音楽を恋人にするには
「あんたは音楽を恋人にした方がいいよ」
ずっと俺の夢を応援してきた彼女は、去り際にそう言った。
当て付けですらなくて、「あなたにはもっといい人がいるよ」の慣用句に似た呪いの言葉でしかない。
彼女は俺に一度も音楽をやめろと言ったことはない。もし彼女と音楽を天秤にかける機会があれば、迷わず音楽を捨てていた。
俺にはその覚悟があったんだ。
彼女を失った後の俺は腑抜けてしまって、しばらくギターを持つ気にもなれなかった。
それでも今日路上で弾くのは、彼女がもしかしたらふらりと現れて復縁出来やしないかという女々しくもただ純粋な気持ち……。
切ない気持ちでギターを弾いても切ない旋律にはならない。ささくれだった音色が俺の心を刺す。
「愛しているのに、君しかいないのに」
独り言のように乗せる即興歌詞は安いポエム。この歌声は、彼女にしか届いてほしくない。
嗚咽が漏れる。なあ、俺はここだよ。戻ってきてくれよ。
ギャラリーからざわめきが聞こえる。
「相変わらず下手だね」と聞き覚えのある透明な一声がそこ混じった気がしてふと顔を上げるが、そこに彼女はいなかった。
そのまま空を見上げる。遠いところへ去ってしまったと思った彼女を、今手繰り寄せることが出来たのかもそれない。
彼女の希望通り、音楽を次の恋人にして彼女を忘れることなんて出来ない。だって彼女の影は永遠に俺の前にあるから。
ギターを弾けば彼女の残り香が甦る。俺は、恋人を音楽にしているのだ。
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