第7話

 ――南の森――


 森に入ってすぐ、シャルさんが何やら思いついたらしく、ポンッと手を叩いて僕の方に振り返った。


「どうかしましたかシャルさん?」


「ええ。ルシールにも、依代人形を貸してあげようと思ってね。ほら、森でもしはぐれるてしまってもいいようにね。

 でも、ルシールからは返事はできないけど私からの言霊は届くはずよ」


「えっ……」


 僕に向かって不吉なことを言うシャルさんは、気にした様子もなく、がさごそ、自分の袋の中に手を入れ依代人形を探り出した。


 僕はそんな姿を不思議に思いつつ眺める。シャルさんの袋は不思議だ。見た目は小さな袋なのにたくさん物が入ってる、一体どうなっているんだろう。


「あったわ。うん、これがいいわね。はいルシール」


 そう言って笑顔で取り出したシャルさんの手には、木の実っぽい何かが握られている。


 ――これは何? よく森で落ちている食べれない木の実に似ているけど、これも人形なの。あっ、目があるぞ。


 本物の木の実? に見えるその人形の大きさは親指くらいのサイズで、目付きがとても悪い。僕をジッと睨んでいるように見える。


――ん? 小さな手と足までちゃんとあるんだ。


僕がその依代人形をじろじろ見ていると――


「松かさのボックリくんって言うのよ。可愛いでしょう」


 シャルさんはその依代人形の頭? を軽く撫でてから僕の方へ差し出してきた。


 ジッと睨まれているからか、僕には、正直言って可愛いとは言い難い。

 けど、僕のことを思ってシャルさんが貸してくれたわけだし、ここは素直にお礼を伝える。


「そうですね。ありがとうございます」


「ふふ。はい」


 シャルさんからボックリくんを受け取とると、シャルさんのマネをして僕の袋にボックリくんを付けようとした。


 ――あれ、付かないぞ? シャルさんと同じようにしているのに、なんで? 


 何度も試してみるけど、うまくつかない。袋の紐に回した細い手がするりと力なくすり抜けるのだ。


「おかしいな」


 僕が不思議に思い首を傾げていると――


「ふふ、あははは、ボックリくんがね。臭い匂いが移るからその袋は嫌らしいわよ」


 ボックリくんから、その意思を受け取った、シャルさんがおかしそうにお腹を抑えて笑っている。


「く、臭い匂いが嫌って……ハハハ……シャルさん。ぼ、僕はどうすればいいの?」


 人形に臭いと言われる僕。精神的ダメージを受けた僕はやっとの思いでそう告げる。


「そうね。えーと……」


 シャルさんが僕の両手にいるボックリくんに視線を向ける。ボックリくんに意思を確認しているのだろうか?


「……そうなの分かったわ。えっと、ボックリくんが首にならぶら下がってやるって言ってるわ」


「えっ。首って僕の首? 手が短いのに大丈夫なんですか?」


 そう言うが早いか、ボックリくんの手が突然伸びてきて僕の首に巻きつき、ペンダントみたいになった。


「すごい。こんなこともできるんだ」


 僕が感心して、ボックリくんに軽く触れると当然と言うようなドヤ顔をしているように見えるのは僕の気のせいだろうか。


「ふふ。なかなかいいじゃない。似合ってるわよルシール。それじゃああとは、付与魔法よね」


 それからシェルさんは、僕の知らない言葉を口ずさむ。それが付与魔法の詠唱なんだろう。

 言葉は分からないけど、シャルさんの声はリンとしていて聴いていて気持がいい。僕がシャルさんの詠唱に耳を傾けていると――


「付与魔法フィジカルブースト」


 シャルさんの手元が光り輝き、そのあとすぐに僕の身体は薄い黄緑色の光に包まれていた。


「うわ……、これが付与魔法」


 その光はすぐに消えてしまったけど、僕は身体中から感じたことのない感覚に襲われる。それは力がみなぎってくるような不思議な感覚。僕は思わず両手のヒラを見つめては閉じたら開いたりしてみた。


