第14話

 翌日の朝、僕はギルドの中で手頃な依頼書を眺めながらシャルさんを待っていた。


 でもこれがまた、文字が読めるようになったから見ているだけでも面白い。

 こんなにも知らない依頼があるなんて驚きとともにうれしさが湧き上がる。


 ――これは解毒草の採取か過去……え! これ薬草より報酬が高いよ……なんで? ああ、採取場所に問題があるんだね……


「よっ! ルシール」


 依頼書に夢中になっていると背後から誰が僕を呼ぶ。


 ――ん?


 振り返って見ると、見たことあるが話したことのない壮年の冒険者が右手を上げている。僕も釣られて右手を上げた。


「お前も戦えるようになってたんだな」


「あ、はい……?」


「ははは、まあ頑張れよ荷物持ち」


「?」


 そう言って壮年の冒険者は、適当な依頼書をピッと依頼板から剥がしてカウンターに持って行った。


 ――荷物持ち?


 今日は朝からずっとこんな調子だ。僕はまた首を傾げる。


 でも、こうやって他の冒険者たちから声をかけてもらえていること事態、昨日までの僕からすればとても信じられない出来事なんだよね。


 ようやく僕もみなから冒険者だと認めてもらえたってことだろうか……


 ――ふふふ。


 僕は少しうれしくなった。でもそれから同じように声をかけられ続けた僕はようやく気づく。


 僕がシャルさんの荷物持ちだと思われていることに。


 ――なぜだ。


 僕がない頭を働かせていると、


「ルシール待たせちゃった? ごめんね」


 シャルさんが僕に声をかけてくれた。いつも不思議に思うけど、シャルさんがギルドに入ってくるだけで雰囲気がパッと明るくなる気がするんだ。


 いい香りだってする。たぶんそう思っているのは僕だけじゃないはず。現に男性だけじゃなく女性の冒険者の視線までもがシャルさんに釘付けになっている。


 まあ、それを気にするシャルさんじゃないのでそんな視線をモノともせず、僕の方にシャルさんが向かってくるんだけど。


「大丈夫です。依頼書を見てましたから。僕、依頼書見てるだけでも楽しいから」


「ふーんそうなの。それで何かいい依頼書でも見つかったの?」


「ありましたよ、これなんか「私も行きたい」」


 ――?


 誰かが僕とシャルさんとの会話に割り込んできた。

 僕は突然のそんな声に驚き、反射的に振り返る。


「えっと、フレイ?」


 そこには淡い色の法衣を着て、右手には青い魔石の付いたワンドを大事そうに抱えるように持つ美少女のフレイがいた。


「ん」


 フレイはいつでも冒険に出れるぞと、いった様子でそのワンドを少し上げる。


「あら、フレイさんじゃないの」


「あ、シャルロッテさんどうも、です。私のことはフレイでいい、です」


「そう? 分かったわ。それで、フレイは何か用事かの?」


 少し顔を赤らめたフレイ。どこか照れているように見える。そんなフレイが一度コクりと頷いてから口を開いた。


「私もついてく、ます。約束したし、しましたから」


「えっ。アレスたちとは?」


 僕が二人の会話に割って入ると、シャルさんへの態度と違って、フレイは僕をキッと睨んでくる。なんで睨むんだよ。


「誰かさんのせいで、今日、ラインは荒れてる。依頼どころではないから解散した。マリアはアレスに付いてどっか行った」


「え! そうなんだ。なんかごめん」


「腹が立つけど自業自得。でも時間が余るのは困る。そんな時ルシールを見つけた。昨日約束してたからちょうどいいと思った」


「そうなの……そうねぇ」


 そんなフレイに、シャルさんは少し考えただけで「じゃあ、いいわ」とあっさりと答えた。


 ――ええっ……


 僕が呆けている間にも話がどんどん進んでいく。


「ところでフレイのレベルはいくつなのかしら?」


「私ほレベル10、水魔法、風魔法が使える。ます」


「へぇ、もう2つの属性魔法が使えるのね」


「水魔法はやっとレベル2になった」


「すごいじゃないの。レベル10で魔法レベル2は誰でもできることじゃないわよ。フレイは頑張ってるのね」


「ん」


 シャルさんがフレイのことを褒めると、フレイはすこし俯いた。どうやら照れているらしい、少し顔が赤くなっている。ように見えるからたぶんそうだろう。


 ――でも、やっぱりフレイの魔法はすごいんだ……僕の一つ歳下なのに。魔法か……


「毎日魔法書読んでる。でも風魔法はまだレベル1のまま」


 ――魔法書? そっか僕が読んで覚えたのは生活魔法だったっけ……

 魔法の書を読んだら僕も使えるようになるのかな?


