第9話
意識が徐々に戻ってくる。いつもより重いまぶたをゆっくり開けると、部屋はまだ暗い。夜は明けていないらしい……
――部屋? に居る……あれ、ここはどこだ。
辺りを見渡すけど……よく分からない。けど……。
いつも僕が泊まっている馬小屋でないことは確かだ。
――さあ、思い出せ、思い出すんだルシール……っ!? おお、そうだった。
僕は確かシャルさんの
――それから……どうなった……? ダメだ。分からない。
考えたがよく思い出せない僕は、とりあえず上体だけでも起こしてみようと思った。
「うーん……あれ!? よっ、あれれ?」
上体を起こそうとするけど、全く動けない。
――おかしいぞ……ぇ!? て、手も足も動かない。うそだろ。
全身から冷や汗が噴き出す。
これは僕が思っている以上に深刻な事態になっているのではと嫌な予感がして頭から離れない。
そんな時だった――
ゴゾゴソッ!
どこかで物音がした。
――な、なんだ!? ……誰かいるのか?
暗くてよく見えないけど、部屋の奥に人の気配がする。
「誰だ!!」
僕は咄嗟にそう叫んでいたが、
「あら、ルシール起きたのね」
返ってきた透き通るような声に僕はホッと胸をなでおろした。
――なんだシャルさんか……え?
「シャ、シャルさん! うわっ、シャルさんが、どうして僕と同じ部屋にいるの!?」
「……はぁ、あのね……」
シャルさんがベッドのそばにあるランプに火を灯し上体を起こした。
――シャルさん……うわ!?
いつもは動きやすい短めの法衣らしき衣服に大きめのマントを羽織っているけど、今は袖のない薄手の寝間着を着ていた。
「ルシールは覚えてないのね「シャルさんの寝間着姿……とても色っぽい」」
「えっ」
「あ」
思わず、そう口にしてしまっていたが、もう遅い。
顔を真っ赤にしたシャルさんがプルプルと肩を震わせながら右手の平を僕に向けてボソボソ何かを唱えていた。
「え、え、それって……魔ほ……」
僕が最後まで言葉を口にする間もなく、その向けられた右手の平が光ったかと思えば、拳大の岩石が飛んできた。
「うわわっ、石っ!!」
慌てて躱そうと思ったけど、僕の身体は全く動かない。
「あぁぁぁぁぁあ!!」
ゴン!! 凄い音を耳に僕は再び意識を失った。
――――
――
「う、うーん」
意識が戻ると部屋は明るくなっていた。どうやら夜が明けたらしい。けど残念なことにまだ身体は動かなかった。それに頭も凄く痛い。ガンガンする。これはいよいよ覚悟を決める時なのかもしれない。
――もっと冒険したかったな……
僕が少し物思いに耽っていると、澄んだきれいな声が聞こえてきた。
「おおはよう、ルシール。ご機嫌いかがかしら……」
「あれ、シャルさん?」
どこか気まずそうにして、僕と目を合わせてくれないシャルさん。どうしたのだろう。
いや、それよりもどうも僕は寝坊してしまったらしい。
シャルさんはすでにいつもの格好で僕を待っているし、寝坊した僕をわざわざ尋ねてきてくれたの……
――あれ? ……っ、ダメだ頭が痛くてよく思い出せない。
「シャルさん。おはようございます。どうも僕は寝坊してしまったようですけど、頭がとても痛くて石でもぶつけられたかのようにガンガンするんです」
「だ大丈夫よ。何ともなってないわよ(おでこ以外はね)」
シャルさんが僕の傍まできて頭をじーっと見ている。
「そうですか、でも、それだけじゃないんです。実はそれよりもっとまずいようなんです」
「ん? 何がまずい……の?」
シャルさんが僕を不思議そうに見て首を傾げている。
「僕の身体がまったく動かないんです。手も足もそうです。
僕、もうどうしたらいいのか……せっかくスキルを取得して、これからもっと頑張ろうって思っていたのに……悔しいです」
シャルさんに話していると、だんだんと悔しさがこみ上げてきて涙が溢れそうになる。
――ぐすっ。
「あーそりゃあ、そうでしょうね。それだけ布団を身体に巻き付けていたら普通には動けないわよね」
「……布団って何です?」
シャルさんがちょいちょいと僕の身体じゃなくて、巻き付かれている布団を指した。
――あ、れ? 布団だ。
布団が僕の身体に巻き付いている。僕はなんでこんなことに気が付かなかったんだ。
――でもどうして?
