第8話
なんとなくスライムに使えそうなスキルを見つけた僕は早く伝えたくてシャルさんを探した。
――シャルさん……
「アイスニードル!!」
シャルさんはビッグモアスライムに手のひらを向け魔法を放ったいた。
その手のひらから小さな氷柱がいくつも飛んで行く。
ポスッ、ポスッ、ポスッ!!
ビックモアスライムに被弾すると、池に石ころを投げ入れたような軽い音を上げ波紋を描く。
ビッグモアスライムはそのゼリー体をぷるぷると揺らしていた。
――魔法が効いていない……?
氷柱をすべて飲み込んだようにも見えるビッグモアスライム。
ビックモアスライムにその魔法は効いていないらしく平然とした様子でズルズルとゼリー体を引きずりシャルさんに襲い掛かろうと迫っている。
でもそんなのシャルさんにはお見通しらしく、ビッグモアスライムが近づいてくればその分バックステップで離れて十分な距離を確保している。
それからシャルさんはすぐに様々な属性魔法を繰り返し放っていた。でも、その魔法もビッグモアスライムには効いていないように見えるけど。たぶんそれは僕に言ってくれた通り時間を稼ぐことだけに集中しているだからなのだろう。
――あっ!!
今度はビッグモアスライムの方が大量の溶解液を飛ばし、続けて鋭くした体の一部を無数に伸ばしてくる。
――あのスライム、溶解液をうまく使って、シャルさんの逃げ道を制限してるっ!?
僕は一瞬冷やっとしたが、シャルさんには焦った様子は見られず、それをヒラリ、ヒラリといとも簡単に且つ華麗に躱していく。
その姿は、まるで優雅に舞う森の精霊のよう――
――はぁシャルさん、きれいだな……って!? 見とれている場合じゃなかった。
「シャルさーん!! 貫通スキルなんてどうですか? 40万カラしますけど……使えますかね?」
僕は大声でそう叫んだ。
僕の声に気づいてくれたシャルさんは、攻撃を躱かわしつつチラリと横目に僕を見てコクりと頷く。
それからすぐにビッグモアスライムを引きつけたまま僕の方に向かって駆けてくる。
「じゃあルシールお願いね」
シャルさんはすれ違う際、お金の入った小袋を僕に手渡してくれた。
――?
けど、それからシャルさんはなぜか横にステップするかのように直角に跳躍した。
――んん?
シャルさんはいったい何をしているんだ、と疑問に思う間もなく、シャルさんの身体で見えていなかったビッグモアスライムの追撃。
ニードル状に変えた体の一部がすぐ目の前まで迫っている。
「のわ!?」
僕は咄嗟にニードル状のゼリー体を不恰好ながらも紙一重で躱した。
そんな行動をしたシャルさんの意図が読めず思わずシャルさんの方を顔を向けてみると――
――むぅ。
シャルさんはなんと、僕を見てくすくすと笑っていた。イタズラが成功したような笑みだ。どうやらわざとらしい。
――ん?
でも、そのニードル状のゼリー体をよく見れば、鋭いはずの先端が何かで切断されているようにも見えた。
――そうか……
すぐに本体に戻っていったから、もう確かめようがないけど、シャルさんは僕も常に警戒しているようにと、言いたかったのかもしれない。と都合よく考えでおくことにしとこう。
ただ面白そうでイタズラしたかっただけってことはないよね? まだにまにまと笑みを浮かべているシャルさんを横目に見てそう思う。
――……はぁ……
僕は大きく息を吐き出すと気を取り直し、スキルショップを使い貫通スキルを購入した。
【ルシールは貫通スキルを取得した】
購入と同時にそんな無機質な声が頭に響いてきた。
「よし!!」
気合の入った僕は貫通スキルを発動するとビッグモアスライムに向かって駆け出しショートソードで一突き!
