第13話
「危なかったぜ。ルシールはルシールだ。俺に勝てるワケないんだ。いや、勝ったらいけないだろ、がっ!!」
にやけた顔のラインはそんなことを言いつも、片膝をついて動けない僕に向かって蹴りを放つ。
ラインの蹴りは僕の脇腹を狙っていた。
「ぐはっ!!」
「まぐれ当たりでいい気になるな、よっ!」
その蹴りは一度ではなかった。倒れまいと踏ん張る僕の腕や背中……
「あははっ。しつこいっんだ、よっ」
そして顔面にまで飛んでくる。
「がっう、うう」
――ぐぅ……意識が朦朧とする。身体も動かない。くそっ……
軽率な行動で立場が逆転したことを悔やみつつも、僕はすぐに治療スキルを意識して使った。
だけど、スキルレベルが低いためか、はたまた骨折が思ったり酷いためか分からないが、思った以上に治りが遅く時間がかかる。
――こ、こうなったら…… せめて立てるようになるくらいまで、時間を稼がないと……
「不意打ちでしか僕に当てられなかった癖に、何が期待の新人だよ。笑わせるなっ」
一か八かだった。ラインのプライドを刺激して、一時的でもラインの攻撃の手をやめさせようと思った。
「くっ、違う。俺はてかげん、そうだ手加減をしてやったんだよ。すぐに終わったら面白くないだろう」
運がいいことに、僕の言葉に動揺をみせるライン。一時的だが攻撃の手がやんだ。
少なからず僕にたいして不意打ちをしたという意識があったのだ。僕はこの機会を利用しようと思った。
「じゃあ、すぐに立つからもう少し待ってよ」
――頼む……
だが、そこでラインが不敵に笑う。
「いや、もう充分だ。それにこれ以上の手加減はみんなが心配する。
逆に早くみんなに手加減していたから時間がかかったのだと、教えてあげないと俺の評価が下がるんだよ、もうお前は終わり。あ、き、ら、め、ろっ」
笑みを浮かべたラインが剣の間合いまで下がると、手に持つ木剣をゆっくりと振り上げた。
「くそぉ!!」
――こ、ここまでなのか。剣筋は見えてるのに、見えてるのに、負けたくない……
――負けたくない……
『……』
――パーティー解散なんて嫌だっ。
『……ぅ』
――絶対にイヤだ……っ!?
それがなぜなのか、僕には理解できなかったけど、ペンダントになってるボックリくんが突然、光った気がした。
ほんの一瞬のことで見間違いかとも思った。けど……
【ルシールのスキル効果がUPした】
そんな声が頭の中に響き、僕の身体が、治療スキルの効果が促進され、すごい速さで回復していくのが分かった。
――これは!?
僕は木剣を握る右手にぐっと力を入れた。本当にぎりぎりだった。
ラインら振り上げた木剣を勝利宣言のように掲げたまま、野次馬に向かって手を振っていなかったら間に合っていなかっただろう。
「くたばれ!」
ラインはその視線を僕に向けると同時に木剣を力一杯振り下ろしてきた。
「ぬぁぁ!」
――ぐっ、痛!!
完治までは時間が足りてなかったのか、動けば痛む身体をなんとか必死に動かし、僕はラインの振り下ろした剣筋から紙一重で躱した。
それは前に転がる様で見かけとしては無様な避け方だった。
けど、まさか動けると思ってなかったラインはスキだらけ。
「僕は負けないっ!!」
僕は避けて転がった勢いを利用し中腰の姿勢のまま身体を半回転させた。
「負けたくないんだっ!」
油断してスキだらけになっていたラインの鳩尾に僕の木剣を思いっきり叩き付けた。
「ぐはっ!!」
そこは狙ったわけじゃないけど同じ場所、鳩尾に叩きつけた木剣がラインのあばら骨を何本かへし折っていた。
たしかな手応えがあったから間違いない。ラインは堪らず顔を歪めつつ身体をくの字にしたまま耐えようとしている。
――くそっまだだっ!
