ドラゴンが車と交尾していたので、調査することになった
ワカサト
第1話 ドラゴンが車と交尾
「もう一度言ってもらえます?」
僕はスマホを握りながら通話の相手に聞き返した。
「ですから、ドラゴンが車に・・・」
答えにくそうに事務局の男性が続ける。
「交尾をしているんです。いや。対象が車なので、交尾と言えるのかは分かりませんが。ともかくそういうことです。」
あまりのことに僕は左手に握っていた紙コップを握り締めてしまった。それで、コーヒーが床に溢れてしまった。急いで現場に行かなくてはならない。ワイシャツを来て髪の毛を整えないと、そう思ってスマホを机に置いてクローゼットへ小走りした。
職場からの連絡によれば、雄のドラゴンが自動車を破壊しているらしい。
僕の名前はジェームス。イギリス環境省の技官をやっている。専門分野はドラゴンだ。
土曜日の夜に自宅で寛いでいたところに、突然に職場から電話がかかってきた。娘のメアリーが不思議そうにこちらを見ている。
「すまない。お父さんは今からお仕事なんだ。」
僕の膝にしがみつく娘を諭しながら、ネクタイを結んで家を出た。妻も外出中なので、留守は母親に任せることにした。もう外は暗い。
車に乗って、職場へ急ぐ途中にラジオをつけた。
「BBCニュースです。ウェールズのカーディフ近郊で、絶滅したと思われていたドラゴンが発見されました。そればかりでなく、自動車を破壊するなど、人に危害を加えています。首相官邸では軍隊の出動が検討されています。」
これはどうも大事だ。ニュースの枠が地元ニュースではなく世界ニュースだ。
職場に到着すると、いつものビルといつもの事務室が騒然となっていた。みんな土曜日だというのに出勤している。
「ジェームス。専門家としてコメントを出してくれないかな。報道陣からメールが何通もきているから。」
そう報告してきたのは、同僚のジェニーだった。茶色い髪の毛を後ろにまとめてすっかり仕事モードだ。タブレット端末片手に迫ってくる。
「確かに僕はドラゴンの専門家だし、研究もしてきた。けどそれは、死んだドラゴンについてで、生きてるドラゴンはお手上げだよ。この地球上で誰も、生きたドラゴンなんて見てないんだから。」
僕は肩に背負ったリュックをおろして机に中身を並べながら答えた。
「そうね。最後にドラゴンが確認されたのは1930年代のことだったし、それも遠く飛ぶのを見たという話だった」
ジェニーがタブレットの表面をスワイプしながら、30年代の白黒ニュース映像をYoutubeで見せてくれた。僕も何度か見たことがある。昨日まで再生数が100くらいの地味な歴史映像だったはずなのに、今日は再生回数が5万に膨れ上がっている。コメント欄も炎上気味だ。
「その通りさ。ドラゴンの生息域は19世記中頃までには、ほぼなくなり、20世紀には絶滅したと考えられていた。それが今になって生きたドラゴンが市街地にやってくるなんて、僕だって理由を知りたいくらいだよ。」
僕は自分のマグカップにお湯を注ぎながら答えた。ティーバッグをお湯に放りこむ。
さっきのYoutubeの古いニュース映像の関連動画には、早速「セックスするドラゴン」の動画がサジェストされていた。スマホで撮影したと思われる手ブレ映像だ。
ジェニーが見せてくれた。3時間前にアップされたものだ。
「本当にドラゴンに見える。CGとかじゃないよな?」
映像にはドラゴンらしき生き物と自動車が写っている。場所は長屋の住宅街で、車種はNISSANの乗用車だった。ドラゴンに車はめちゃめちゃにされて、ひしゃげているのがわかる。
僕は、車の持ち主の気持ちを思うと、なんらかの保険が適応されて欲しいと願わずにいられなかった。
「別角度から撮影された動画もあるから、CGではなさそう。」
タブレット端末に右端を指差しながらジェニーが言う。動画はたくさんの目撃者によっていくつも撮影されていた。
「これをお願いできるかな」
一番ドラゴンに接近して撮影された動画をジェニーにタップしてもらった。
「は〜い! チャンネル登録お願いしま〜す!」
危険も顧みずドラゴンに接近している動画には、自撮りでドラゴンと一緒にカメラに収まるニット帽にパーカー姿の若者の姿があった。Youtuberらしい。ドラゴンとの距離は相当に近い。
僕は呆然とした。こんな危険なこと、よくできるものだ。
はしゃいで大袈裟なジェスチャーをしながら、彼はどんどんドラゴンに近づいていく。
「うわああああ」
動画の30秒目くらいから叫び声がした。ドラゴンに近づきすぎて、威嚇されたのだ。
「これは、文献にある通りのドラゴンの威嚇ポーズと鱗の煌めきが写っている貴重な動画だな。」
僕は感想をのべた。
「ジェームス。あなた、もう少し動画投稿者の心配したら?」
50秒目くらいには腕が血塗れになった投稿主が写っていた。ドラゴンに威嚇されて生きていられただけでも彼はラッキーだ。この程度で済んでよかった。
2分目くらいから、たんかに乗せられ、救急車に運ばれる彼の姿が写った。
「ドラゴンまじやばくないっすか? チャンネル登録お願いします!」
「ドラゴンより、彼の方がやばくないです?」
彼の生命力に溢れる姿に、思わずジェニーがこぼした。しかも、チャンネル登録ボタンを押している。
「本当にドラゴンが市街地にいることまでは分かったが、それ以上のことは何も言えないな・・・だいたい、なぜ車を・・・その・・・弄んでいるのかがわからない。」
現場へ行っての調査が必要なことは明らかだった。
「生きたドラゴンを調べるのは初めてだ。」
僕が研究してきたのは、ドラゴンの剥製だとか、昔のドラゴンの巣についてだった。絶滅した動物についても、調べることはたくさんある。かつてはたくさんいたのだ。
特に僕は、ヘンリー8世の時代に修道院解散が起こり、今まで修道院が管理していた土地が資本家に活用されていく中で、どのようにしてドラゴンが減っていったのかを追っていた。
「ドラゴンが車が好きなんて、聞いたこともない。なぜ車なんだろう。」
ドラゴンの生態は謎に包まれている。何しろ、まともな科学的分析が可能になる時代には既に個体数が激減して、人間の調査が困難になっていたからだ。古い時代の目撃証言には、勘違いや迷信が混じったものも多い。
僕はともかく、現場へ行くことにした。
ドラゴンが車と交尾していたので、調査することになった ワカサト @wakasatominori
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