていました。重さで負けて吹き飛ばされただけでダメージはそれほどありません。

「はぇぇ、なんでこんな強いのと連続で戦わなきゃいけないんだぁ」

 連続した戦闘に思わず本音が漏れ出ています。

「だけど、君にも負けてやるつもりはないけどね」

 再びクヤは大きな質量をセミスにぶつける。セミスもかわしたり反撃したり。二人の激しい攻防が続き、広い訓練場に大きな音が響き渡ります。


 

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