第4話

「ねぇ、そこの少年」


 ――そうだ。帰りに売れ残ったパンでも買って、それから今日はもう帰って寝よう。


「……」


 いつものことで、慣れているとはいえ、人に笑われるのは気分がいいものじゃない。

 僕は暗い気持ちのままトボトボと肩を落としてギルドを出ようとした。


「こら少年」


ふいに、僕の肩に誰かの手が置かれる。


「!?」


 びっくりして振り返ると、そこにはマントを羽織った魔法使いらしい格好をしたエルフ族の綺麗なお姉さんがいた。人族の治る国にエルフ族の冒険者は珍しいが、いないことはない。僕も何度かエルフ族を見かけたことがる。


「無視をするな。スマイル少年」


「えっ、すみません。僕のことだったんですね」


 エルフのお姉さんはスラっとして僕より背が高く、長く金色に輝くストレートの髪を揺らしていた。


「きみ、なかなか面白いよね」


――またか……


「そ、そうですか……」


 この人も、エルフだけど、僕のスマイルスキルのことを小馬鹿にしているのだろうと、適当に聞き流していると――


「私も丁度ソロ活動に飽きていたところなのよ。どう、私とパーティーを組まない? こう見えて私、このギルドではAランクなのよ」


 にこにこと笑みを浮かべたエルフのお姉さんが、ウソのような話を持ちかけてきた。


「ぶっ! 僕とパーティー!? からかわないでください」


 きれいなお姉さんだからって僕は騙されない。一度嫌なことがあって、こう言った誘いには慎重になったんだ。

 第一、エルフのお姉さんがAランクの冒険者なら僕と組むメリットはない。それどころか大きく足を引っ張る自信があるから、デメリットしかないはず。


「からかってないわ。本当よ。本気で君を誘っているの」


――ウソだ。


 とても信用できない。僕は首を振りつつも、その理由を尋ねる。


「な、なんで、ですか?」


「ふふふ、それはね」


「それは……」


「君、持っているでしょ。レジエンドスキルの……」


 エルフのお姉さんは、スッー僕の耳元まで顔を近づけてくると小さくスキルショップと呟いた。


「!?」


 咄嗟のことに僕は反応できなかったが、不意に近づけてきたお姉さんの顔とお姉さんから漂ういい香りに、僕の顔がカーッと火照っていくのを感じる。


「ふふ、ねぇ、ルシールくん。どうかな?」


 ――はっ!?


「お、お姉さんがどうして、それを」


「んー、じゃあ……ちょっとあそこで話をしましょうか」


 僕はお姉さんにイタズラが成功したような笑みを浮かべると、ギルド内の奥にあるテーブル席に指を差す。


「ほら」


 そして、お姉さんは僕の返事を待つことなく、強引に僕の手を取ると、そのテーブル席まで歩き出した。


「え、うわわ」


 お姉さんの細腕のどこにこんな力があるのか、僕は抵抗する間もなく、引き摺られる形でギルドの一番端のテーブル席まで引っ張られ、テーブルを挟みお姉さんの前に座らされた。


「私はシャルロッテって言うのよ。シャルっ呼んでもいいわ」


「あっ、はい。シャルさん?」


「……うん、それでいいわ。それで今、君が一番気になっているのは、どうして私が君のスキルのことを知っているのかってことよね」


「は、はい」


「ふふ。それは簡単よ。私が鑑定魔法を使ったからよ」


「えっ、魔法……、そんな魔法があるんですか?」


 僕が知らないだけ? 僕は鑑定魔法なんて聞いたことないし使っている人を見たこともない。


 だからギルドには鑑定する魔道具が置いてあるんだと思っていた。

 その魔道具も、何とかって魔法国でしか買えないとかどうとか……冒険者のおっちゃんたちが話していたのを聞いたことがある。


「普通にあるわよ。エルフ族にはね」


「エルフ族に……じゃあ人族には……」


「ないと思うわ」


「……じゃあ、それは普通じゃないよ」


「そんなことはどうでもいいから、ほら、それより返事は? 私とパーティーは組んでくれるの?」


「それ、本気で言ってます?」


「もちろん本気よ、ほら返事しなさい」


 変な人だけど、悪い人には見えなかった。それにきれいなお姉さんには憧れがある。


――英雄は孤独だったけど、その周りにはきれいな女性がよく登場していた。って登場? あれ、なんだこれ……


「ほら」


 エルフのお姉さんが早く返事をしろと顔を近づけてくる。


「ぼ、僕は……」


 こんなきれいな人一緒に活動できたらどんなに幸せだろうか。そう思ったけど、僕が足を引っ張ってしまうのは明らかだ。それはできないと思い、正直に話す。


「ぼ、僕ははっきり言って弱いです。それはもう……とんでもなく。だから……」


無理だと言おうした。


「そんなのは分かってるわよ。だって私は鑑定魔法で君を見て知っているのよ。君がかなり弱いってこともね」


 でも言う前に、遮られたお姉さんの言葉で何も言えなくなった。


「……」


「ほんと、ここまで弱い人見たことないわよルシールくん」


 名前まで分かっているってことは本当のことを言っているのだろう。

 あ、でもギルドで僕がルシールと呼ばれているのを聞いていたってのもあるのか、ってそんなのは今さら関係ないか。


「ぅ……」


 僕が黙りとしたためか、お姉さんがそっぽを向いて尋ねてくる。少しは僕のことを気にしているらしい。


「それで、どんなスキルなのよそれは、早く言いなさい」


 気にしているように感じたのは僕の気のせいだったらしい。

 これはただ、僕のスキルに興味があってその内容を知りたいだけだったらしい。


 ――もう逃げよう。


 そう思った瞬間、ガシッと僕の腕を掴んだお姉さんが笑みを浮かべた。


「ふふふ」


――言うまで離さない気だ。


 しかも握られた腕がピクリとも動かせない。僕は諦めて仕方なくスキルの内容を話すことにした。


「はぁ、これは簡単に言うとお金でスキルが買えるんです。はい終わり」


「はい終わりって君ね……まあいいわ。でもそれ面白そうね」


「面白いですか」


「面白いわよ。それで、どんなスキルが買えるのよ?」


 お姉さんは何やら勝手に期待しているようでキラキラした瞳を向けてくる。


――うっ……


 でも僕は字が読めないからこれ以上は教えることができないのだ。


「えーっと、その。沢山あるのは解るんですけど、ぼ、僕は文字が読めなくて、何があるかさっぱり……なんですよね……ハハハ」


「文字が読めないの」


「……はい」


 シャルさんの表情から一瞬だけ笑みが消えた気がしたけど……


「ぷっ。なーにそれ、ルシールくん面白すぎよ……ふふふ」


 気のせいだったようだ。シャルさんは一頻り笑った後、また口を開いた。


「ごめんなさいね、少し笑い過ぎたみたい……そうね、この文字、は解らないわよね……この形に似た文字はある? あったらいくらするか教えて」


 シャルさんは紙にその文字を書いてくれた。


 僕にはそれがなんて書いているのか分からなかったけど、僕はその形をした文字を探してみた。


 しばらく探していると……


 ――これかな? これがよく似ている。


 僕は、片目を開けたり閉じたりして紙に書いてある文字とスキルショップの画面とを見比べ確認した。

 スキルショップは目を閉じるとその画面が頭の中に表示されるのだ。慣れると片目でも表示したままにできる。


「えっと、その文字の形は……ええっ1と5に0が4つですね」


「ん~そう。15万カラってことね。はい、これで試してみて」


 シャルさんは1万カラの金貨15枚を僕の手のヒラに置いた。


「ぶっ! 何ですかこのお金は」


 金貨なんて初めて見た。だから触れたことはもちろんない。金貨の重みに右手が震える。


「何ってそのスキルを買ってみてよ」


「スキルを買ったら金貨は返って来ませんよ。たぶん」


