第6話

 ウリボアを狩り続けて三日、今日もまた嬉々として僕はウリボアを狩っている。というのも、ウリボアを狩ることで取得したスキルにも慣れてきたし、生活魔法も一通り覚えた。

 

 それだけじゃない。ウリボアを狩るとそのは肉が食べれる。しかもこの依頼の報酬は500カラもあるんだ。薬草採取の二倍。


 僕は嬉しくて仕方ない。


――ふふ……


 三日で1500カラになった。だから僕は1000カラをシャルさんに返した。


 借りた金額が大きいだけにぜんぜん減った気がしないのは悲しいけど。少しでも早く返さないとね。


「へぇ、ルシールも光魔法のアカトールをようやく覚えたようね。臭い匂いがとれてるわね」


 光魔法のアカトールは身体の汚れを落としてくれる便利魔法だった。


 衣類には使えないけど寝食を馬小屋でする僕にとっては非常にありがたい魔法だった。


「えっ、僕ってそんなに臭かったですか?」


 僕は安さだけが売りの馬小屋に寝泊まりしているけど、これでも二日に一回は近くの川で身体を洗っている。


 前は一週間に一度だったけど、前に受付嬢から鼻をつまみ、しかめっ面で対応させたのがすごく堪えたから。


 でも、さすがに、いつもいい香りを放つシャルさんに臭いと言われるとショックが大きい。慌てて自分の両腕や服を嗅いでみる。


 ――くんくん、自分じゃ分からないや……


 シャルさんの反応が気になりちらりと横目に見てみると、シャルさんは何かを考えているように思える。


 何を考えているのか気になるけど、その考えている姿は、いつも綺麗お姉さんって感じなんだけど、たまに可愛らしく感じる時もある。


 ――ほんと不思議だな人、じゃなくて……エルフだった。


「うーんと、そうね……ああ、分かったわ。ウリボアと同じ匂いかしらね」


 シャルさんはやっと思い出したと言わんばかりに、いい笑顔を僕に見せる。


 ――ぐはっ!!


「う、ウリボア……」


 思った以上にキツい言葉が返ってきて、僕の心を深く抉る。頑張れ僕。


「……つまり僕はかなり臭かったってことですよね」


「あーでも、ほら……くんくん」


 シャルさんの顔が不意に近づいてくる。ドキッとするけど、シャルさんは僕の匂いを確認しているだけ、美人さんだからって変に意識しちゃダメだ。


「うん。今日は大丈夫よ。良かったわね」


 シャルさんが笑顔でそう言うのでよかったことにしとこうかな。


 嫌になってたらパーティーを組んでくれないはずだもんね。


 一人でシャルさんを見て、納得していると、シェルさんが不意に片方の耳に片手をあてた。


 ――ん? あれ、どうしたんだろう?


「ルシール。私の袋を取り出してくれる?」


 シャルさんが真剣な表情をしている。何かあったのだろうとは思うけど今は。


「は、はい。取出」


 僕は素直に頷くとすぐに、アイテムバックスキルからシャルの袋を取り出した。


「えっ!?」


 すると、取り出したシャルさんの袋にぶら下がっていた葉っぱの人形が突然動きはじめ、シャルさんに向かってとことこ歩き始めたではないか。


「に、に、人形が勝手に、歩いてる!?」


 僕は驚き腰が抜けそうにある。どうやら、ぶら下がっていた紐みたいに見えていたのが葉っぱの人形の両手だったようだ。


 とことこと歩いた葉っぱの人形はシェルさんの近くまで歩いて行く。シャルさんは慣れた様子で右手を差し出すと、その人形がシャルさんの右手にヒョイっと飛び乗った。


 それからシャルさんの肩まで駆け上がり、シャルさんの耳元で何やらゴニョゴニョと呟いている。


 僕にはぜんぜん聞き取れなかったけど、その葉っぱの人形は話が終るとパタリと倒れた。


 シャルさんも何事も無かったようにその葉っぱの人形を優しく両手で包み込むと、袋の、元の位置にもどした。


 ――何だ、今のは?