「たあ!!」
その突きはスッと抵抗なくスライムの一部を貫く。抉るような突きだった。
僕がその突いたショートソードをスライムのゼリー体から引き抜くと拳大の穴が空いていた。
けど、その穴は直ぐにふさがり元に戻った。
「僕ってバカだ。そうだよ。ショートソードではスライムの核まで届くはずがないんだよ」
気がつくと急に恥ずかしくなった。顔が火照って真っ赤になっているのが分かる。
視線を感じて横目に見たシャルさんは案の定、口元に片手を当てにまにましていた。
――うわぁぁ……恥ずかし過ぎるぅぅ。
「ふふ、ふふふ。ルシールは何してるのかなぁ。私としては私に貫通スキル使って欲しいんだけどね〜」
「は、はい」
恥ずかしくて身の縮む思いだったけど、今は僕のできることを優先する。
――他人にスキルってどうやって使うんだ。こうかな……
シャルさんを視界に入れながら使ってみる。
――ダメだ。
今度はシャルさんに使うとイメージをしながら使ってみる。
――ダメだ、ああ、もう……こうなったら。
僕はシャルさんに急いで近づき肩に手を置いて使ってみた。
――たのむ……おお!
シャルさんは突然僕が肩に触れてきたからびっくりしていたみたいだけど、上手くいってよかった。
貫通スキルがシャルさんに発動したのが分かった。
「できました!! シェルさん」
「ありがとう。それじゃあルシールは少し下がってなさい」
ほんのり顔を紅潮させているように見えたけど、きっと気のせいだろう。
それからシャルさんが僕の分からない魔法を唱え始めた。
その間にも、こちらに狙いを定めているビッグモアスライムは体をふるふるとさせている。
――あれのモーションは、溶解液か!? それともニードル? どっちだ……
そんなことを考えていても、役目を終えた僕には、シャルさんの後ろでおろおろとすることしかできなかった。
「シャルさん、スライムが何か仕掛けてきますよ。急いでください!!」
僕が一人で焦っている間にも、シャルさんの右手には真っ赤な火魔法が纏わりついていく……
それはどんどん大きくなり僕にまでその熱気が伝わってくる。
「さあ覚悟なさい。|火魔法(ファイアランス)!!」
シャルさんが右手を突き出し放った火の魔法は、先程とは違い炎の槍を形成しさらにその炎の槍には薄い光の膜に包まれていた。
――あの薄い光の膜が貫通スキルかな? う、でも……あ、あつっ!!
後ろに下がっていた僕まですごい熱気が伝わってくる。
攻撃魔法ってほんとうに凄い。
シュルルルル……
とんでもないスピードで唸りながら飛んでいくファイヤランスは、高速に回転していてビッグモアスライムの核まで難なく届くとそのままスパーンッと貫き、そのまま後方で爆破を起こした。
核を貫かれたビックモアスライムは体を保つことができなくなったのか、ドロドロに溶け出し、
――あ、あれ?
今度は大量のスライムゼリーの波が襲ってくる。
「おわわわぁぁあ!! 早くシャルさん逃げないと……スライムまみれに」
「ルシール。ちょっと落ち着きなさい」
シャルさんはシャルさんの手を取り早く逃げようとする僕の頭をパチンとはたくと――
「アイスミスト!!」
それからすぐに、シャルさんはなに食わぬ顔で|水魔法(アイスミスト)を放った。
大量のスライムゼリーの波が魔法に触れたところからパキパキッと音を立て凍りついていく。
「まあ、こんなものね」
「はぁぁ、助かった。シャルさんありがとうございます。ってこんな便利な魔法があるなら最初から凍らせて倒せばよかったんじゃないですか?」
僕が疑問に思ったことを尋ねると、シャルさんはにこにこと笑顔向けながら、
「ダメよ。そんなの勿体無いから」
そんなことを言った。
「もったいない?」
「そうなの。ふふふ」
何が? と僕が再び尋ねルけどシャルさんはにこにこしているだけで教えてくれない。
――うーん。
「でもルシール助かったわ。剣も魔法も届かない相手はほんと久しぶりだっからね」
「そ、そうですか……あれ、久しぶりって前も戦ったことがあるんですか? 今のスライム」
「うーん。その時は戦う必要がなかったから逃げたのよ(戦う意味もなかったし)」
「そういうことですか」
「そうよ。でも貫通スキル、今はレベルが低いから使用後の反動がそうでもないけど、レベルが高くなってから多様すると突然腕が痺れたりするから気をつけてね」
「そ、そうなんだ」
――もしかして貫通スキル、ってこわいやつだった?