 そんなことを考えていたから、口からポロリと僕の考えていたことが漏れる。


「僕も魔法の書を読んでみたい……」


 嬉しそうに見えるフレイの話を聞いていると、考えていたことがぽろりと口から漏れていた。


「ルシールも魔法を使いたいの? でも魔法は、魔法書を読んでも適性がないと使えないわよ」


「がっかりするかもしれないわよ」とシャルさんは言いつつも、何やら口元に笑みを浮かべている。

 そんな時のシャルさんは良からぬことを考えてそうで少し怖い。けど。


「はい。でももう生活魔法は全部覚えて使えるようになりましたし……次の魔法も使いたいなって」


「あら、そうだったかしら?」


「はい。パチンッ!」


 僕はシャルさんに使えるようになったことを見てもらいたくて、できるかぎり大きな炎を出した。すると拳大の炎が現れた。


 ――あっ。


 炎を出してすぐに気づく。ここがギルド内だったということに。ギルド内では魔法の使用が禁止されている。


 ――これはやばい。


 慌ててすぐに炎を消してはみたが、ギルドの職員に見られていた。ギルド職員が僕を睨んでいる。でもそれだけだった。たぶん冒険者ランクの高いシャルさんが側にいたからだろけど、僕はその職員に向かって軽く頭を下げて心の中で謝った。


「そうね。なかなか魔力をうまく扱えるようになってるわね」


「本当ですか。じゃあ僕でも魔法剣士になれますかね」


 思わず口にしてしまったけど、昔読んだ物語の英雄も魔法剣士だったんだ。

 だから僕が密かに魔法剣士になりたいと思っている。


「ルシール。生活魔法は誰でも使えるから」


 そんな僕にフレイが呆れた顔を向けてくる。そりゃあフレイの魔法は噂されるぐらいだからうまいのだろうけど、実際、シャルさんに褒められていたし、でも僕だって少くらい使えるようになりたいのだ。英雄ルシールクスのように。


「べ、別にいいだろ。生活魔法だって魔法に変わりないし」


「ふっ」


フレイが鼻で笑ってそっぽを向く。


 ――くぅぅ腹が立つ、だからフレイのことは苦手なんだよ。


 でもそんな時だった、


「うーん。でもルシールならなれるかもしれないわね。

 基本の生活魔法は使えるようになったわけだし、後は魔法を補助するスキルさえ身につけていけば、ねぇ」


 シャルさんが僕を見てそう言ってくれたのだ。かなりうれしい。


 でも後になってよく考えてみると、スキルショップのことを考えてそう言ってくれたのだろう。

 でもその時の僕はとてもうれしかったのだ。だからついつい調子に乗って、


「よーし。僕も、魔法書を買……ぅ」


 そう言ったところでシャルへの莫大な借金のことを思い出して言葉に詰まるも、ほら、魔法書を買う前に借金を返しなさいってね。


 シャルさんが先ほど言った適性という言葉をどうにか絞り出した。ほら、話題を変えないと僕が気まずいから。


「ぁ……と、その前にシャルさん。どうやったら適性があるって分かるんですか?」


「ん、そうね……魔法書を読むことかな」


「はい?」


 ――どの適性があるか判断するのに魔法書を読む? 


 どうしよう。シャルさんの言っていることが分からない。


「その顔は、はぁ……信じてないわね。いぃい。適性がある魔法の魔法書は読みやすく感じるのよ。逆に読みにくいと感じた魔法書は適性が低くて、読みたくないと感じた魔法書は適正がないと判断した方がいいわね。

 適正が低いとレベルも上がりにくいのよ」


「あはは、……そういうことですか。よく分かりました」


「でもいいわ。私の魔法書を貸してあげる。けどレベル2までの初級の魔法書よ」


「えっ! シャルさんが僕に。ありがとうございます」


「いいわよ。ちゃんと全部読みなさいよ。そうしたらどの属性が自分に合っているのも分かるから」


「はい!」


 僕は、シャルさんから全属性の初級魔法書を受け取るとアイテムバッグスキルに収納した。失くしたら大変だしね。


「ルシール羨ましい、私全部買った、でもすぐ使えたのは水と風……ぇ!?」


 ちょうど僕が魔法書を収納するところを見ていたフレイが小さく声を上げ驚いた表情をした。ように見えた。


 逆にシャルさんは声を出さず僕を見て……


 ――バ、カ……え?


 僕は意味が分からず首を捻っているとフレイが僕の袖をちょいちょいと引っ張ってくる。


「ルシール、今の、何? どうして? ルシールはアイテムバッグを持ってる?」


「……」


「アイテムバッグスキルはいい。あれば運搬依頼が楽にできる、楽ちん」


 ――なるほど……


「でもアイテムバッグスキルは固有スキル、もって生まれた才能、後天的には取得できない、はず。と聞いた。この王都でも数人しか持ってない」


 ――なんと!


 そんな事実知らない。ちらりとシャルさんを見れば顔を背けられた。


 ――う、うう……


「あはは、そ、そうなんだ〜」


 僕はとりあえず頭を掻きつつ笑って誤魔化すことにした。けどフレイは僕を見ていない。それどころか、さらに僕の袖を引きギルド内のある一角に向けて指を指す。


「ん、ルシール持ってる信じられないけど、見て」

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