4.雪の花が真夏に咲きます


「3万人超えたぞっ!」


「5万人だ!」


「このまま10万人突破するか!?」


そこはむせ返るほどの熱気に包まれていました。




数時間前にやった自分の配信が無音だったり


音が入っていたとしてもトーク力がまだまだ足りないと思いましたし


ここは1度勉強のためにと有名企業勢の方の配信へとやって来たのです。




企業勢とは、私の様に個人的にバーチャルライバーとして活動するのではなく


企業様からバックアップを貰って専門的に活動するバーチャルライバーの方の事でして


言ってしまえば個人勢が素人やフリーランスなら


企業勢は会社員や専門家の方々なのです


有名な企業勢の方は数万を超えるファンが付いていて


活動のための機材等への投資も個人勢とは桁が違うと聞きます。




さて、そんな企業勢の方が配信される予定の会場に来ているのですが


配信開始前だと言うのに見渡す限り人、人、人だらけです


騒いでいる声によると同時接続者数は10万人に届きそうな勢いだとか


昼の配信で1人しか来なかった私とは天と地以上の差があります。






そして配信が始まりました


自作で済ませた私とは違い名のある絵師さんが描いた可愛らしい姿に


製作段階より動かなくて嘆いている私とは違いまるで生きているかのようにスムーズに動くLive2d


その辺りの技術力からしてやはりくつがえせない差を感じますし


オープニングに1曲入れた歌声も綺麗で


その後のトークもすらすらと喋り、ついでにリアルタイムに書き込まれるコメントにも答えてと


技術を除いた能力面でも1企業の看板を背負うだけに


何となくやっているだけの私とは桁がいくつも違いました。




端的たんてきに言って


何かの参考になるかと思ってここへ足を運んでみたのは良かったのですが


余りにも差が開きすぎて何を参考にして良いかも分からないぐらい


それぐらい有名と無名の住む世界の違いを感じ取ってしまったのです


元々個人勢は数千人がデビューして1人も当たれば良い方と言われるぐらい


知名度も何もないところから始めるには辛い界隈だと言う事は知っていましたが


それを同時接続者数と言う実数値として見てしまったのです。






「はぁ、昨日の配信は凄かったですねー。」


見学するつもりが気が付けば完全に見入ってしまっていた有名企業勢の方の配信を思い出しながら


私は自分のパソコンを適当に操作します


自作するには足りない技術力のせいで簡素と言うか貧相な自分のページがモニターに映り


二桁も行かない過去の配信の視聴回数が哀愁あいしゅうを誘います。




私もちゃんとした絵師さんに頼んで綺麗な姿を持って


専門技術を持った人のサポートでもあれば


もっと有名にも人気にも慣れたのでしょうか?


そんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えて行きます。




どうせまだ1週間も活動してないですし


準備にかけた資金も5千円札1枚でおつりがくるレベル


これ以上ダメージを受ける前にさっさと身を引いてしまうと言う考えもあります


そもそも知識も技術もなにもないのに0


0からこの界隈に入って一旗揚げようってのが無理がありましたし


固定ファンもまだ付く前ですから今なら誰も悲しみません。




はぁっ、と溜息ためいきが1つこぼれます


何となく勢いで準備を始めて、デビューするまでは高揚していた気持ちも


燃え尽きたのかすっかりと覚めてしまっています


無言で自分のページを閉じて天井を見上げます


1度思考を中断してただただぼーっとし……


他に誰もいないはずの自分の部屋に関わらず、誰かに見られているような気がしました。




天井を見上げてた首をくるりと90度左へと曲げて


ベランダへと出るための大窓から外を覗きます


「はぁ、こう言う気分の時に限ってどうしてかなー。」


紫色の瞳と目が合いました


さらには褐色の肌に赤黒い色の髪が目に映り


普通の人間ならありえない長く尖った耳が確認出来ます


これが私みたいに人間に混じって住んでいる別の種族ならよかったのでしょうが。




私はどうにもルサンチマンに出会いやすい体質をしているようです


幼い頃はどうだったか記憶がおぼろげですが


覚えているここ数年では何かにつけては遭遇している気がします


そもそもどちらかと言えば外に出かけないインドア派のはずなのに


たまに出かければルサンチマンに遭遇し


かと言って家にいたらいたで近隣でルサンチマンが発生し


気が付けば多少の数や能力を持ったルサンチマンでも


処理をするのが苦にならないぐらい相手をするのが慣れてしまっていました。




はぁっ、と十数秒ぶりの溜息を零して


真横の窓を開けてベランダへ、そしてそのまま脇目わきめも振らず2階にあるベランダから横の道路へと飛び降ります


狭い部屋の中で戦うより動きやすいように広いスペースへ


そして家族や自分の部屋のパソコン等諸々の機材に被害が行かないように


「はぁーい、こっちですよー。」


大声で呼びかけてルサンチマン達の注意を自分へとき付けます。




やって来たのは3人ほどのルサンチマン


全員が似たような相貌で、先ほど目が合った時に確認したように


褐色の肌に赤黒い髪、尖った耳とファンタジー作品に出て来るダークエルフを思わせるような容姿です


燃え盛る大剣を持ったのが2人に、素での両手に炎をまとったのが1人


個々の戦力がどれぐらいかは見た目では分かりませんが


特別厄介な能力でもない限りこれぐらいの数を同時に相手する事は何度もあったので


普通なら後れを取らないような相手です。




「はいっ、スノーボールですー。」


何度も想像イメージした雪玉を今回も頭に浮かべます


それはすぐさま実体を得て私の目の前に浮かびますが


「あれっ?」


思わず声に出てしまうぐらいに想像イメージしたものが再現されるまでが遅く


そして生み出された雪玉もいつになく小さいと言うかハリがないような気がします


違和感を感じながらもそれらを射出、迫って来るルサンチマンを迎撃しようとしますが


大剣のまとっている炎に触れたとたん、跡形もなく消えてしまいました。




雪玉が足止めにすらならず一気に間合いを詰められてしまった私に


2本の大剣が交互に襲い掛かります


1本ずつよく見て、まとっている炎にも触れないように慎重に避け


素早く雪玉を出して反撃しようとしますが


やはりタイムラグが生まれ相手の攻撃を避けながらだと上手く集中して作れません


「やっぱりおかしいですねー、どうしたんでしょう?」


疑問に答える人は誰もいません


ただただ防戦一方の戦いが続きます。




何度目かもう分からない、地面すれすれの横薙ぎの斬撃をジャンプしてかわし


着地と同時にもう1人が振るう大剣を横に半歩動いて避けます


そこでふともう1つ新しい視線を感じ


「ぎゃっ!」


ずっと遠くで見ていたもう1人のルサンチマンが投げ放った炎の塊が私の体に的中します


痛み、熱さ、そう言った物が一気に押し寄せて来て思わず膝を付いてしまいます。




悪意に満ちた目で私を見下ろし、ルサンチマンが大剣を振り上げます


高々と掲げられた切っ先に夏の日差しが反射して不気味に輝きます


あれ? 私ここで斬られるのかな


やけに冷静に状況を見つめながら、ふとさっきまでの事を思います


電脳世界から身を引くどころか、ここで全部お終いか


まだ、何もやってないのにな……。






ずっとお世話になってる人間さん達に恩返し出来てないし


やりたかったゲームもまだプレイしてないし


そもそも自分の出自だって何も分かっちゃいないし


……あれ、そもそも私って何のためにバーチャルライバーになったんだっけ?


電脳世界に、沢山の人が集まって、沢山の話を聞いて


まだ、沢山どころか1週間も活動してないのに


何をした気になってたんだろう?


やりたい事も、やろうと思ってた事も、まだまだあるのに


だから、見切りをつけるならやれる事を全部やってからにしよう。




そう決めた途端


昨日の配信のショックで小さく閉じこもってしまっていた自分の感情が


つぼみが花を開くように、大きく解き放たれます


同時に頑張る気力が心の底から湧いてきます


自分にも、やれる事はあるはず……。




熱も痛みも引いていなかったけれど


膝に力を入れ直しアスファルトを力強く蹴ります


地面すれすれを転がった私の背後で、振り下ろされた大剣がアスファルトを強打する音が聞こえます


「まだ終わるわけにはいけないのです

 スノーボール!」


今度はいつものイメージと寸分もたがわずに、一瞬の遅延もなく雪玉が複数個生み出されます。




想像イメージの力は正の感情から作られます


そのため、使用者が焦りや不安を感じていたり落ち込んでいたりと


ネガティブな感情を持っていると大きくその機能は制限されてしまうのです


そのせいで大幅に性能を落としていた私の想像イメージ


今は最大限にその力を発揮しています。




無数の雪玉が飛ばされました


しかしそれらは大剣の炎に触れると瞬時に消滅します


当たった場所が熱で溶けるのではなく、触れるだけで雪玉全体が消滅する


どうやらただの炎ではないようです


だけど、そのぐらいで負けていられませんし諦める気もありません


だから次の手に出ます


「うさうさひんやり無限破っ!」


やっていた擬人化ゲームのウサギモチーフのキャラクターを真似まねて大きく叫びます


同時に私から放出された冷気が真夏の大気とぶつかり合って


一瞬にしてその視界を白く染め上げてしまいます。




実はこれ、結構効果があるんです


アニメやゲーム等のキャラクターは既にキャラクターイメージが出来上がっているので


その真似をすると言う事はより想像イメージを強固に固定化する事になるのです


だからこう言う時は恥ずかしがらずに、全力でそれっぽくやります。




さて、次の手に出ます


「スノードロップ、咲いて!」


空にかざした手の先に、いくつもの花状の雪の結晶が咲きます


それらは頭上へと舞い上がると


あられの様にルサンチマン達がいた場所へと降り注ぎます


視界が見えなくても正面からの攻撃ではあの炎に触れてしまう危険性があったので


2重に警戒しての戦術です。




カラカラと結晶がアスファルトを叩く音が鳴り響き


それから少し遅れて視界を遮っていた冷気が消えて行きます


それらが晴れた向こう側に立っていたのは、素手のルサンチマンただ1人


私は全力で駆けます


振るわれる炎をまとった2本の手をい潜り


私も同じ様に両の腕に狐火をまとわせて


渾身の力と、想いを込めてその顔面を殴り付けました。




殴り飛ばされ地面を転がり


そして菫色をした私の炎に包まれてルサンチマンが消えて行きます


「はぁ、はぁ、はぁ……。」


私は荒い息をついて、したたった汗をぬぐ


「か、勝ちました。」


部屋に戻りましょう


まだまだこれからです


次の配信こそ成功させるための諸々の準備に


仲良くなった他のバーチャルライバーの皆さんとのやりとり


さぁ、やる事は盛り沢山です。

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