夢職人

眠る時に見る夢を芸術作品として出力出来るようになって三年、被験者から夢職人となった虹月明日香はスランプに陥っていた。

眠れない。

黒々としたコーヒーやエナジードリンクの代わりに、どこまでも白いホットミルクを赤い目で睨む。


画家として大成しなかった明日香はなけなしのキャリアを捨て、治験バイトから夢職人への道を選んだのだ。

明日香は常日頃から、脳から直接絵を出力出来ないものかと妄想していたが、

脳から絵を出力出来る時代よりも、脳から夢を出力出来る時代の方が先に来てしまった。

クライアントはゴーグルをつけ、出力された明日香の夢をじっくり眺め回す。

その姿は、脳を直接見られているような気恥ずかしさと僅かな不快感を明日香に起こした。

自分で自分の夢を見ると、酔って描いたわけの分からないイラストが動いているだけのように見える。

夢に芸術的価値を見出だせるのは他人だけだ。


大型クライアントへ納品する夢の納期が迫っている。見せる相手はこれから生まれてくるすべての新生児だという。

「"初夢"プロジェクト」といい、新生児に初めて夢を見てもらう企画だという。

成功すれば「初夢」の意味も変わることだろう。


自分が初めて見た夢は何だったか?絵描きさんになりたい?いやそれは「将来の夢」の方だ。

だが、未来の広がる新生児に見せる夢なら、将来の夢を見せてやりたい。しかし、画家の夢を途中で諦めた自分が、そんな夢を見せることが出来るのだろうか。

明日香は苦悩した。

机の上には振り子であるとか七福神の置物であるとかラベンダーであるとか、

快眠や良い夢を運ぶありとあらゆるグッズが並んでいる。


質の良い眠りを!皆のための眠りを!

明日香はついに、意識を失った。


明日香はそのまま帰らぬ人となった。香を焚きすぎたために起きた一酸化中毒死だった。

ただ、明日香の「最後の夢」はクライアントにそのまま使われることになり、結果夢職人を目指す子どもが激増したという。

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