「このぉ!!」
僕は、鳩尾に叩きつけていた木剣を振り抜き、今度は真上へと振り上げた。
それは倒れそうで倒れないラインの顎に向かって。
「ぐぇっ!」
ラインの顔が弾かれるように後ろに流れる。
ラインはカエルが潰されたような声を上げると、さすがに立っていることができず、腹部押さえたまま白目を向いて倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
――今度こそ、やった、か……
しばらく警戒し様子を見ていたけどラインが立ち上がることはなかった。
「ふぅ……」
すぐに足音が聞こえてきた。ギルド職員が駆けつけて来たのだろう。
「そこまでだ!」
僕は木剣を身体の支えにしてギルド職員を待った。
「この勝負ルシール君の勝ちだ」
ギルド職員が僕の右手を持って上に掲げる。
「や、やった……」
――勝った……今度こそ僕は勝ったんだ……
「あれ?」
いつからだろうあれほど騒がしかった会場が静まりかえっていた。
僕はおかしいと思い辺りを見渡せば、青ざめた顔をした人が沢山いる。頭を抱えている人もいる。
――何でだ? ああ。あれか、賭け事かな? あ、でも僕に賭けた人なんていないだろうから賭け事として成立していないはずじゃ……
そんなどうでもいいことに頭を巡らせていると、
「ルシール!」
僕を呼ぶ声があった。視線を向けるとそこにはシャルさんがいる。笑顔のシャルさんは僕に向け両手を振っている。
見るからに僕が勝ったことを喜んでくれている。ちょっと嬉しくなった。
――――
――
静かさで異様な雰囲気の中シャルさんの下まで駆け寄った僕を笑顔のシャルさんが拍手で迎えてくれた。
「まずはルシール、よくやったわね。おめでとう」
嬉しい。でもこの勝負はシャルさんのお陰でもある。
「シャルさん、ありがとうございます見切りスキルのお陰です、それとボックリくんも」
「ボックリくん?」
「はい、シャルさんですよね?」
「ごめんルシール、よく分からないわ」
「へっ?」
「そんな事よりも途中、油断したでしょう。決闘に集中してないなんて、ひっぱたこうかと思たわよ。
でも……無事でよかったわ。油断さえしなければ戦い方も上手くなっていたわよ」
その後もシャルさんの長い長い説教がつづいたが、ただ一人僕が勝つとは信じてくれていたシャルさんの気持ちが嬉しくてたまらない。
これでまた僕はシャルさんとパーティー活動が続けれるのだ。
――よかった。
ラインの方もパーティーメンバーのマリアに回復魔法をかけてもらって無事に回復したらひいけど、大事をとってギルドのベッドでしばらくは横になるみたいだ。
項垂れているラインをアレスが背負って行くのを見かけた。
僕? 僕は治療スキルで完全復活。
フレイはこちらが気になりチラチラ見ていたようだけど、シャルさんがまた連絡すると優しく声をかけていた。
フレイもシャルさんに声を掛けてもらい喜んでいるようにも見えたが、表情が乏しいフレイの表情は分からないや。
ぼーっとシャルさんとフレイのやりとりを眺めていると突然、
【チリン、チリン】
頭の中に気持ちがいい鈴の音が響いてきた。
――?
更に、
【カウンタースキルの経験を積んだので割引があるよ】
そんな声まで響いてくる。先ほどの鈴の音はスキルショップから連絡だったらしい。
こんなこと初めてだけど、さすがレジェンドスキルはすごい。
――あれ? でも僕はいつカウンターの経験値を……もしかしてさっきの戦い方がカウンター?
そんな事を考えていると、
「ルシール? 何ぼーっとしているの、行くわよ」
フレイとの会話を終えたシャルさんから呼びかけられる。呼びかけてサッサと歩き出すシャルさんの態度はいつものこと。僕はすぐシャルさんを追った。
「あっ、待って下さい」
でも不思議なことも起こった。それは会場を出るときだ。野次馬たちがなぜか羨ましそうにシャルさんを見ているのだ。
――なんで?
「ルシールはここでちょっと待ってて」
「は、はい」
そう言ってシャルさんは僕から離れていったけど――
――あれ、あそこって……
ホクホク顔のシャルさんは、賭け金元締めのところで立ち止まり何かを受け取っていた。
「シャルロッテさんの一人勝ちかよ。今度奢ってくれよ」と言う元締めの声が聞こえてきたけど、きっと気のせいだよね?
その日はニコニコ笑顔のシャルさんが夕食を奢ってくれた。おいしかった。
こうして無事シャルさんのパーティーメンバーとしてギルド公認となった僕だけど、何故か、みんなからはシャルロッテさんの身の回りを世話する従者だの下僕だの思われている。
――何で……?
――――
――
パーティー経験の無いルシールは、すでにシャルロッテの見事な手腕で従者への階段を登っていた。
料理や洗濯スキルを取得させられた時点で気付きそうなものだが、その時点で気づけなくて、ソロ経験しかないルシールが、そのことに気付くことはないのかもしれない。
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