主人公
初の商業誌での連載は、最初そこそこ軌道に乗っていたと思う。
主人公の少年が、憧れのヒロインに片想いして苦悩する様子が思春期のリアルで真に迫っていると評判だった、らしい。
ヒロインの三日月も人気が高かった。
当たり前かもしれない、モデルは昔の僕の片想いなのだから。漫画を描くしか能がなく、それすら他人にはひた隠しにしていた頃の僕。
そして三日月のモデルとなった観月さんには僕は、結局声すら掛けられなかった。
クラスすら違って、機会がなかった。
卒業式の日、彼女を一目見ようと彼女のクラスの方向ばかり見ていたけれど、姿すら見つけられなくて、本当に何も起こらなかったことに愕然とした。
そういう、運命だったのだ。
「三日月についてはね、相変わらず熱量すごい感想来てるんだけどね」
と、担当さんが感想メールを読み上げた。
そうだ、三日月……観月さんはそれだけ讃えられる価値がある。当然だ。
「ただ、ヒロキは」
担当さんは続けて僕の本名……ではなく、僕の漫画の主人公の名前を出す。
「初回から今まで、悩んでるだけ。何も行動しない。悩む描写が笑えたからそれで良かったけど、さすがにそろそろそれも限界で人気も落ちた」
僕は言葉に詰まった。
「展開、させようよ。一歩踏み出せよ」
担当さんはヒロキを応援するかのように言った。
ネームが切れなくなった。ヒロキがどう三日月に絡めばいいのか分からない。
三日月の魅力だけは沸き上がるけど、三日月にはヒロキは見えていない。
ただし、三日月は観月さんと違って、生徒会長になったから、卒業式でヒロキが一目見ることすら出来ない事態にはならないな。
皆の憧れ、完璧な生徒会長……。生徒会選挙で争ったかつてのライバルである副会長の男にも認められて、やがて副会長すら三日月に魅了されて、……。
あ。
ネームを描く鉛筆が滑って、副会長が三日月に告白した。
担当さんはネームを見て驚いたようだったが、少し悩んでOKを出した。
「意外だけど、有りだ。かなりいい引きだと思う」
告白の返事を保留にした三日月と副会長のラブコメが始まった。漫画の人気は嘘のように上がった。
ヒロキは主人公ではなく、序盤の狂言回しポジションだったということにされた。
……でも、僕の中での主人公はヒロキだった。三日月を先に好きだったのはヒロキなのだ。
三日月は卒業式の日、全校生徒の前で(元)副会長に対してようやく答えを出した。
「付き合いましょう」
凛とした表情で、言い放った。最高の三日月が描けた。
でも、それより僕を満足させたのは、驚くモブ達の中に、呆然とするヒロキの顔を描けたことだった。
ああ……。
僕の過去が満たされる。僕は、観月さんにちゃんと失恋したかったのだ。初恋を壊されて終わりたかったのだ。
もう読者の誰もそう思わないだろうけど、僕の漫画の主人公はヒロキだ。
スランプの国はいつも曇り空 詩月みれん @shituren
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