第3話

「はい、確かに薬草10束あります。こちらがその報酬の300カラだね、ルシール君が毎日薬草を持って来てくれるから助かるよ。ランクが上がっていくと誰も薬草の採集はしてくれなくなるからね」


 ここはギルト内にある報告完了報告カウンター。

 いつも恰幅のいいおばちゃんが笑顔で対応してくれる。


「は、はい」


 おばちゃんは褒めてくれるけど、気持ちとしては複雑だった。


 報酬は300カラ。これがいつもの僕の報酬。馬小屋に50カラで寝泊まりさせてもらって残りの250カラで生活している。


「よお、ルシールどうだった。スキルは手に入ったか?」


 声を掛けられ振り向くと、アレスたち四人がいた。

 今の声はラインだと思うけど、そのラインは気分がいいのか、にやにやした顔をしている。


「あっ、アレス! ありがとう。一応だけどスキルは身に付けることができたよ」


 でも、文字の読めない僕には過ぎたスキル《スキルショップ》だ。もう一つは戦闘に役に立たない《スマイル》。


――お礼は伝えたかったけど、スキル内容はまだちょっと言いたくないな……


「え!? スキルを身につけた? ル、ルシール先輩。それはよかった、ですね……」


 アレスの歯切れが悪い。どうしたのだろう。

 ふと、そんなことを考えていると僕を見るラインが目を細めた。


「おいルシール。それ本当かよ! ウソつくな」


 ラインが強い口調で詰め寄ってくるが、僕にはそれがどういうことだか意味が分からない。


 ――んん? みんなもスキルもらったんだよね?


「本当だよ。アレスの教えてくれたとおりだった、けど、なんでさ?」


 いつの間にか、アレスのパーティーメンバーや、聞き耳を立てていた他冒険者たちから疑いの眼差しが僕には集まっていた。


 ――どうして……


「……本当だって。もしかしてみんなは疑っているの?」


 どうしてみんなから疑われているのか分からない。


 僕はただアレスに教えてもらった通りにスキルのダンジョンに行った。そして、スキルを授かったのだから。


「お前……ふざけるな! あんな弱っちいゴブリン相手で、直ぐにスキルを習得できるわけないだろ!!」


 僕はラインの剣幕に思わず後ずさりしてしまう。一応、僕の方が年上なんだけど、力じゃ敵わないから。


「だってアレスが……それにゴブリンじゃなくてスキル神像様に僕は……」


「こいつ、まだウソを言うのか!」


 僕の胸ぐらを掴もうとしたラインの手をアレスが掴んだ。


「やめろライン! ここで騒いだらギルドに迷惑だろ」


「うぐっ」


「ギルドの受付で鑑定してもらいましょう。そうしたらみんなも納得できるだろう。ルシール先輩もそれでいいですよね」


「え、あ、う、うん」


 どうしてこうなるのか。アレスの雰囲気に流されて僕は嫌々ながらも頷くしかなかった。


「そうだな、それならルシールがウソをついたってすぐに分かる」


「……すみません。セレさん、もうお分かりだと思いますけど、このままではギルドにも迷惑かけてしまいます。ルシール先輩を鑑定してもらえませんか?」


 アレスがギルド受付嬢のセレの前まで歩いていくと、頭を下げ丁寧に頼んでいる。


 話を振られた受付嬢のセレはギルド内の様子を見ていたらしく、アレスに声を掛けられ嬉しそうに頷く。


「アレスくんの頼みならしょうがないわね。みんなにも迷惑をかけているようだし……」


 アレスに笑顔を向けていた受付嬢のセレさんが、僕に顔を向けて鼻で笑う。


「ではルシールさん、他の方に迷惑ですので、早くこちらへ。この鑑定水晶に触れて下さい」


 受付嬢のセレさんがカウンターの下から鑑定水晶を取り出した。


「は、はい」


 僕はみんなから急かされながらも鑑定水晶に触れた。


 僕がこれに触れたのは登録時と、今とで二度目。触ってみたけど水晶がヒンヤリ冷たいくらいで何も反応がない。


――鑑定できてるんだよね? 


 僕が鑑定水晶を眺めつつ疑問に思っていると――


「はい。もう結構です……鑑定結果ですが、スキルは……ひ、一つ、あります」


 受付嬢のセレさんが驚き戸惑いを含む表情でそう口にした。


 疑っていたみんなからどよめきが起こるが、僕も驚いている。


 ――あれ、一つ? スキルは二つあるはずなんだけど……夢でも見てたってこと!?


 僕は慌ててステータスを確認してみた。


 ――よかった。夢じゃなかった……


 そこにはたしかに二つ表示されていた。


 ――でも、なんで?