「ほら、フィジカルブーストの副作用って回復魔法が効かないの」
不思議に思っていたことが顔に出ていたらしく、シャルさんがそのことについて話してくれた。
「はい……」
「それでルシールを眠らせたまでは良かったんだけど、ルシールをが泊まっていた宿が分からなくて……結局、私の泊まっている宿まで連れてきたのよ。
でも私もか弱い女の子でしょ、ちょっと困ってしまってワケなのよね。それで仕方なくルシールを布団を巻き付けて身の安全を確保したわけなの。
あ、でも安心して布団に圧迫されて苦しくないように精霊魔法をかけていたから」
――か、か弱いって……誰。
「ん? 何か言った?」
「いえいえ。そ、そうだったんですね。だから苦しくなかったんですね。ありがとうございます」
シャルさんの顔色が少し不機嫌になりそうだったので僕は素早くお礼を伝えた。
「そうよ。大変だったんだから」
シャルさんが指をパチンと弾く。
――あ。
すると僕に巻き付いた布団とそれを固定していたであろう植物のツルのような物がパラパラ枯れたように落ち消えていく。
どういう仕組みなのか、落ちたはずの布団も消えている。これは考えてよく分からないので、
「動ける。おお……動ける!」
僕は自由に動けるようになった身体に、喜びを表す。
「うん。その感じだと、もう大丈夫そうね」
「えっと……」
僕は身体のどこか違和感がないか確かめるために身体を軽く動かしてみた。
――うん。大丈夫……
「はい。もう大丈夫みたいですね」
「身体を限界以上に酷似したことになるから、次にレベルが上がるときは、その恩恵が少しはあるはずよ」
「え、本当ですか!! それならすごく嬉しいです。ありがとうございます、シャルさん!」
ガバッと抱き抱き。
僕は嬉しさのあまり、つい、傍にいたシャルさんに抱きついてしまった。だが、
「きゃっ」
ボフッ!!
「うっ」
次の瞬間にはシャルさんの右拳が僕の鳩尾に深くめり込んでいた。
本日三度目である。またしても僕は意識を手放した。
――――
――
「あいたたた……まだ痛いです」
「ルシールが悪いのよ。突然私に抱きつくから」
先ほどのことを思い出したらしいシャルさんは顔を真っ赤を染めて僕を睨んでくる。ごめんないシャルさん。
少し気まずさはあるものの、シャルさんから突き放されことなく、二人で冒険者ギルドに入った。
今回はウリボアじゃなくて、ホーンラビットの角を納品する依頼を受けてみようと思っている。
ホーンラビットはレベル5で、野ウサギが魔物化して鋭く長い角が生えた魔物なのだ。報酬も600カラで僕にとってはいい稼ぎになる。
「混んでるわね」
そうなのだ。朝ゴタゴタしたこともあり、今日はいつもより少し遅目の時間にギルドに入ったから、いつもよりギルド内が混んでいた。
理由があって僕はいつもこの時間を避けていたのだが、
――うっ、アレスたちだ……避けていたのに。
その理由であるアレスパーティーと鉢合わせ。なんてタイミングが悪いんだ。
「はあ……ルシール先輩ですか」
僕を見るなり、ため息をついたアレスの視線は、明らかに僕を見下しているように見える。
どうもスマイルスキルの一件が尾を引いているらしい。
気にしないようにしてたけど、あれから僕は今まで以上に多くの冒険者たちから陰口を叩かれるようになった。
――いつか僕だって……
そんなことを考えていると、いつの間か混雑が解消されて、後ろにいたシャルさんが僕の隣に並んだ。
「あ!? ああ……」
すると目の前のアレス突然目を見開いたかと思えば、強ばった顔つきになり、
「いたっ」
「ルシール先輩そこどいて、シャルロッテさんの邪魔になってるから!」
僕を突然横へと突き飛ばす。
「アレス突然何をするだ」
「お前邪魔なんだよ。分からないのか!」
そう言うが早いか、さらに身体をアレスに押された僕は、バランスを崩してシャルさんから少し離れる形になった。
でも、有り難いことに、それを見ていたシャルさんが――
「きみ、ちょっと何。ルシールは私とパーティーを組んでいるのよ」
少し強い口調でアレスを睨む。
「へっ? あ、いや。い今なんて言われましたか?」
シャルさんの言葉が理解できていないらしくアレスが少し呆けた感じでシャルさんに尋ねて返す。
「ルシールは、わ・た・しとパーティーを組んでるって言ったのよ。まだ理解できない?」
「え? ルシールとシャルロッテさんが同じパーティー……シャルロッテさんが……ルシールと……」
アレスはよほどショックを受けたのか一歩二歩と後退してから、魂の脱け殻みたいに真っ白くなっていた。
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