 買ったことないからはっきりとは言えないけど、そんな気がする。


「いいから使ってみてよ」


 そう言ってシャルさんが軽くウィンクする。


 思わずドキッとするけど、それで分かりましたとは素直に言えない。


 だって、毎日の生活でいっぱいいっぱいの僕では、金貨一枚でも返せる気がしないんだ。


「……でも」


「いいの、だから早くしなさい」


「だ、だって僕が見たことのない金貨が15枚もですよ。15枚。これってとんでもない金額なんですから」


「そうなの知らないわよ。もう、いいから早くしなさい、ね」


 シャルさんの語気は柔らかく笑みを浮かべているけど、断わったら僕の人生が終わりを迎えるような気がした。


 ――うっ。


 シャルさんの笑みが怖い。だから僕はこれは納得できなくても承諾する選択肢しかないのだと悟った。


「ほら、早くしなさい」


「わ、分かりました。でもいいんですよね。金貨無くなりますよ。いきますよシャルさん。も、もう知りませんからね?」


「言いって言ってるでしょう」


「……」


 諦めにも似た気持ちで、僕は右手に金貨15枚を握りしめて瞳を閉じた。


 すると、ほとんど黒かった文字の一部が白く表示されている。


――うわぁ……やっぱり白くなったところが買えるんだ。


 僕は早速、シャルさんに書いてもらった形に似た文字を選択しすると、右手にあった金貨の感覚が突然無くなり頭に無機質な声な響いてきた。


【ルシールは文字認識スキルを取得した】


 ――うおおお。


「文字認識スキルだったんですね」


「凄いわね。本当にスキルが増えてるわ」


 シャルさんは驚きながらも周りに聞こえないよう小さな声で言う。


「分かるんですか?」


「ええ。気になっていたからね。ずっと鑑定魔法のサーチを使い続けていたのよ。

 ところで、これでルシールは文字が読めるようになったのかしら?」


「えっ」


 試しに僕の全財産313カラを握って瞳を閉じてみる。


「す、すごい。全部読める。読めますよシャルさん」


「そう」


 〈お辞儀15〉に〈競歩30〉〈木を研ぐ35〉そんなスキルが白く表示されている。


 間違いなく読めるようになっているけど、意味の分からないスキル名も沢山あった。


「ありがとうございますシャルさん」


 僕は嬉しくなってシャルにお礼を伝えた。


「ん? 誰もあげるとは言ってないのよねぇ」


 シャルさんがイタズラが成功したような笑みを浮かべている。


「へっ? ええっ! じゃ、じゃあ僕は、どうすれば……」


 ――これって騙されたってこと?


「そうだね。うん、身体で払ってもらうとするわ」


 シャルさんが、少し考える素振りを見せて、そんな提案をしてくる。かなり嬉しそうに見えるのはなぜ。


「そ、そんなぁ」


「でも戦えないとお金払えないわよね。戦闘スキルがね。そうだわルシールくん。後いくら貸したらいい? 正直にお姉さんに言いなさい、ほら」


「ひぇぇぇ」


 僕はそのあと料理、洗濯、剣術レベル2、治療レベル2、回避力UPレベル2、を買った(シャルさんに薦められた)。


 僕は知らなかったけど、料理と洗濯ができる男はカッコよくてモテるんだってシャルさんが教えてくれた。


――ふふふ……


 戦闘スキルのみ買った後に、そんな話をシャルさんがするもんだから、思わずシャルさんにお願いしてまで買ってしまったけど、シャルは心良くお金を貸してくれた。


 そうそう、剣術スキルは素振りをしていたお陰で150カラの値引きがあった。


 それでも僕はシャルさんから2,840,850カラも借金することになったんだ。とほほ。



 ――――――――――――――――――


【名前:ルシールLv3】

 

 戦闘能力:15→60

 種族:人間

 年齢:14歳

 性別: 男

 職業:冒険者

 スキル:〈スマイル〉〈料理〉〈洗濯〉

 〈剣術レベル2〉〈治療レベル2〉

 〈回避UPレベル2〉〈文字認識〉


 魔法:無し

 *レジェンドスキル:《スキルショップ》

 所持金 :313カラ 

 借金残高:2,840,850カラ


 ―――――――――――――――――――


 ★スキル・魔法レベル補正(目安)★

 Lv1=威力1.2倍・(初心者レベル)

 Lv2=威力1.5倍・(騎士レベル) 

 Lv3=威力2倍・(騎士団長レベル)

 Lv4=威力2.5倍・(将軍レベル) 

 Lv5=威力3倍・(達人レベル)



 ★簡易魔法補足★

 火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、光魔法、闇魔法、空間魔法、回復魔法……など。

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