 じーっとその様子を見ていた僕にシャルさんが口を開く。


「言霊精霊なの」


「言霊精霊……? ですか」


「そう。エルフ族は言霊精霊を使って情報のやり取りをしているの。

 寄代人形になる人形は、みんなバラバラで決まっていないけど、私はこの葉っぱのリーフルくんを使っているのよ。可愛いでしょ」


 袋ごと持ち上げたシャルさんが、葉っぱのリーフルくんを僕に見せて微笑んでいる。

 あの袋、かなり重いのに軽そうに持ってる、なんて思ってはダメだ。


 リーフルくんは、長く細い手に、短い足がついた普通の葉っぱ。クリクリした丸いお目目がついている。


 よく見れば可愛く見えないこともない。


「はい、可愛いですね。ところで何かあったんですか?」


 ――何かあったのだろうとは思うけど、聞いてもよかったのだろうか?


 少し不安になりながらも、黙ってシャルさんの言葉を待っていると――


「んー。ちょっと南の森に用事ができたのよ」


 シャルさんはしばらく考えてから、僕にそう言った。


――南の森か……


 南の森だと僕にはレベル的にもまだ無理。足手まといになってしまう。そんなのは嫌だ。


 それに、シャルさんはAランクの冒険者。僕がいなくでも、いや、いない方がスムーズにその用事を済ませるだろう。そう思い至った僕は――


「……そうですか、大変ですね。気を付けて行って来てください」


 素直にシャルさんを送り出すことにした。がしかし――


「なに言っているのよ。ルシールも行くのよ」


 さも当然のようにシャルさんが僕に向かってそんなことを言う。

 しかも、少し呆れたような顔を向けているのは何で?


「シャルさん。南の森はレベル10の魔物が出ます(アレスたちがそう言ってたから間違いはず)。

 レベル4の僕では足手まといになりますし、下手したら死んじゃいますよ」


 呆れ顔のシャルさんに向かって首を振って否定する。


「そんなこと。気にしなくていいわ。大丈夫よ。私、付与魔法も使えるから」


 シャルさんが可愛くウインクしてみせる。本当に可愛いいんだけど、またまた僕の知らないことをシャルさんが言ってくる。


 ――……付与魔法って何?


「はい決まりね。じゃあ早速……」


「あー、待って、待ってください。付与魔法って何ですか。それだけでも教えてください。じゃないと不安で……」


 レベル差が6もある魔物の前なんて立ちたくない。

 僕は、踵を返して南の森へと身体を向けていたシャルさんのマントを軽く引っ張った。


 引っ張られたシャルさんは再び僕に顔を向けるが、不思議とシャルさんの口元が笑っているように見える。


――なんだろう。すごく不安になってきた……


「そうねぇ。付与魔法は簡単に言うと、使えば一時的に身体の能力を上げことかできる魔法、かな……(でも、その後に酷い筋肉痛に襲われるんだけどね)」


「身体の能力が一時的に増えるんですか。戦闘能力が一時的に上がるってことでいいんですかね?」


「そうそう、そんな感じよ。だから安心していいわ。低レベルでのレベル6の差なんて大して気にならなくなるわよ……多分」


 ――低レベルって……


 僕は少し嫌な気持ちになったけど、シャルさんに悪気はないようで――


「だからルシールは、心配しなくても大丈夫よ」


 笑顔でそう言った。


 ――はぁ……


 Aランクのシャルさんにとってはレベル10の魔物なんて、なんとも思ってないのだろう。


 それに、シャルさんが一緒に行こうと言うのだ、足手まといになりそうな僕に向かって。

 ここはもう、僕が気にしても意味がなさそうだと判断して、気持ちを切り替えることにした。


「分かりました。でも、そんな便利な魔法があるなんて、魔法って奥が深いんですね」


「うーんそう、かもね」


 ――ほんと、シャルさんに出会ってから僕の知らないことばかり……


 でも、それに不満はない寧ろ充実した気分で嬉しいのだ。


「じゃあ行くわよ」


「はい」


 僕はシャルさんと南の森に行くことになったけど、なんの準備もなく、そのまま南の森に向かうとは思わなかった。


「あれ、もう着きました?」


「そうよ」


 意外に近くてびっくり。その日のお昼前についてしまったのだ。


 想像では、南の森はもっと遠い位置にある。だから強くならないと辿り着けない、辿りつける他の冒険者はすごい。そう思っていただけに、ちょっと拍子抜けしたルシールだった。


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