騎士団入団編
第1話 物語の始まりでしかない物語
清々しい朝の風が街に吹き込んできます。
いつもと同じ騒がしい朝の始まりを知らせる風。
「いらっしゃーい! 今日は良い果物がたくさん入ってるよー!一つどうだ?」
「こっちは、人間とドワーフが共同で作った誰でも火が簡単に出せる道具だ!」
「ククスとかげの丸焼きだ! 買った買った」
ある店の店員が客を呼ぼうと大声を出します。すると、それに負けじと他の店はさらに大きな声を出します。店同士の意地の張り合いが拡大していき、この街の市場は毎朝お祭り騒ぎです。ほとんどの店が違うものを出しているから、競争でもなんでもないというのですが。
何十年か前から始まり一日も休むことなく続いてきたこの街一種の伝統。
ここは、<アルト大陸>の南に位置する国<ククス>。
様々な種族の者たちが手を取り合いながら暮らしています。
賑やかな伝統ですがお祭も毎日続けばそれはいつもと同じ日々に過ぎません。そんな、変わらぬ一日が始まると思っていましたがどうやら少し違うようです。
「待ちやがれ! ガキども!!」
「くっそ、なんて速さだ」
多くの客でごった返す市場に怒号が響き渡ります。
店の客引きとも違う声に市場に集まる客の視線は声の発生源に集まります。
そこには、客の間をかき分けながら走る二人の男がいました。
一人は全身をもふもふの毛で覆われています。手足が太くかなりガタイがいい。顔の形などからしておそらく、犬の獣人。
その脇を走るのは、背は高いが体の線が細い。顔は恐ろしいほどの美形で人間に似た顔つきをしています。しかし、よく見ると特徴的な尖った耳が付いてます。この特徴はエルフで間違いないでしょう。
そんな二人の腕には、青い紋章が輝いていました。この街で暮らすものなら誰もが知っている治安維持部隊、
国の平和を守り、民を守るためにいる彼らが怒号をあげながら走っている。あまり見かけない光景を目にした客たちの視線は、次第にその二人から前を走る二人の子供に移っていきます。
「あいつらしつこいな」
悪態をつきながら走る少女。
髪はぼさぼさで、服もボロボロ。
まわりの客と見比べると明らかにみすぼらしい格好をしてます。
その少女の隣を走る少年が弱々しいこえで話しかけます。
「お姉ちゃん...」
彼も少女と同じような格好をしています。
二人とも体にこれといった特徴がない。人間の子供。
「わかってる、次の道で路地裏に入るわ!」
最低限の会話だけを交わしながら騎士団から逃げる二人の子供は、パンや果物の入った袋を抱えています。
走る少女が前にいたフード付きの布をかぶった旅人のような男にぶつかりそうになりました。
「おっと! ごめんね旅人さん!」
持った袋からこぼれ落ちそうになったりんごを手で押さえながら逃げていきます。
「おっ! ルルとアートじゃねえか」
「またあいつらか」
「今日は何したんだ?」
どうやら二人は、この街ではちょっとした有名人のようです。
名前まで覚えられてしまっています。
そんな二人の逃げ足はなかなか早いらしく、後ろを追う騎士団の二人は我慢の限界が来ました。
「俺が動きを止める! そのすきにお前は取り押さえてくれ!」
「おう!」
俺が止めると宣言をしたエルフの彼は、その場に立ち止まって体の前に手を組みます。教会などでお祈りを捧げる時の格好によく似ています。
その後急に地面に両手をつけました。
すると、市場に等間隔で並んでいる街路樹の枝がギシギシと聴き慣れない音を立てながら二人の子供に向けすごいスピードで伸びていきます。
「うわぁ!!巻き込まれるぞ!」
「あいつら魔術を使いやがった!」
「あぶねぇ!!」
市場にいた客の皆さんはまさか大勢の人がいる中で、危ない魔術を使うことはないと思っていたらしくかなりの慌て具合。
でも、中にはこの状況を楽しんでる人たちもいます。
「はっはっはっ、良いぞもっとやれ!」
「こりゃ、珍しいものを見た」
たくさんの人がいれば反応も人それぞれです。
どんどんと伸びていく枝は前にいる少女と少年の足元に狙いをつけて襲いかかります。
のびた枝が二人の足を捉えようとした瞬間、二人は軽く斜めに飛んで見事妨害を回避しました。
「「何ぃ!?」」
自分たちの魔術を使った捕獲作戦が成功すると確信していた二人の口から驚きの声が漏れました。
「おぉ!」
「どうやってんだ、ありゃ?」
自分たちの店の周りで激しい逃走劇が繰り広げられているのに二組の争いにすっかり観戦ムード。全く呑気な人たちです。
客の間をするすると通りながら逃げる二人の子供はついに路地裏に曲がり市場がある通りからは見えなくなりました。
その後しばらくして、二人の騎士団の紋章を腕に掲げた男たちが曲がり角までやってきました。
「お前の鼻であいつらの匂いを追えるか?」
「すまねぇ、あのガキどもの独特な匂いもここから先はいろんな匂いが混ざり過ぎてて嗅ぎ分けられねぇ」
「やられたな。後で上官に怒られるなこりゃ」
二人を逃したことより上官に怒られるのを心配している彼らは、しばらく曲がり角の前でぽつんと立ち尽くしてました。
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