3.無言の戦場を駆け抜けます


バーチャルライバーになったら何をしたいですか?


歌やゲームと言ったエンターテイメントを発信しますか


料理をしたり専門知識を解説したりと情報を発信しますか


視聴者とのコミュニケーションを活発に行いますか


あなただったら、何をしますか?




さて、私はと言いますと


この界隈にやって来たわけはうさきつね族の情報収集がメインであり


インターネット上を流れる有象無象うぞうむぞうな情報から


必要なものさえ手に入ればいいので


ある程度の人数と交流して、情報源が手に入ればいいですから


特別何かをしたいと言うのがあったわけではなかったと思います。




ただ、何もせずに待っていても同業の知り合いも増えなければ


自分の事を見てくれる視聴者さんがやって来るはずもありません


それに、せっかくバーチャルラーバイバーになったんですから


本来の目的以外にも目一杯めいっぱい楽しまないと勿体ないです。




なので、バーチャルライバーの活動としては定番ではありますが


元々ゲームをプレイする事自体は好きなので


プレイしている様子でもリアルタイムに配信してみたいと思います。




プレイするなら何をするか


何度もやった事あってやり慣れているものを解説でもしながら流してみるか


新しいものに挑んで新鮮なリアクションを流してみるか


予算的に購入するのが厳しそうなゲームや


発売元から動画配信を禁止する規約が出ているようなゲームは除外するとしても


選択肢は無数にあります。




少し悩んだ末に私が手に取ったのは


比較的低スペックのPCパソコンでもさくさく動くと評判のFPSでした


デビュー前に他のバーチャルライバーさんがプレイしてるのを見た事があって興味がありましたし


自分のPCのスペックがどれぐらいで、どの程度のゲームまでなら快適に配信出来るか


まだまだ未知数なところが多かったので


そこまで高いスペックを要求しないゲームと言うのは配信トラブル防止に良さそうだったのです。






「FPS」、ファーストパーソンシューティングの略で


簡単に説明すると、自分の一人称視点で行われる


銃等の飛び道具を用いた射撃戦をテーマとしたゲームです


一人称視点でキャラクターを自由に動かす独特の操作感に


射撃の狙いを素早く正確に付ける「エイム能力」と言われる技術


それにリアルタイムで他のプレイヤーやコンピューターの動きを読んで自分の行動を選ぶ判断力と


プレイヤーの技術が大きく出るジャンルのゲームでもあります。




私はこの手のジャンルのゲームはプレイした事がありません


それでいてプレイヤーの技術の差が出るゲームをやると言うのは


確実に目も当てられないような惨状になる気がします


ただ、そこそこ慣れた人のプレイ動画はあっても


完全初心者が1からプレイして行くような動画はあまり見ないので


他の方との差別化は図りやすいのではないかと


バーチャルライバーとしての技術と、ゲームの技術と


両方の向上を等身大で見せるには都合が良さそうだったので


ここに行き着いたのです。




早速ゲームをインストールし


流石に配信でチュートリアルまでだらだらと流してしまうとダレてしまうと思うので


それだけはこなして最低限の操作だけは覚えておきます


実際のところ、チュートリアルだけでかなりおろおろしましたし


説明部分を見ても視聴者側は面白味がないだろうから正解だったとは思います。




動作確認が終わればその他の配信に必要な準備です


画面のレイアウトに動画タイトルや概要の編集


前回の配信で基本となるデータは残っているので


今度はスムーズに準備は終わりました


ついでに前回と同じミスをしないように配信サーバーの設定だけはしっかり見直しておきます。






そうして始まりました私の初となるゲーム配信


大きくゲーム画面を映しながら、私の姿は申し訳程度に端っこに


マイクのスイッチをオンにして挨拶


続いてこのゲームがどう言うゲームなのかを簡単に説明します。




さて、このゲームは5人ずつのプレイヤーが攻撃側と守備側の2つのチームに分かれて


攻撃側は相手の拠点に爆弾を仕掛けて爆発させたら得点


守備側は爆弾を仕掛ける前に相手を全滅させるか、仕掛けられた爆弾を解除出来たら得点


これを何度か繰り返し、先に既定の得点を取った方のチームの勝利となります。




そう言った事を一通り言い終えたら早速試合場に入ります


両チーム5名ずつ、10人が揃うまでの時間が少し長く感じられ


その間に視聴者さんが1名やって来ます


挨拶のコメントを入れてくれたその方は事前に呟きを通して仲良くなっていた方で


どうやら私の初の配信に応援に来てくれたようです。




来てくれたお礼を言っている間に


参加者が揃ってついに試合開始


見ている人が1人でも、記録は後からでも見直せますし


初心者だからと言ってあまり無様な戦いは見せられません


1度意識を視聴者や配信環境から離して


ゲームのプレイに意識を向けます。






先に私の入っている方のチームが守備側になりました


爆弾を仕掛けられる拠点の位置は決まっていますので


そこを中心に、1人では相手のプレイヤーと戦うだけの技術が私にないでしょうから


他のチームメンバーと一緒に行動する事を心掛けます。




物陰に隠れながらチームメンバーの後を追い


建物の窓から広間へと飛び出して防衛用の位置取りを確保


……するつもりが何故か飛び出したはずの窓の手前に自分の視界が残っています


あれ?


