第9話 作戦開始
「皆さん、いけそうですか?」
「「おう」」「うん」
どうやら悪ガキ四人組の作戦会議が終了したようです。みんな自分たちの作戦でセミスがどうなるのか楽しみで仕方がないようです。顔から笑みが消えません。
「お! 作戦会議は終わったか? いつでもきやがれ!」
一方こちらも四人がどんな作戦で来るのか、それをどう捌いてやろうか楽しみなようです。スラム街にいた時から何も変わりません。これが彼らとセミスのコミュニケーションのようなものでしたから。
「いきます!」
マールが作戦開始の合図を叫びます。
すると、セミスの正面にマールが残り、左右をルルとアートが挟み、後ろにダットが回り込みます。セミスの四方を囲む形で四人組の陣形は整ったようです。
その様子を上から見ているホークも何やらご満悦な様子です。
「ほほぉ、あいつらが例の弟分とやらか。面白い奴らだな。そのままセミスをボコしてやれ!」
ホークは自分しか聞こえない声で言ったつもりでしたが、セミスは地獄耳なのか感が鋭いだけなのかその視線に気づいたようです。
「うへぇ、あの人なんか喜んじゃってるよ」
しかし、この状況で自分も喜んでるようにしか見えないセミスはちょっと特殊な方なのかも知れません。
「始めますよ、セミス兄さん」
「おうよ!」
そう言ったマールは、自分の両手を両耳にあて音を遮断して目を瞑ります。
「偉大なる地の化身よ、混沌の泥に包まれ灰色の空に呑まれよ」
何やらぶつぶつと喋り始めました。理解できないものには謎の単語を並べた言葉にしか聞こえないはずです。しかし、ただ意味もなく言葉を話しているわけではありません。これは、特殊な魔術を使う時や魔術の威力を上げたい時に行う詠唱です。詠唱に決まりはなく、術者本人がその魔術のイメージを深く固めるための物です。
「そんな簡単に、詠唱させるかよ!」
セミスがマールの妨害をしようとしますが、残りの三人を忘れてはいけません。
「はぁぁぁぁあ!」
ダットの真後ろからの飛び蹴りを筆頭にルルとアートも続いてセミスに殴りかかります。セミスは全て、かわしたりうまく勢いを相殺したりしてやり過ごします。周りに集まる入団希望者の観客たちはあまりにも自分たちとはかけ離れた戦いを見せられ呆けて見ています。中には今にも先頭に加わりたそうにうずうずしているものもいますが、空気を読んで順番待ちです。
あまりにも綺麗にセミスが三人を捌くので時折周囲から歓声の声が上がったりします。
「おいおい、そんなもんかお前らぁ!」
セミスはまだまだ余裕そうな口ぶりです。スラム街にいた時からそうですが普段は紳士ぶってるくせに戦いの最中は口が悪くなるのがセミスです。
「くっそ、全く当たらねぇ」
「わかってたけど、セミス兄強すぎ」
セミスに殴りかかる三人は同時に攻撃しているおかげでやられる者はいませんが肝心の攻撃が当たらないのなら話になりません。ニヤニヤしているセミスにダットが走り込みます。
「おらぁぁぁぁくらえぇぇぇ」
ダット渾身の一撃をセミスの顔目掛けて放ちます。
「お前は昔から、単純でうるさいんだよ!」
簡単にかわされてしまったダットは勢いのまま地面と衝突すると思いましたが空中でピタリと止まりました。攻撃を避けたセミスが右手で空中のダットの足首をつかみました。
「今からお前は俺の剣だ」
「へぇ?」
とぼけた声の後、必死に抵抗しますが全く話そうとしてくれません。
「離せ! こらぁぁぁぁ!!」
全力で抵抗します。しかし、ドワーフであるダットの手足の長さはエルフのセミスと比べてしまうと明らかに長さが違います。二倍、いや三倍は違います。
「ふはははははは!!」
楽しそうにセミスはダットを振り回しています。
笑い方が悪役そのものですが、ここまで強いとそちらの方がお似合いです。もう誰も違和感を感じていないでしょう。
そんな時、セミスに存在を忘れられていたであろうマールが叫びました。
「幽幽たる大地の獣よ、彼の四肢を強奪したまえ」
マールがセミスの方に交差させた腕を向け魔術を放ちます。
「はっっ!!」
「あ!!」
完全に戦いに夢中になりマールのことを忘れていたセミスは慌てています。
その時、彼が右手に持っていた剣と目が合いました。
「ん?」
「お!」
ダットは何か察したようです。
「やめろぉぉぉぉ!!」
セミスは自分とマールの間に盾にするようにダットを構えます。
「お前は今から俺の盾だ!」
マールが放った黒と茶色が混ざったような色をした魔術がセミス及びダットに向けて飛んできます。
「セミス兄ぃぃぃぃ!!!」
ダットの断末魔が聞こえてきます。
「ふははははははは」
やはりこの男、エルフではなく悪魔か何かなのではと周りにいる何人かは思ったはずです。
「見立てが甘いですよ、セミス兄さん」
マールの言った言葉は自分の高笑いにかき消されセミスの耳には届きません。
「あの、バカが」
上から見ていたホークはすでに気付いていたようです。経験の差なのかセミスが四人を舐めすぎているのか。
魔術が盾のダットに当たります。
「うっ!」
そのままダットを通り越してセミスに向かっていきます。
「なっ! とまんねぇのかよ!!」
セミスにも直撃します。