 僕が疑問に思いステータスの確認をしている間にもアレスたちは受付嬢のセレにその詳細を尋ねていた。


「セレさん、それはなんと言うスキルですか?」


 よく見ればアレスは引きつった表情で笑みを浮かべている。


「それは……〈スマイル〉というみたいです。わたしも初めて見るスキルですね」


 ルシールは知らないが、通常ならば、スキルというのは身の危険にも晒す場合があるため、本人の同意なしには答えていけないはずなのに、受付嬢は勝手にその詳細を伝える。


 ――スマイルの方だけが出たんだ……


 これも、どうしてだか理解できない。

 僕一人、思案の渦に飲み込まれいる間に周りで話がどんどん一人歩きして、大きくなっていた。


「おい、お前〈スマイル〉だって、そんなスキル聞いたことあるか……」


「いや、知らねぇ」


「俺も……」


 みんなが首を振り、隣や周りに者に確認するが、誰もが初めて耳にするスキルだった。


 その声は次第に賞賛する声もちらほら上がり……


「すげーな。このギルドから未登録スキルがでたぞ」


「ああ、すげーな」


――ちょ、ちゃっとなんかやばい気が……


 話がどんどん大きく膨らんでいた。スマイルスキルがどんなスキルなのか知っている僕の心の内はヒヤヒヤ。背中は汗でびっしょりに。


 ――バレる前に早く帰ろう。


僕がそう思い至った時だった……


「すみませんでした。ルシール先輩」


アレスが僕の方を見て頭を下げてくる。


「い、いや、いいんだ。ホントだって分かってくれさえすれば僕は別に……それじゃ僕はこれで」


――いまだ、逃げよう……


「待って下さい、ルシール先輩」


 何事なかったように、軽やかにギルドを出ようとしたら、背後から待ったの声がかかる。アレスだ。


 ――まずい嫌な予感がする……


「ど、どうしたのアレス?」


「あの、その、ルシール先輩。俺は〈スマイル〉というスキル名を初めて聞きました。俺にそのスマイルのスキルを見せてください」


「えっ」


「お願いします」


 アレスが深々と頭を下げた。そんなアレスは僕の返事を聞くまで頭を上げないらしい。


――うっ……


 するとアレスの仲間たちも、アレスが頭を下げたからか、嫌々ながらも遅れて頭を下げてくる。


「アレスが言ってる。俺からも頼みたい」

「お願い」

「……見せて」


 ――なぜ、こんなことに……ううっ、あ、あ、あれは見せたくない。笑われてしまう。


 戸惑い返事をしない僕に、今度は周りから批判の声が飛んでくる。


「見せてやれよ」

「そうだそうだ」

「それとも俺たちには見せたくないのかよ」


「あ、あの、その……」


「見せろよルシール。減るもんじゃないんだろ、それともここじゃ見せれないほど強力なのか?」


 ラインが待ちきれなくなったのか、下げていた頭を上げてジロリと睨んでくる。周りからの野次も見せなければ治りそうにない。


 ――も、もうダメだ……言い逃れできそうにない。


 そう思った僕は色々諦め仕方なく頷いた。


「わ、分かったよ」


「本当ですか、ルシール先輩。ではお願いします」


 ――うっ、美少年の笑顔が眩しい。


「……笑わないでほしい」


「笑う?」


 アレスは僕の言っていることが分からないみたいで、首を傾けていた。


「それじゃ、はっ!」


 僕はスマイルスキルを使った。


 ――か、顔が勝手に……


 ルシールはニッコリ微笑んだ。


「ふう、これをすると顔の筋肉が、引っ張られて……」


 ギルド内がシーンと静まり返っている。


「……」


「な、何をしたんですかルシール先輩?」


「い、いや、だからスマイルを使ったんだけど……はは、スマイルをね……」


「……」


「ぷっ、はははは、ただ笑っただけじゃないか、なぁアレス。くっははは」


「ル、ルシール先輩……くっ、俺はこんなスキルのために頭を……」


 ギルド内は静寂あと、爆笑の渦に包まれた。


「いや~さすがルシールだわ。凄い威力だったぜ。みんなの期待を裏切らないわ」


 ラインがニタニタ笑みを浮かべ、ぽんぽんと僕の肩を叩いた。


「もういいライン行くぞ。あっ、ルシール先輩ありがとうごさいました」


 アレスは僕を見ることなくそう言うと、そのままギルドを出ていった。


 ギルドにいた他の冒険者も……まだ、笑っている人もいるけど、ほとんどの冒険者は酒場の方へと消えていった。


 ――はは……こうなると思ってた。でも、いいんだ。笑われるのは慣れてるから……

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