そんな疑問が浮かんだが、使用した今は腕が痺れている感じもしないし、なんともない。
それにこれは戦闘スキルだ。純粋にうれしかったのだ。
だから僕はきっと大丈夫だろうと少し楽観的に考えでおくことにしておこう。
「そうよ。でもこれで私の目的は達成できたわね」
シャルさんがふぅっと、ここで初めて安堵の息を吐き出した。
「んー目的? シェルさんの目的って……結局何だったんですか?」
「うーん。そうね……」
少し考える素ぶりを見せたシャルさんは僕の胸元辺りに視線を向けた後――
――あれ、今僕の首に掛かっているボックリくんが微かに光ったような……
「分かったわ」と言って、少し顔を引き締め口を開いた。
「この世界には、ずっと前から穢気というこの世界によくないものが発生しているのよ」
「よくないもの……」
「そう。だから私たちエルフ族は昔から各地、至る所に祠を置きこの世界を穢気から守り、そしてその祠に穢気が集まるようにした。
ただ当然祠にも限界があるから穢気が溢れ出す前に、定期的に浄化をしなければならないの。その浄化を今回やったわけね」
「そんなことを……じゃあ今倒したスライムも……」
「そう。その穢気の影響ね。浄化に失敗したから濃く集まった穢気が魔物化して襲ってきたんだけど……
ここ最近特に酷くなっていて、様々な生物、そして魔物にまで悪影響を与え始めているわ」
「そ、そんなことが起こっていたなんて、僕ぜんぜん知りませんでした」
「そうね。このことはエルフ族しか知らされていない事だから……
ただ、何故、この穢気が発生しているのか原因は未だに分かっていない。
それで私たちは冒険者ギルドで資金を稼ぎながらその原因を探っているのよ」
「それはエルフ族だけなのですか?」
「色々と誓約があるのよ。それにエルフ族は他の種族との交流を苦手としているの」
そう言ったシャルさんはどこか寂しそうに遠くを眺めている。
――シャルさん……
とても教えてくださいと言える雰囲気じゃなかったので、黙ってシャルさんの横顔を見ていた僕はふと思った。
――あれ、じゃ僕は何で……? もしかしてシャルさんは……僕に惚れてる?
僕があれこれ都合よく頭を悩ませていると、シャルさんはいつもの口調に戻っていた。
「さあて、ギルドに戻るわよ。ルシールもウリボアの肉をギルドに納品するんでしょう?」
――そうだった。
「はい」
「そうだ。ルシールにも…………かもよ……」
背中を見せたまま何か言ったシャルさんは、少し歩いてから突然僕に振り返ると、いつもの調子で可愛くウインクしてみせる。
――ちょっと今、聞こえてない……
「え、え? シャルさん。今なんて……あ、待ってください」
――――
――
ギルドに戻った僕はすぐにウリボアの肉を納品した。報酬は500カラになるらしい。今はそのお金を準備してもらっている。
――ふふふ。少しずつ報酬が増えてる。
僕がいつものおばちゃんから報酬の受け取ろうと待っていると――
――あれ、シャルさん?
ふと、いい香りが漂ってきたので隣を見るとシャルさんがビッグモアスライムの核が結晶化した魔石を換金していた。
「さすがシャルロッテさんはいつも凄いな。はい、この上質の魔石は200万カラで引き取らせてもらうよ」
――ぶっ!! なんですと!! 今、換金所のガルネさんはなんて言った?
耳を疑うような金額だった気がしたんだけど、平然としているシャルさんの顔を見て、やっぱり気のせいだったと思うことにした。
「うーん。まあまあだったわね。ありがとうガルネおじさん」
――あれ、今シャルさんがスマイルを使ったのかな?
シャルさんの笑みを見た換金所のガルネおじさんは嬉しそうに鼻の下を伸ばしている。
「シャルロッテさん。これ上質薬草なんだが、納品数を越えているから一つ持っていきな」
「うわーありがとうガルネおじさん。とても助かるわ」
鼻の下を伸ばしたガルネさんは気前よくシャルさんに上質薬草を差し出した。
――な、なるほどスマイルスキルはこうやって使うのか……
役に立たないと思ったスマイルスキルの意外な使い道に僕は深く反省した。
――スマイルスキルごめんよ……僕はまだまだ使いこなせていなかったようだ……
僕は知らなかった。シャルさんは別にスマイルスキルを持っているわけではないことを、もちろん使ってもいないことを。
「ルシール待たせたね。はい500カラだよ」
僕は恰幅のいいおばちゃんから報酬を受けとった。
「ありがとうございます」
――ふふふ、やったね。
僕がホクホク顔でいつものテーブルに向かうと、シャルさんはすでにテーブルに添えられた椅子に腰掛けていて、僕に向かって手を振っている。
――あれ、何でかな。おかしい?
僕の方が先に並んで換金所にいたはずなのに、なんでシャルさんの方が先に座ってるのだろう。目を擦りもう一度見てもシャルさんが僕を見て小さく手を振っていた。
「ほら、ボーッとつっ立っていないで、ここに座って」
シャルさんがポンポンと隣の椅子を軽く叩いて座れと促す。
「は、はい」
僕が隣の椅子に腰かけるとシャルさんが小さな布袋を僕に差し出してきた。
「はい。ルシール」
「え?」
思わず受け取ってしまったけど、その小袋はずしりとした重さがあった。
「こ、これは何ですか?」
「それはビッグモアスマイルの魔石を換金した半分の金額よ」
「えっ!」
「換金分の半額100万カラあるわ。これがルシールの取り分ね」
「こ、こんな大金を僕に!?」
――あれ、視界が歪むよ……
気づけば嬉しくて涙が流れていたようだ。
「シャルさん。僕、嬉しい……あ、れ?」
両手でしっかりと持っていたはずの小袋が、気づけば僕の手の上にない。
「はいルシール。確かに100万カラ受けとりましたよ」
「はい?」
それもそのはずだ。笑顔のシャルさんがしっかりと握りしめていて、代わりに紙一枚を差し出してきた。
「はい、これは受領証ね」
「あはは……そういうことですか」
僕の目の前にはスマイル発動中のシャルさんがいる。
その笑顔は大変素晴らしくて綺麗で見惚れそうになるけど……なるけど……なんだろう。
――うっ、うっ……
僕の感涙を返して欲しい。
その後は、少し豪華な食事をシャルさんが奢ってくれてギルドを後にした。
「シャルさん今日もありがとうございました。レベルも上がりましたし、僕、明日も頑張りますね」
僕が元気よくそう言うと、シャルさんは少し歯切れ悪く、そして首を少し捻っていた。
「そうね。う~ん、でもルシールは……帰れるかしら……」
「へっ?」
僕は意味が分からなかったけど、シャルさんはたまに意味が分からないことを言うから気にせず、馬小屋に帰ろうとした、が――
――あれ、身体に違和感が……なんかだるい? いや、違うな……これは……
「痛い、なんだが身体が痛いです!?」
「あら……」
「痛たたたた!! ぐあぁぁあ! シャルさん身体が痛いです。凄く痛いぃぃ!!」
僕は立っていることが叶わず、その場に倒れ込み、あまりの痛さに転げ回る。
「やっぱり……きたのね」
「ぐおぉ!! 痛い。痛い。や、やっぱりって……何ですか? 痛たたぁぁぁ」
僕はさらにゴロゴロと転げる。そうしないと痛さで頭がどうにかなりそうだった。
「これは間違いなく|付与魔法(ファジカルブースト)の副作用よね」
「ぐおおぉぉ」
――何、シャルさんは今何て……
「大丈夫よ、後は私に任せなさい」
ちらりと見えたシャルさんはニッコリ微笑んでいて女神に見えた。
「|風魔法(スリープ)!!」
シャルさんが何かしてくれたようだけど、それよりも眠さが襲ってきて、僕は深い眠りについていた。
【シャルさんへ支払い80万カラ減少】
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【名前:ルシールLv5】ギルドランクG
戦闘能力:70
種族:人間
年齢:14歳
性別: 男
職業:冒険者
スキル:〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉
〈剣術レベル2〉〈治療レベル2〉
〈回避UPレベル2〉〈文字認識〉
〈アイテムバック〉〈貫通〉
魔 法:〈生活魔法〉
*レジェンドスキル:《スキルショップ》
所持金 :1,213カラ
借金残高:2,539,850カラ
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