第11話

 ギルドの裏にある決闘場は、冒険者たちが訓練を受ける場としても利用されている。と言ってもただの空き地なんだけど、その空き地はロープで囲まれているけど、僕とラインが全力で動いても全く問題ないくらいかなり広い。


 当然ながら、そんな何もない空き地の決闘場には、小石やら小枝やら、それに雑草に小さな木々も生えている。


 ギルド職員の話によると、より実戦に近い状況を想定してのことらしいけど、ただ手入れが行き届いていないだけだと僕は思っている。


「ルシール、焦らずにがんばるのよ」


 そう言って笑顔で送り出してくれたシャルさん。片手をヒラヒラさせてなんだかとても可愛らしい。シャルさんはいつもはきりりっとした美人さんだけど時折可愛らしく見えるから不思議。


 そんなシャルさんの存在は大きく、今は僕の心の支えになってくれている。


 だって――


「なんで、あんなヤツとシャルロッテさんが一緒にいるんだよ……」

「知ってるか、あいつ……」

「負けろ〜」

「早く始めろよ〜」

「タラタラしてんじゃねぇ!!」


 すでに所定の位置で待っているラインからは睨まれ、野次馬他の冒険者からは誹謗中傷、罵詈雑言の数々……


 ――聞こえなーい。何も聞こえなーい。


 観戦場がギルド建物側だけで助かった。四方八方からこんな罵声を浴びた日には、戦う前から僕の心はすり減り、白旗をあげたくなっていたに違いない。


 ――でも、ラインのレベルは高いしな……へ? いや、ちょっと待って……


 今思い出したんだが、ラインはたしか先日レベル10になったって、アレスにやっと追い付いたって、喜んでいた姿を見ている。


 ――えっ、えっ、ええ!! 僕のレベル5だけど……ラインとはレベル5も差があるじゃないか……ううー、ダメかもしれない。


 最悪なタイミングでレベル差を思い出すなんて。

 考えないようにしても、そのことが頭から離れなくなってしまった。


 ――あ〜身体がガチガチ、自分の身体じゃないみたい……


 普通の顔をしたいのに、緊張で強張っているのが分かる。多分引きつって酷い顔になっている筈だ。


 不安になり思わずシャルさんの方に振り返ってみる。


 ――うん。


 満面の笑みで手を振ってくれた。すごく嬉しい。嬉しいけど――


「ルシールてめ!!」

「何、シャルロッテさんに、手を振らせているんだ!!」

「滑って頭でも打ってろ!!」

「髪の毛ずり剝けろ!」


 余計に酷くなった罵詈雑言。


 ――うう、もう逃げ出したい。


 考えれば考えるほど負けるイメージしか湧いてこない。

 所定の位置まで残り数メートル……


「ルシール、チンタラ歩いてないで早く来いっ!」


 ――くっ、ラインめ。好き勝手言って……


 心の中でラインに強く反発をしてはみたものの、僕の身体は正直なようで、カチカチのガタガタ。極度の緊張で固くなっている。


 これではマトモに動けそうにない。


 ――このままじゃまずい。何かないのか、何か……


「ルシール。笑顔よ、笑顔。いつも通りやれば大丈夫だから」


 なぜか、罵声が飛び交う中にシャルさんの澄んだきれいな声はハッキリと聞こえてきた。


 ――えがお……笑顔!?