見慣れない挙動に違和感を覚えながらもう1回窓から飛び出し


落下の衝撃を受けつつ今度こそ広間へ


ここから、想像してなかった不可解な事態が私に襲い掛かって来ました。




銃からナイフに持ち替えたと思ったら、銃をナイフの様な持ち方で握っていた


味方の後ろを着いて歩いていたら、2つぐらい手前の部屋に飛ばされて迷子になっていた


相手の頭に狙いを付けて銃弾を放ったと思ったら、目の前に壁があって弾痕が残っていた


等々、普通には考えられない現象が立て続けに発生し


試合に集中するどころではありません。




この時私が使用していたキャラクターは


大国の年老いたベテラン軍人と言うバックボーンを持つキャラクターでしたが


不可解な出来事の連続と、私自身の技術の無さから


ベテランの威厳もなく素人同然の動きで


時には不用意に物陰から顔を出したところを撃ち抜かれ


時には前線に辿り着く前に試合が決してしまい


思う以上に味方のサポートすらできない状態です。




単純な技術なら初心者なら足りないのは仕方がないので


ここはゲームのシステムをフルに生かす方向に考えます


このゲームには銃による直接的な攻撃の他に


キャラクター毎に設定された特殊なスキルが存在します


私の使用しているキャラクターが出来るのは


指定した位置に煙幕を展開する能力です。




これだっ、と思い煙幕を展開する位置を指定するためのコンソールを開きます


簡易のマップが表示されたそれを見てはたと気が付きました


煙幕と言う事は、これって敵の視界も奪えるけど


下手したら味方も敵の姿が見えなくなってしまって逆に混乱してしまうのではないか


……コンソールを前に私の手が止まってしまいます


肝心なところで、私は憶病にも逃げてしまったのです。




結局のところ、相手が十数得点を積み重ねて試合に敗北するまでに


1人の敵も倒す事が出来ずに、1人の味方のサポートも出来ずに終わってしまいました


そしてこの記録が動画として残り続けると言うはなはだ不本意な結果となってしまったのです。






「いやー、最初から活躍出来る


 なんて甘い事は考えてはいませんでしたが、思った以上に難しいですねー。」


ホーム画面に戻って初のFPSの試合の感想をゆっくり話します


視聴者さんは1人とは言え、反応があるかもしれないので


念のため視聴者側からのコメントも確認しておきます


「もしかして音出てないです?」


え?


慣れないゲームに集中してコメントを見逃していたのもありますが


どうやら配信ソフトの方のエラーで入力された音声が出力されていない事が発覚しました。


40分ぐらいに及ぶ配信の間、ずっと喋り続けていましたのに


音を拾っていないマイクに向けてずっと独り言を言ってただけだったようです。




ついでにこれは後日確認した事なのですが


パソコン自体のマシンスペックはこのゲームを動かすのに十二分に足りていたのですが


家のネットワーク回線が弱く、ゲームと配信で同時に通信を行うと


データ量を処理し切れない事が発覚しました。




つまり、あの数々の不可解な出来事は


回線の弱さによるラグ、自分のゲーム画面とインターネット上に送信されている情報の齟齬そごによって引き起こされていたのでした


これに関しては、家のネットワーク回線は事情により工事出来ないと聞かされていたので


配信する上では大きな足枷あしかせになりますが放置するしかないのが現状です。




致命的な難点が見つかったとは言え


デビューしてからまだ1ヵ月も経っていないのに


バーチャルライバーとして活動するのを断念すると言うのはあまりにも悲しすぎます


配信ソフト側の画質を落として配信をすることで


どうやら配信に必要なデータ量をかなり抑えることが出来るようなので


視聴者には少し不親切にはなりますが、打開策が見つかるまでこの状態で配信する事としました。






自信の技術、環境


あらゆるところにまだ問題がある事が見つかった上に


40分も独り言を続けると言う忘れてしまいたい記憶がまた1個作られましたが


とりあえずゲームを配信する事自体は可能と言う結論には辿り着きました


さぁ、ここが長いライバー生活としての第1歩です


この先に続く道がどのようになっているかは、まだ誰も知りませんでした。

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