消えた蝶の話2
清守はキョロキョロと落ち着かなく、広く高い天井のある室内を見渡していた。
先日、絵から消えた蝶を探して欲しいと依頼してきた女性から、実際に絵を見せたいと家に招かれた。待ち合わせの駅に降りて暫く待っていると、目の前にスーッと車が止まる。初老の上品そうな男性が運転席から降りてくると言った。
「お嬢様のお客様ですね?私、専属運転手をしております柊と申します。
どうぞお乗りください」
戸惑いつつも乗車すると、豪邸に連れていかれ、高そうなソファに座らされ、高級な香りのする紅茶を出された。
室内を明るく照らすシャンデリアの電球を数えていると、居間の扉が開いた。
「お待たせして申し訳ございません」
電話で聞いた落ち着いた口調の女性が入ってきた。近づいてくる姿は、有名なお嬢様学校の制服を着ている。艶やかな黒髪を肩下まで伸ばし、お辞儀をすると眉下で切りそろえた前髪がサラリと揺れた。
「お茶は足りてますか?よろしければ、こちらも召し上がってください」
お盆にのせていた皿には、宝石のようなプチケーキが乗っていた。
「お気遣いなく。我々はお嬢さんの話を聞きに来たんでな」
「こちらは?」
「電話では、俺の話しか伝えてませんでしたね。俺が上木清守です。
この金髪が飛天上月です」
「よろしく頼む」
「よろしくお願い致します。私は麻木玲と申します」
「早速ですが、お話伺ってもよろしいですか?」
玲はソファに座ると事の顛末を話始めた。
彼女の話によると、先日亡くなった母の遺品の中に、母が描いた絵があった。玲としても思い入れがある絵であり、今は自分の部屋に飾っている。案内された玲の自室に飾られている絵は印象派のような筆使いで、広がる庭に庭師が花を世話する光景が淡い色合いで描かれていた。
「元々は、こういう絵でした」
玲が見せたのは1枚の写真だった。痩せた40代くらいの女性を中心に左に玲、右に女性より少し年上の男性が映っている。3人の後ろの壁に、この絵が掛けられている。ピントは合っていないが、蝶が絵の空間を漂っているのが分かった。
「母は去年の秋頃から寝込むようになりました。母の部屋は窓側にベッドを置いていたので、おそらくそこから見える景色を描いたんだと思います。窓からは庭が見えますし…母は花が好きでしたから」
「えっと…この度はご愁傷様でした。お写真拝見すると、とても仲の良いご家族だったんですね」
「ええ。両親は、とても私を愛してくれました」
「今日は、御父上はどちらにいらっしゃるのかな?」
自己紹介以後、ずっと黙って話を聞いていた上月が玲に話しかけた。
「今日は、父は会社におります。俗に言う仕事人間なので」
麻木家は初代が創業した貿易会社を2代目である玲の父が大きく発展させた。
「葬式やその他諸々済ませましたら、すぐに会社に戻りました…父は悲しむ暇もないほど多忙な人なので」
ふせられた瞼のまつ毛がふるえると玲はニコリと笑った。
「すいません。脱線してしまって。依頼は、絵からいなくなってしまった、この蝶を探して欲しいのです」
玲の部屋に移動された絵は、たしかに蝶がいなくなっていた。たった一羽の蝶が消えただけなのに絵からは何かが欠落したようにみえる。
「いつ頃、いなくなったのに気づいたのですか?」
「一昨日です。いつも通り、学校から帰って…視界に入った絵がいつもと何かが違うと思い、見たらいなくなってました」
まったくもって不思議な話だった。玲の部屋には掃除担当のメイドと父くらいしか入らない。メイドに確認したが、絵にはハタキをかける以外触れていないとのことだった。
「ご友人などは、お部屋に呼ばれたりしないんですか?」
「家に呼べるほど、親しい友人がおりませんので」
情けないとでもいうように苦笑いを浮かべる玲。手がかりなしかと思い、清守はチラリと上月を見る。写真と絵を見比べていた上月はフムフムと頷くとニコッと笑った。
「お嬢さん、心配しなくても蝶は必ず見つかるぞ」
玲はゴクリと喉を鳴らすと深く頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます