第11話 喧嘩とお仕置き
僕の不満はとうとう爆発してしまった。
辛い授業をなんとかこなし、折れそうになるこころを必死に励ましながら今まで頑張ってきたのに、その僕の心のよりどころを、なぜ理不尽にも奪うのかと思った。
僕はここに来て初めて主上に面会のお伺いを立てた。
主上は夕食後に私室にくるよう返事を寄越した。
夜になり、僕は二度目となる彼の私室へと入った。
部屋の奥に鎮座する大きな飴色の重厚な円卓の向こうに疲れた顔の主上が腰かけていた。その顔には疲労以外の何の感情も読み取れなかった。
僕は卓の上の書類の多さに驚いて、少し気後れしてしまった。仕事を中断して、僕のために時間を割いてくれたことが分かったからだ。けれど、自分を奮い立たせて、面会の求めに応じてくれたことに対する謝意と、足を運んだ理由とを話した。
なぜ暁明先生の任を解いたのかと。
そんなことを聞いてどうすると問われ、僕は瞬間頭に血が上るのを感じた。
そこから僕は一気に怒りを爆発させて、自分の考えをまくしたてた。
主上はそれを黙って聞いていた。
その無表情に、僕は自分の怒りも悲しみも伝わらないのかと思うと、さらに苛立ちが募った。
そうして僕は自分の気持ちを全て吐露し、最後に暁明先生を復職させてくださいと頼んだ。
主上はじっと僕を見つめてから言った。聞いたことのない冷たい声だった。
「言いたいことはそれだけか?」
僕はその恐ろしさに、一瞬にして冷水を浴びせかけられたようになって口を噤んだ。
「お前は何か勘違いをしているのではないか?お前がなぜここにいるのか、なぜこのような待遇をうけているのか理解しているのか?」
僕ははっとして息をのんだ。自分の立場を思い出した。だけど。
「僕は好きでここにいるんじゃありません。無理やりここにいるように言い渡されたのです。僕は最初にいいました。帰してくださいと。けれど、それができないと言われ、仕方なくここに残ったのです。私はあなたにそんなことをしてくれと頼んだことはありません!」
主上の無表情の仮面が剥がれ落ちるのがわかった。
一気にいらだちを爆発させ、怒気故に彼の頬に赤みがさした。
「私が!私がお前のためにどれほどのことをしたと思っている!これ以上の待遇を受けられるものなど他にはいないのだぞ!こちらが譲歩してやれば付け上がりおって。お前の命など私の掌の上なのだぞ。それを理解してから物を申せ!子供と思って容赦していたが、もうこれまでだ。自分の立場というものを思い出させてやろう!」
そういって椅子を後ろに倒しながら立ち上がると、こちらの大股で歩み寄ってきた。僕は恐怖に足がすくんで動けなかった。まるで蛇ににらまれた蛙のようにただ震えているしかなかった。
主上は僕の腕を乱暴につかむと、引き摺るようにして隣の部屋を音を立てて開け放って進んでいった。
僕は何をされるのかとただただ恐怖にすくむしかなかった。
主上は荷物のように乱暴に僕を寝台に投げ込んだ。今までこんな風に扱われたことがなく、彼の怒りが本物であるとはっきりと理解した。
僕はただ自分の体を抱き寄せて震えていることしかできなかった。
「そんなに自分勝手な振る舞いをするなら、私も勝手にさせてもらおう。お前の仕事がなんなのかを思い出させてやる。」
そういって主上は軽々と僕の両手を片手で拘束し寝台に縫い付けた。覆いかぶさるようにのしかかり、乱暴に口づけをされる。僕が抵抗しようと身をよじると身動きが取れないように自分の太腿で体重をかけてきた。唇が音を立てて強く吸われる。息が苦しい。
主上は僕の服を脱がせるのももどかしいというように、乱暴に力をいれる。音をたてて絹の生地が裂けるのを聞いた。
そうしてあっというまに僕は裸に剥かれる。肌が夜気にさらされて泡立つ。彼は僕の薄い胸を何度もなでた。そのまま手のひらが下へとおりていく。太腿を掴まれ。無理やり股を広げられると、その間に大きな体が割り込んできた。
口づけはいまだ続いていて、角度を変えて繰り返された。
気付くと主上もまた裸になっていた。
両足が軽々と抱えあげられた。乱暴に指先が侵入してくる。僕は痛みに声を上げたけれど、それは主上の口に吸い込まれて消えた。
僕はただ乱暴な扱いに耐えることしかできなかった。
僕は無理やり体を貫かれた。
僕はただ暴力のような動きが収まるのを、痛みをこらえながら待つことしかできなかった。
翌朝目を覚ますと、主上が服を着こんでベッドに腰かけていた。
僕が目を覚ますのを見ると、主上は侠舜を呼び、僕を彼に任せると部屋を出ていった。
僕は自室へ連れ戻され、その日体調を崩したことになった。昨日無理やり開かれた箇所が痛んで動けなかった。寝込むほどではないと言ったのだが、大事をとるようにと侠舜に言われて大人しく従った。
彼は何かいいたそうな顔をしていたが、結局何も言わないし何も聞かなかった。
それから数日授業はお休みになった。主上は顔を見せなかった。
僕はその数日の間、主上の態度について考えていた。そういえば僕は自分の気持ちや考えばかりにかまけて、主上の気持ちというのを考えたことが無かったなと思った。
それから痛みが引いて、日常生活に問題がなくなったころ、侠舜が僕に話しかけてきた。
「主上のこと嫌いになられましたか?」
それは幼い子供を見るような目だった。実際僕は子供だけれど、そんな顔をされたのはもう久しくないことだ。
「いえ。」
「良かった。主上がどうしてあんな行動をされたのか、ここ数日の間で考えてみましたか?」
「僕が主上の気持ちを理解しようとしなかったからですか?」
「そうですね。あなたは見かけはすっかり大人なのに、年齢はさておき中身は本当に幼くていらっしゃるから、主上もあなたがゆっくり大人になるのを見守っていらっしゃいました。だからこその、これまでの待遇だったのです。」
「なんとなくわかります。本来なら僕のような人間がお側にいることすら叶わないでしょうから。」
「ええ。それにあなたはずっと授業の愚痴を言っていましたが、あの勉強もあなたのためでした。あなたが困らないようにという配慮だったのです。結果としてあなたの負担にしかなっていないのは私も主上も知っていました。実はあなたの不満は全て主上に私が伝えていました。」
「そうなんですか?」
「ええ。主上はとても心配されていました。あなたの心が折れるのではないかと、そればかり気にされて、仕事が手につかなかったのです。もう最近では仕事が山積みでした。」
あの時の机の上の書類の山を思い出した。胸が痛んだ。
「無理をおしてあなたに会いに行っていました。自分が声をかけると逆に負担にしかならないからと、多くを語らなかったはずです。ただ、あなたの気持ちが休まればとああして時々あなたを抱いていたんです。まぁ逆効果だったとは思いますが。それに本当は、会話ができなかった分、あなたに触れていたかっただけだと思いますけどね。」
そういえば主上は僕の勉強については何もいわなかったことを思い出した。ああして膝の上にのせて抱きしめていたのは僕のためだったのか……。そう思うと、申し訳ない気持ちと、なぜだか嬉しいような気持ちが湧いてきた。
「主上はあなたをとても大事にしていました。」
僕は頷いた。今までの主上の行動の意味がやっとわかった。なぜ気付かなかったのだろうと思ったけれど、見ていなかっただけなのだとはっきり理解した。
あれほど優しくされていたのに、僕は不満しか感じていなかった。泣きたくなってきた。
「そうやって大事にしてきたのに、横から知らない男にあなたを掻っ攫われそうになったら、それは怒りますよ。あなたの気持ちが少しずつ自分に向くように仕向けて、計画的に自分の手に落ちるように行動してきたのに、どこの馬の骨ともわからない若造のほうをあなたは好いている。嫉妬して当然でしょう?」
あの苛立たしそうな顔はそういうことだったのかと合点がいった。すると急に気恥しくなって、顔に血が上るのを感じた。嫉妬されたことがたまらなくうれしい気がした。
「何も言わないつもりでしたが、今回だけは言わせてください。もう少し主上のことを見てあげてください。あんなに頑張ってあなたを振り向かせようとしているのに、報われないのは家臣としてあまりに不憫です。」
僕はゆっくりと頷いた。
「主上のことは嫌いですか?」
僕は首を横に振る。
「嫌いだとは思っていません。ただ、好きかと聞かれると困ってしまうんです。だから余計に申し訳ないと思ってしまうんです。」
「そうでしょうね。主上に好きだと思われるのは嫌ですか?」
「いえ、嫌だと思ったことはありません。」
小さいため息が聞こえた。
「私はあれほどの主上の怒りはついぞ見たことがありません。きっとあなただからあぁなのです。」
僕はさらに顔が赤くなるのを感じた。
「あながち脈がないとも言えないのが悩ましいところです。」
僕の様子を見て、そう言うと侠舜が困ったように笑った。
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