消えた蝶の話
「やはり清守の作る卵焼きは最高だな。この甘じょっぱさがいい」
「そう」
そっけない清守の返事など気にせず、モクモクと箸を進めるのは、飛天上月。
黒い作務衣に羽織を着て、年寄くさい話し方をする。
着やせする体にのっかる金髪の美少女顔の男は、今は納豆を真剣にまぜている。
「醤油はねてる」
呆れつつも布巾を渡す年若い男性が、上木清守。
「ウハハハ。坊はよく気が付くな」
「坊って言うな」
キラキラと眩しい笑顔を向けながら布巾を受け取る上月と清守は
共に暮らしている。
幼い頃、清守は数年前に亡くなった爺ちゃんと暮らしていた。
この爺ちゃんが仕えていたのが飛天家であった。
二人が住む町は一つの山を中心にグルリと住宅やビルが立ち並び、その先にまた山が連なっている。自然に囲まれつつ、都会的な発展もしてきた町だ。
飛天家は、はるか昔からこの地に住みこの地を守ってきた。
時には、外から来た者を受け入れ、支援し、町の発展を後押ししてきた経緯もあり、町の住人からは「守り神」のように認識されている。
中心となる山の頂上に飛天家の住まいがあり、整えられた山道を20分程下ると
麓に一軒の平屋がある。この木造の家に清守と爺ちゃんは住んでいた。
爺ちゃんが生きていた頃から、上月は今のように何かと理由をつけては、清守を構い続けている。本来は、爺ちゃんがしていたように飛天家の仕え人として振舞わなければならないだろう。だが、上月は清守にそれを望まなかった。
―出会った時から、何も変わらないんだよな。態度も…見た目も。
豆腐とわかめの味噌汁を啜りながら、上月をチラリと見やる。気さくで変に子供扱いもしなかった。少し緊張しいな所がある清守は、上月に対してだけは壁を作らずに会話もできる。上月も清守が自分に臆することなく話ができることを望んだ。幼い頃から見てきた分、清守の色んな面が見えているのだろう。
「ごちそうさん。うまかったぞ」
「玉木の婆ちゃんの卵、何にしても美味しいよね」
「そうだな。次はプリンが食べたい」
「自分で作りなよ」
穏やかに食後の会話をしていると、遠くでリーンリーンと音が鳴っているのが聞こえた。ハッとした清守は上月と目が合うと、立ち上がり廊下に出る。
玄関からまっすぐに伸びる廊下は、居間や縁側を通り白壁で行き止まる。壁には仕掛けがあり、手順通りに触れると白壁は引き戸のように左にずれた。壁の向こう側は、先が見えない廊下が続いてた。グニャリと景色がゆがみ、瞬く間に木製の台に乗った黒電話が現れた。淡く光る電話機は、早く電話に出ろと言うように規則正しく鳴り続けている。
一呼吸置くと、清守は受話器をつかみ耳にあてる。
「もしもし」
「朝早くに、申し訳ございません。こちらに相談したら、解決してくれると伺いましたのでご連絡いたしました」
年若いが丁寧な口調の女性の声がした。
「お困りごとですか?どのような内容になりますか?」
「絵から…蝶が消えてしまったのです。蝶を探して欲しいのです」
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