「す、すごい、ですシャルさん。力がどんどんみなぎってきます。僕の身体じゃないみたいです」


「そう。ふふ、私この魔法は得意なのよ。しばらくはこれで大丈夫だと思うから安心していいわ」


「はい。ありがとうごさいます。シャルさん!!」


「それじゃあ、行きましょう」


 しばらくはシャルさんの隣に並んで森の中を進んでいれば、出たよ。出ました。レベル10の魔物が。

 ビッグマウスという大きいネズミのような魔物が三匹姿を現す。鋭く突き出た前歯に畏怖を覚える。


――何なので突かれたら……


「シャルさん……」


 自信なくシャルさんを見上げれば――


「ルシール落ち着くの。今回は私が魔法で動きを止めてあげるからその後の処理はお願いね」


 シャルさんは僕が返事をする前にビッグマウスに向かって魔法を唱えた。どうやら僕に選択権はないようだ。


――ひ、ひぇやるしかないんだ。


 僕は震え硬直しそうになる身体に、力を入れる。


「緑魔法バインド!!」


 シャルさんの詠唱はものの数秒で終わり、シャルさんがバインド魔法を放つ。


 ヂュウヂュ!!


 すぐに反応したビッグマウスだったが

、シャルさんの魔法の方が早く、ビッグマウスの脚や身体に植物のツルに似た何かが纏わりついていく。


 ヂュウッヂュウッ!!


 ビッグマウスは悲鳴にもにた叫び声を上げ

、激しく身体を動かす。


 纏わりついたツルを引き剥がそうとしているようだけど、余計に絡まり、ビックマウスは全く動くことができなくなっていた。


「ルシール」


 右手のひらをビッグマウスに向けたままのシャルさんが、早くやりなさい、と僕に顔を向ける。


「は、はい!」


 ――こ、これなら、僕でもやれる、はず。


 僕は動けないビッグマウスに向かって駆け出すと――


「はぁぁぁっ……!?」


 ――身体が軽い!! これが付与魔法!!


 その身をもって付与魔法の凄さを実感しつつ、ショートソードを思いっきりビッグマウスに向かって力一杯振り下ろす。


「このおっ!」


 動けないビックマウスは、僕の振り下ろしたその剣を頭で受け、ザクッと両断された。


――す、すごいっ!


 ビッグマウスは断末魔の叫びあげたあと煙のように霧散していく。ウリボアもそうだが魔物は命尽きると、煙のように消えて魔石やドロップアイテムを残していく。

 

 このビッグマウスもそう。ビッグマウスは小さな魔石とマウスの牙を残した。


――これなら、いける。


 続けて、やっぱり動けないビッグマウスに向かって振り下ろす形で斬りつけたあと、そのまま上体を横にスライドさせ、すぐに側にいるもう一匹のビッグマウスを真横に斬り裂く。


 ザシュ! ザシュ!! 


 二匹のビックマウスは魔石こそ、残さなかったが、マウスの牙を二つ残した。


【ルシールはレベルが上がった】


 僕は辺りにビッグマウスがいないことを確認してから剣を鞘に納めつつシャルさんに振り返る。


「しゃ、シャルさん付与魔法って凄いですね。

 こんな僕でもレベル10のビッグマウスを一撃で倒せました。しかも僕、レベルまで上がって、いいんでしょうか」


 未だに信じられない僕は、両手のヒラを広げ眺めてしまう。


「ふふふ、いいのよ。よかったわね。でも緊し過ぎよ。もう少し身体の力を抜きなさい」


「あっ……はい」


 シャルさんに指摘されて、僕は初めて自覚した。レベル差のある魔物を相手に思ってた以上に緊張し、入れなくてもいい、余計な力を入れていたことを。


「すぐに慣れるわよ」


 僕が気落ちしたのを察してくれたのか、シャルさんが優しくそう語りかけてくれる。


「は、はい。僕頑張ります」


 なぜシャルさんが僕にここまでしてくれるのかは正直よく分からないけど、でもいいんだ。僕はシャルさんのおかげで少しずつ強くなっているのを実感してる。


でも僕は気づかない。シャルさんの存在が僕の心の中で大きくなっていることに。


「そう、期待しているわよルシール。それじゃ、先に進みましょう」


 更に歩くこと30分くらいだろうか、ビッグマウスの他にもビッグボアやビッグスライムまでも、その姿を何度となく見せた。


 ビッグボアは、ウリボアを狩る要領でその突進を付与された身体能力を活かして躱し剣を突き刺す。それで難なく処理したけど、ビッグスライムには、ゼリー状の見た目からも僕の攻撃は全く通用しなかったけど、シャルさんの放った火の初級魔法であっさりと、まあ、火の魔法一発で処理した。


「ここよ着いたわ」


 少し開けた場所でシャルさんがそう言って、立ち止まると辺りを見渡している。


「ここ?」


 思ったより簡単に目的地に辿り着いてしまった。

 南の森の探索に、ギルドではレベル10程度の冒険者が四人は必須と聞いていただけにまだ、何かあるのでは? と警戒してしまう。


 それに、シャルさんにはボックリくんの依代人形まで貸してもらっていたのだ。僕が必要以上に警戒してしまったとしてもおかしくない。


 ――何も起こらない方がいいんだけど。


「えーと……あ!?」


 辺りを見ていたシャルさんが、何かを見つけて小さく声をあげる。


「どうかしたんですか?」


 シャルさんの視線の先を追ってみれば、そこには小さく古ぼけた祠があった。


 木々に隠れ、注意深く見なければ見落としてしまいそうな、そんな祠だった。


「シャルさんの用事ってここですか」


「そうよ。あー、やっぱり穢れが溢れているわ」


 ――穢れ?


「何ですかそれ。僕には何も見えませんけど」


「これは危なかったわね。ちょっと待っててすぐに浄化をするわ」


「……はい」


 ――浄化……何だろ?


 シャルさんが言っていることは全く理解できないけど、シャルさんの表情が真剣になったことからも状況はあまりよろしくないのだろうと思う。


 だから僕はシャルさんの行動を黙って見守っているのだけど、シャルさんは先ほどから祠に向かって両手を広げたままだ。

 まだ何も変化は見られない。


――ん? 


 変化が起きたのはそれから数秒ほど経ったくらいだろうか。

 揺ら揺らと、シャルさんの両手から淡い光が溢れ出したかと思えば、祠全体を覆い包み込んでいく。


 ――うわぁぁ、きれいだ。


 キラキラと輝き神秘的な光景が僕の目の前に広がる。


 眺めているだけなのに心と身体が癒されていく。そんな気分だった。


 ――ああ、や、やばい。なんだか涙が止まらない。


 気づけば僕の視界は歪んでいる。僕は必死にその涙を払った。


 そんな神秘的な光はシャルさん自身までも包み込みその光が優しくも激しさを増していく。


 ――凄い……


 シャルさんが物語の精霊みたいに輝いて見える。


 ――綺麗だ……うっ!?


 一瞬だけ、僕だけど髪色の違う僕の姿が頭の中を通り過ぎる。でもそれが何なのか僕には分からなかった。


 ――今のは何だったんだろう……あれ? 


 僕はが不思議に思い首を傾げていると、シャルさんが不意に僕の方に向き直った。


 ――終わった、のかな?


 そう思い、僕はシャルに声を掛けようとした。


「シャルさ……ん?」


 でもそんなシャルさんの様子がおかしい。シャルさんが僕を見て口を開く。でも声は聞こえない。


「どう言うこと?」


 ――えっと……なんだ? ご・め・ん・ね……ごめんねって言ったのかな?


 そしてシャルさんは僕に向かって両手を合わせている。


 ――え? なんで、どういうこと……!?


 僕は意味が分からなく首を傾げたけど、その答えはすぐに分かった。


 ゴゴゴゴッ……


 祠からどす黒い煙のようなもの(穢気というらしい)が溢れだし、祠の上空にどんどん集まっていく。


 ドーン!!


 激しい轟音とともに黒い煙のようなものは消え去り、その後にはビッグスライムをさらに十倍くらい大きくしたビッグモアスライムが出現していた。


「しゃ、シャルさん。僕の気のせいですよね。なんか、とんでもなく大きなスライムが目の前に現れたんですけど」


「ルシールごめーん。私、浄化魔法苦手だったのよね」


 シャルさんが眉をハの字にしつつ笑いながら片手をひらひらさせている。口ではごめんと言っているけど、とても謝っている態度ではない。


 そんなビッグモアスライムはゼリー状で薄い灰色をしている。


 そんな大きなスライムに釘付けになっていると、そのスライムが形を少し変える。


 ゼリー状の体の一部を砲台の様な筒状に伸ばしていたのだ。


「なんだ?」


 何をするのかとそのスライムを眺めていると、そこから透明な液体が、僕の方へ飛んできた。


 ピシャーッ!!


「うわわわ!? なんか液体が飛んできました」


 結構な速度だったけど、付与魔法のおかげで反射的に僕は少し後方に飛び下がる。


 すると、ちょうど僕の元いた位置にその液体がベチャッと落ちて、その液体が飛び散った。


 地面からジュッジュュー!! と嫌な音と白い煙を上がり、地面にぽっこりと大きな穴が開く。


「え、ええっ! 溶けたっ! ……怖ぁぁぁ。しゃ、シャルさん! 地面が、地面が溶けましたっ」


「そりゃあそうよ。それはスライムの溶解液だもん。気を付けてね」


「シャルさぁぁぁん。それもっと早く言って下さい、回避しなかったら僕当たってますって」


「大丈夫よ。所詮はスライムの溶解液だもん。当たってもそんな大したこと……」


 シャルさんが溶解液で開いた大穴に視線を向ける。


「ありそうね」


 思ったより濃縮されてて危険だわね、と首を振る。


「シャルさーん!」


「はい、はい。ちょっと待ってね。スライムは中央に見える核を壊せばいいんだから、簡単なのよ」


 シャルさんが攻撃魔法の、火魔法のファイアやファイアランスを放っているけど、全く効いているようには見えない。

 分厚いゼリー体に阻まれてスライムの中心にある核まで届いていないようだ。


「参ったわね。お手上げだわ、私の魔法では分厚いゼリー体が邪魔して核まで届かない。

 私が時間稼ぎしているから、ルシールは何かいいスキルがないか見てみて」


「ええ? 今ですか?」


「そうよ。早くしなさい」


 シャルさんに焦った様子は見られない。なぜ戦闘中にもかかわらず、そんなことを言うのかその意図が分からない。


 ――でも、シャルさんは僕のスキルを頼りにしてるってことなのか?


「ちょっと探してみます!!」


「早くしてね。そのかわり、今回はスキルの購入金額の半額は私がみてあげるから、頑張るのよ」


 ――やっぱり僕のスキルを頼りに……よーし。


「ありがとうございます!」


 Aランクのシャルさんに頼られてようで嬉しくなった僕は、すぐにスキルショップを使用した。


 その間シャルさんは水魔法のアイスニードルや風魔法のウインドカッター、土魔法のロックニードルを放ち、分厚いゼリー体に阻まれ、途中で魔法がかき消されていた。


 けど、どうしてだろう。どうしてもシャルさんが手加減して適当に放っているように見えてしまう。


 ――時間稼ぎのために温存してるのかな……まあいいや、それよりも僕は僕のできるのことを、えっーと、何かいいスキルはないかな……


 僕は近くの木の陰に身を隠しスキルショップを使う。


 ――早く見つけないと……む、これは…ダメっぽい。


 膨大なスキルに頭を悩ませながらスキルを探す。


「……ん?」


 ――おお、こ、これなら!


――――――――――――――――――――


【名前:ルシールLv5】ギルドランクG

 

 戦闘能力:65→70

 種族:人間

 年齢:14歳

 性別: 男

 職業:冒険者

 スキル:〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉

 〈剣術レベル2〉〈治療レベル2〉

 〈回避UPレベル2〉〈文字認識〉

 〈アイテムバック〉

 魔 法:〈生活魔法〉


 *レジェンドスキル:《スキルショップ》

 所持金 :713カラ 

 借金残高:3,339,850カラ

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