「「「よしっ!!」」」
ダット以外の三人が同時に喜びます。どうやらダットが巻き添えになったのは想定内だったのかどうでも良いのか、誰もダットを気にしていません。
「くっそ!」
魔術をくらったセミスは自分の手足が動かないことに気がつきました。動かそうとすると手の指だけは動くようで右手に持った何の役にも立たなかった盾が地面に落ちました。
「うっっ。ふっどうだセミス兄、マールの魔術で手足が動かせないだろう。 ふははは」
さっき盾にされたことが余程悔しかったのかセミスにやられた笑い方をドヤ顔で返します。
「お前も、手足動かないんだろうが」
「それがなんだというんだ、俺らは四人なのだ!」
手足が動かず転がっているだけなのにすごい自信です。確かに、作戦としては勝っていますがかなりかっこ悪いです。
「あのバカはいいとして、魔術を使った少年はウィッチか? 珍しい種族だな。しかも、身体捕縛系魔術とはなかなか。早く一発入れてやれ」
ホークが上で冷静な分析のようでただ、セミスが殴られて欲しいという欲が溢れ出ています。そして、四人とセミスとの戦いは終わりを向かえそうです。
「二人ともお願いします!」
余程強い魔術を使ったのか、マールは疲れて膝をついて立てません。最後の合図だけを二人に送ります。
「いくよ、アート!」
「うん、お姉ちゃん!」
ルルとアートがセミスを左右から勢いをつけ攻撃しにいきます。
ルルは顔に向けて拳をアートは脇腹に向けて蹴りを繰り出します。
「まさか、ここまで追い詰められるとは。油断したな」
そう言ってセミスは口から何かを吐き出しました。
プッ
それは、近くにいたルルとアートとマールそして目のいい鷹の獣人のホークだけが見えていたようです。
セミスは植物の種のような物を吐き出しました。小さな小さな種です。見えていた四人には何が起こるかは想像できたようですが、時すでに遅し。空中にいたルルとアートは避けられるはずがありません。
「ルル! アート!」
マールが叫びますが、もう引き返せません。
「強くなったな、お前ら。だが、まだ俺には勝てん」
そう言ったセミスは指を鳴らしました。
パチン
訓練場に響くその音に合わせ、先ほど吐き出した植物の種が爆発しました。正確には、爆発するように育っていきました。市場でルルたちが追われていたときのエルフの魔術とは規模が違いすぎます。
どんどんと大きくなる植物は、枝などの細い物ではなく木の幹ほどの大きさで二人を襲います。
「うわぁ!」
「なっ!!」
一瞬で大樹に育った小さな種は、ルルとアートの二人を木の中に閉じ込めるようにして訓練場に育ちきりました。二人は下半身が完全に埋ましまっています。
「おっし、動けるようになってきたな」
マールの魔術の効果が切れてきたセミスが、腕や手足が動くのを確認するように大きく回しながら木の方に歩いてきます。
「へっへへ、まだまだ弱いなぁお前らは」
ニヤニヤと笑いながら近づいてきたセミスは一人ずつ四人の顔を優しくぺちぺちと叩いていきます。最後まで煽り続ける彼の精神はさすがとしか言えません。
「くっそ、もう少しだったのに」
「また、負けてしまいましたか」
みんな悔しそうにしています。ダットは悔しすぎて身動きが取れないようです。まだ、マールの魔術が解けていないだけですが。
「お前らじゃ、いつまでたっても俺を倒せないなぁ」
セミスが調子に乗っていると、上で見ていたホークが降りてきて強烈な手刀を頭にくらわせました。
「いっっったぁ!! 何するんですか!」
「お前が一発もくらわなかったからな、見事だったぞ四人とも!」
「ホークさん俺を殴りたかっただけじゃないですか!!」
理不尽な一撃を受け怒るセミスを放っておきながら、四人の戦いを讃えます。
「よし、お前たち四人は合格だ。士官学校での訓練に励め」
早くも合格の知らせを受けた四人は喜びの雄叫びをあげます。
「よっっっしゃぁぁぁぁ!!!!!」
地面から顔をあげたダットが叫びます。いまだ手足が動かないようです。
「やったぁぁぁぁ!!」
「やりましたね」
「やった」
ホークは木に挟まっているアートを救出します。自慢の手の指が食い込み握力で木が潰されそうです。
「どうしてくれるんだセミス、こんなでかい木を訓練場にたておって」
「いいじゃないですか、植物」
「そういう問題じゃない!」
そんな会話をしながらセミスもルルを引っ張り出します。
「ひとまず、お前らは休憩がてら上で見学だ。セミスは続きだ」
ホークは動けないダットとマールを担ぎ上げ元の場所に戻っていきます。ルルとアートもそれに続くようについていきます。
「へーい」
最初の自己紹介の時の覇気はどこかへ消え去ってしまいました。
「次はどいつだぁ?」
セミスがぐるりと見回すと、先ほどの戦いを見て怖気付いたのか最初あんなに威勢の良かった者も静かになってしまいました。
「いないのかぁ?」
残念そうにしているのが言葉からも伝わってきます。その時、観客となっていた人だかりの中からハキハキとした返事が返ってきました。
「次は、僕がやります!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます