第12話

「はじめっ!!」


 ギルド職員の合図と共にラインが真っ直ぐ突っ込んできた。


 ――おわっ!! 速いっ!!


 ラインは間合いに入るなり木剣を力任せに大きく振り下ろしてくる。


 その剣撃は鋭く風切音が聞こえてくる。


 さすが期待の新人の一人と言われているだけあると思うけど……


――あれ?


 あまりにも単調すぎてこれがラインの攻撃スタイルなのだろうかと疑ってしまう。


 と、言うのも僕にはこの剣筋がはっきりと見えている。

 だから僕はその剣筋から身体を少し反らすだけで……


 ――よっと。


 それを難なく躱した。


「なっ!?」


 驚くライン。僕も驚いていた。でも、その手を止めることはせず、大振りながらも流れるように振り下ろしてから切り上げてみせると、その勢いを利用して身体を半回転させる。

 すると遅れて繰り出された木剣が勢いよく迫ってくるが……


 ――ふふふ、見える。見えるぞ。ラインの剣筋が、見切りスキルってすごいっ。


 面白いようにその全てを躱せてしまうのだ。


「おっ、お前……本当にルシールか!?」


 よほど信じられなかったのだろう。一度距離を取ったラインが木剣を構えたまま僕にそんなことを言った。


「そうだけど。何を言ってる?」


 ラインの呆けているその顔が面白くて思わず笑みが溢れる。


「なっ、笑いやがったなてぇめぇ! 調子に乗るなぁっ」


 勝手に怒り出したラインがまた突っ込んでくる。よほど自信があるのか、またしてもラインは木剣を大きく振り上げた。


「よっ」


 僕はそれを同じように難なく躱す。


 ――凄いぞ見切りと回避スキルのコンビは……


「このっ、このっ、このおっ! なんでだ、なんで当たらねぇ!」


 ラインの攻め方は単調だった。力任せに木剣を振り回すだけ。鋭く勢いはあるが、避けてしまえば問題ないことに気づいた僕は、ラインの大振りをことごとく回避していった。


 ――あれ?


 気付けばラインの足が止まっていた。肩が上下に揺れているのことから息が上がっている。


 ――なら、今度はこっちの番だ。


 少し自信のついた僕は足の止まったラインに向かって駆けた。


 ――――

 ――


 一方、外野でも驚いている者たちがいた。


 それはラインのパーティーメンバーであるアレスたちだ。


 いつもラインの剣に助けられ、その剣撃の

凄さを間近で見ている。この辺りの魔物など気づかれたとしても逃げ出す前に一撃で斬り伏せてしまうほどの鋭さがあったはずなのに。


「どいういうことだ」


 アレスは呟く。すぐに決着がつくだろうと高を括っていたのだ。

 だがラインの様子がどうもおかしい。


「調子がおかしいのか?」


 手加減をしているようにも見えない。アレスたちは互いに顔を見合わせ首を捻っていた。



 一方、ルシール側で一人樽に腰掛け観戦しているシャルロッテは、満足気な表情でルシールを見守っていた。


「当然でしょうね。スキルのレベル2って本来ならは個人のレベルが20までに上げれれば優秀なレベルだもの。

 ましてや見切りや回避スキルだって狙ったとしても簡単に身につけれるスキルじゃないのよ」


 舞うようにラインの剣を躱していくルシールを見てシャルロッテは大きく頷く。


「ふふ、ルシールの個人レベルは5だけど、見切りと回避はレベルすでに2なのよ。

 たかだかレベル10ていど君の攻撃なんて当たるはずないのよ。

 あら、今度はルシールから仕掛けるのね。うん。悪くないタイミングだわね……ルシールの剣術もなかなか様になってきたじゃないの……

 でもまだまだ問題もあるのよね。頑張りなさいよルシール」


 ――――

 ――


 僕は足の止まったラインに向かって駆け出し距離を詰めると、腰を低くして木剣を左から右に払った。


「はあぁぁあ!!」


 肩で息をしていたラインはうれしいことに反応が遅い。


「ぐっ」


 ――あっ。


 上手くスキを付けたと思ったけど、ラインは咄嗟に身体を捻り右腕で身体を庇った。


 ――上手くやれたと思ったんだけど……


 ラインの右腕にアザが薄く浮かび上がるが、それほどダメージを与えていないような気がして僕はすぐに、後方に軽く飛び距離をとった。


「ルシール、てめぇ!」


 距離を取ったことでやはりラインにそれほどダメージを与えていないことに気づく。


 ――力が足りないのか? ならば。


 もう一度攻めるしかないと思い、僕は先ほどと同じくアザのできた右腕の方から木剣を叩きつけてみる。


「たぁぁぁ!!」


 カンッ!!


 スキをついたわけじゃなかったので僕の木剣は、構えていたラインの木剣で簡単に受け止められてしまった。


「あっ」


 いつも考えて攻撃しなさいと、シャルさんに言われていたのに、気が焦って単調な攻撃をしてしまったようだ。


「なめるな。ルシールの分際でぇ!!」


 すごい形相のライン。ラインの右腕はアザができて少し腫れている。それなのにその右腕を使って木剣を振ってきた。


「おわっ!!」


 その剣筋はまだまだ鋭く、僕の当てた攻撃が効いているようには思えない。


 ――我慢してる? もしかして、これがレベル差なの? 分からない。


 僕はラインから少し距離を取りながら考えてみる。もちろん視線をラインから離すことはない。


 ――貫通スキルでも使ってみる?


 ふと僕の木剣がラインの身体を貫くイメージが湧いた。僕はすぐに首を振った。


 ――いやいや。これはダメ、恐くて使えない。


「そこを動くなよルシールっ」


 あれこれ考えがまとまらず頭を悩ましているうにち、ラインが僕との距離を詰めていえ、気づけばすぐ目の前。ラインが目の前で木剣を振り上げている。


 ――うわっ……とと。


 慌てて見えた剣筋から身体を逸らすと、そのすぐ側をラインの木剣が通り過ぎる。


「ちっ、避けるなっ」


 僕が避けたことで、ラインの身体が流れている。考えていても始まらないと思い僕はガラ空きになっていたラインの脇腹へと木剣を振る。


「このっ」


だがしかし、


「遅えよ」


 カン!! 純粋なレベル差というものは埋められるものでもなく、僕の木剣は簡単に受け止められた。


 ――くっ、今のがダメだなんて。


 その後は、警戒されたらしくラインは大振りすることなく細かく刻んでくる。


 見切りスキルと回避スキルのおかげでラインの木剣は避けているけど、そんな僕の木剣も簡単に防がれてしまう。


「こ、こいつ!!」


「くっ」


「このっ、このっ」


「うわっ」


 しばらくは、ラインの振る木剣は空を切り、僕の木剣は受け止めらる。そんな状態がつづいたが、


「ちょろちょろ逃げるな、卑怯者め!!」


「そんなこと言っても、当たったら痛いし」


いい加減痺れを切らしたラインが再び怒りを露わにした。


「ぐぬぬぬ!! いい加減あたれよっ! くそルシールっ」


 頭に血がのぼったらしいラインの剣撃は、荒くなり打ち始めた時と同じ力任せで振り下ろす単調なものへとなっていた。


 ――ん? これは……


 その見切りスキルで見せてくれる剣筋はくっきりはっきりとした太い剣筋だった。


 躱しててずっと思っていたことがある。剣筋は見えている。それを躱しながら攻撃したらどうなるのかと。ラインは攻撃している状態だから防ぐことなんてできないんじゃないだろうかと。


――よしっ。いまだ!!


 僕はラインの振るう太い剣筋に木剣を合わせ、木剣で受けとめると見せかけつつ、一歩前に踏み出し躱すと同時に身体を捻って木剣を振り払った。


「たあぁぁ!」


 攻撃に全力だったラインの身体は流れていた。僕の振り上げた木剣はラインのガラ空きになった鳩尾に吸い込まれる。


バキッ!

「ぐぅっ」


 ライン自身の勢いもあって手に握る僕の木剣に、今までにない確かな手応えがあった。


 そう、僕は知らないうちにカウンター攻撃をやっていたのだ。


 ラインの攻撃の勢いを逆に利用した形になった僕の攻撃。先ほどよりも遥かに強力な一撃。そんな一撃をラインに叩きつけたのだ。


「がはっ!!」


 それをまともに受けたラインは、身体をくの字に曲げそのまま前のめりに倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ――やった、のか?


 しばらくラインを見ているけど、ラインの身体はピクリとも動かない。


「ははは……」


 ――やった、僕がラインを……倒した。


「や、やりましたよシャルさーん」


 嬉しさのあまり木剣を掲げた僕はシャルさんの方に振り向いてそう叫んでいた。


――?


 けど、僕を見ているシャルさんの顔は優れない、それどころか何か言っているような……叫んでいるような……


 ――……ん、ま、え、を、む、け?


「前をっ!? がっ!」


 前を向いたと同時に鳩尾とアバラに激痛が走った。


 バキバキッ!! っとあばらの骨が折れる嫌な音が聞こえた。


「い、いつつ……くっ、はぁ、はぁ……」


 僕は堪らず片膝を付いく。


「くくく」


 誰かの笑い声に僕が顔を見上げると木剣の剣先を僕に向け、にやりと口角を上げたラインの顔があった。

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