 その言葉に、買取所でおっちゃんに見せていたシャルさんの、あの笑顔が思い浮かんだ。


 ――そ、そうだ!? こんな時こそスマイルスキルだ。シャルさんありがとうございます。


 僕は心の中でシャルさんにお礼を言うとすぐにスキルを発動する。


【ルシールはスマイルスキルを使った】


 ――お、おお、か顔が……こ、この顔が引き攣る感覚はなかなか慣れない……


 ルシールはニッコリ微笑んだ。


「ふふ……」


 ――おっ、なんかいい感じ。正解かも。


 なんだか心が温まる。緊張がほどよくほぐれた気さえする。

 これはなかなか使えるスキルだったのだ……


「てめぇ、よくも人の顔見て笑いやがったな、調子に乗るなよルシールっ! お前なんてぎったんぎったんにしてやるから覚悟しろ」


「へっ?」


 ――ラインの額にすごい青筋が……身体もぷるぷる震えてるし、もしかして怒って……る!? そんな効果、僕、望んでないんだけど……


 知らなかったけど、スマイルスキルには隠された効果、目の前の相手(敵対関係にある場合)を挑発する効果もあったらしい。


 ――ひぃい!? 聞いてない。そんなの聞いてない。


 僕がいくら現実から目を背けようとしても、ラインを挑発してしまった事実が消えるわけでもなく。

 ラインの顔は見る見るうちに赤くなり物語に出てくるような赤鬼みたいになっていた。


 ――ひぃぃ、も、もう帰りたい……


 そんな僕の望みなど叶うはずもなく、とうとうギルド職員が待っている所定の位置まで来てしまった。


「揃ったな。悪いがあまり時間を掛けれないんだ。私も仕事が残ってるからな。では早速だが始めよう。準備はいいか?」


 ギルド職員の言葉にラインはすぐに頷く。僕も逃げれないと分かり、仕方なくゆっくりと頷いた。


「うむ。ギルド公認の決闘ではこちらの木剣を使ってもらう。

 決闘申請用紙に、二人とも使用武器は剣となっていたし、問題はないだろ?」


「ルシールなんて、棒切れで十分いいんだけどな」


 僕に対する皮肉を忘れないあたりラインらしいが、ラインは嬉しそうに木剣を受け取ると、早速何度か振り下ろし感覚を確かめている。


 僕も遅れてはまずいと思い、すぐに木剣を受け取り軽く振って、その感触を確める。


 ――うん。悪くない……


「問題無さそうだな。それじゃあ、後はルールになるが……「何でもありで、対戦相手が気絶、若しくは降参するまでにしてくれ!!」


 ギルド職員の言葉を遮り、ラインが自分に都合の良いルールを提案してきた。


 その顔はすでに勝ちを信じて疑わない確信したような顔だ。しかも、今、僕を見て笑った。


 ――好き勝手に言って……


「君はこれでいいのかい?」


 ギルド職員が驚きつつも、僕に顔を向け再確認してくる。


「えっと」


 気絶して負けてしまう未来しか見えない。もうすこし自分にも有利な条件がないものかと考え、僕が言葉に詰まっていると、


「なんだ、やっぱり怖いからやめるか」


 自信たっぷりに片方の口角を上げたラインが木剣を右肩に担ぎながら僕を煽ってくる。嫌な笑みだ。


「い、いや……」


「降参してもいいぜ。俺は優しいからな、泣いて謝れば許してやる、かもしれないぜ」


 ――くっ!


 いくら僕でもここまで小バカにされると悔しい気持ちが湧き起こってくる。それに、


「ルシールっ、集中するのよ」


 ――シャルさんは僕を応援してくれているんだ。よし。


 周囲からは相変わらず耳障りな声が聞こえる。僕はシャルさんの応援を心の支えに覚悟を決めたのだが、


 ――ん?


 周りの様子がちょっとおかしい。なんか、どっちが勝つ? 僕が何分持もつ? そんな声がチラホラと聞こえてくる。

 僕の知らない所で賭けごとまで始まっているらしい。


 ――みんなして僕を見世物にしやがって……ってあれ。


 見間違いかもしれないが、賭け事の元締めのところに一瞬だけシャルさんがいたような気がした。


 そんなまさかと思い、首を降って、仲間の控え場所に視線を向けてみれば――


 そこには満面の笑みを浮かべたシャルさんが座っていた。なんかえらくご機嫌になっているように見える。


「こらっルシールキョロキョロするな。そんなに俺が怖いのか? なら言えよ。俺が怖くなったからやめたいって。降参するって」


 ――よく分からないが、やっぱり気のせいだったらしい。


「おい!! 聞いているのか!」


「へ? ああぁ……いや、ラインごめん。今なんて言った?」


「こ、このやろ!! バカにしやがって、後悔させてやるよ!」


「ほう、お互いそのルールでいいようだな。だが忘れるなよ。決闘は公認するがケガについては自己責任だ。ギルド側は一切責任は取らないからな。

 まあ、有料だがギルドにも回復魔法や薬草は十分にあるから、遠慮なく使ってくれてもいいぞ」


 周りに目がいっている内に、いつの間にかラインの提案が通ってしまった。

 少しでも有利になるような条件を考えていたのに。なにも思いつかなかったけど。


 ――ううっ、もう、こうなったらシャルさんが推してくれた見切りスキルだけが頼りだ。


「では、君たち少し離れて構えてくれ」


 ギルド職員の指示に従って僕とラインは少し離れて木剣を構えた。


「ああ、いい忘れたが、相手を死亡させた場合や、決闘後に今回の件で揉めるようなことがあったら冒険者資格を剥奪、じゃ分かりにくいよな。えっとつまり、冒険者を辞めてもらうことになるからな。

 これは決定事項だから異議は受け付けないぞ。そのための決闘だからな。分かったかい?」


「はい」

「ああ」


「よろしい」


 僕とラインの返事を聞いて頷いたギルド職員が開始の合図を出した。


「はじめ!!」

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