第2話


 ――ギルド内 《アレス視点》――


「ねぇアレス。さっきのダンジョンってたしか地下二階までしかない、ただの初心者用のダンジョンでしょう?」


 マリアが気の毒そうにギルドの入り口を眺めてそう言うが、冒険者なら誰でも知っている当たり前の情報だった。


「そうだよ。でも昔は本当にスキルダンジョンって呼ばれていたから嘘は言ってないよ」


 アレスから悪びれる様子は見られず、澄ました顔でそう返した。


 すると、フレイがため息混じりに毒を吐く。


「無知は罪。スキル貰って活躍できる話なんて物語の中だけよ」


「だよな。あはははは。しかし、さっきのルシールの真剣な顔、ありがとう! だってさ。馬鹿じゃねぇの」


 ラインが大きな口を開け笑いながら、バシバシとアレスの背中を叩く。


「ライン背中を叩くな。俺は魔物と戦いもしない、ゴブリンも倒せないような奴を冒険者だと、語っているのが我慢できなんだよ」


「アレス……でも、あの人弱いし一人よね? 大丈夫かしら?」


「おいおい、マリアぁ……たかだかレベル2のゴブリンが出るだけのダンジョンだろ? 目隠ししてたって死ねる自信ないぞ、くくく」


「それはラインだからよ。でもあの人……」


「そう、なら、マリアがついて行けばいい」


「もうフレイの意地悪。どうしてそうなるのよ。それに、私はアレス以外とは誰ともパーティーを組むつもりはないんだから」


「ふふふ、ありがとうマリア」


 アレスが優しい視線をマリアに向け微笑みを向けると、照れたマリアの顔が真っ赤に染まる。


「さあ、アイツの話はここまでだ。そろそろ、俺たちは南の森にでも行ってみようか?」


「いく」

「はい」

「いこぜ!!」


「じゃあ、決まりだな。南の森はLv10の魔物が出るから、気を付けていこう!」


「おおっ」


 ――――

 ――


 僕は今、スキルダンジョンの外にいる。中にはまだ入っていない。


 ダンジョン内を外から覗き様子を見ているんだ。


「教えて貰ったダンジョンはここだよなぁ。近かったけど……本当にスキル貰えるのかな……凄いダンジョンなんだよね?」


 辺りを見渡すもこのダンジョンに入ろうとする冒険者は誰もいない。


「むむ」


 誰かこないかと様子をみるが、たやっぱり誰も来ない。

 このまま何もしなければすぐに日が暮れてしまう。ここまで来て、それは嫌だった。


 ――よ、よし! は、入る。入ってやるぞ……


 僕はそろりと右足だけを踏み入れて、きょろきょろと辺りを見渡した。


 自慢じゃないが、スキルや魔法が使えなくて仲間の一人もいない僕がダンジョンに入るのはこれが初めてだ。


「ダンジョンだもん。やっぱり魔物はいるよね?」


「……」


 僕の問いに返事はない。当然だ、僕は一人なのだから。ダンジョン内にも冒険者らしき人物は見当たらなかった。


「魔物さーん、いますか〜、いたら返事ください〜」


「……」


 ダンジョン内に僕の声が響く。


 しばらく待ってみるけど、返事はない。なんの反応もなく辺りはしーんと静まり返ったままだ。


 魔物の足音すら聞こえてこない。これで本当に魔物がいるのかと疑ってしまうほど静まり返っている。


 ――ええい。スキルのためだ。


「でも、お願いです。魔物さんは出ませんように……」


 僕は祈りながら、左足も前に出してダンジョン内に入れた。


 ――魔物が出たらとにかく逃げよう。もうそれしかない。


 不安ながらもスキル獲得という、一縷の希望を持って僕はダンジョンに挑んだ。


 ――あれっ?


 僕の目の前に丸い水晶みたいなものを持った老人の巨大像がある。


「着いた、の?」


 冒険者にも、魔物にも遭遇せず、僕は最下層の奥の部屋にあっさりと到達した。


「着いたんだ」


 ほぼ一本道だった。地下二階までしかなかったけど、罠や隠し通路らしいものもなかったと思う。


 魔物にも遭遇しなかった今日の僕は運がいい。


「ふふふ。これがスキル神像、いや、神像様だね。い、意外に大きいなぁ」


 僕は神像様を見上げながら、ゆっくりと神像様に近づいた。


 ――あれ?


「この後どうすればいいの?」


 巨大な神像様の周囲をぺたぺた触れながら回ってみるが、怪しいところは何もない。


「素直にお願いすればいいのかな? 神像様スキル下さいって」


 ――ん? 今何か……


 後ろから何かの足音が聞こえた気がした。あわてて通路の方を振り返ってみると……


「ゴフ、ゴブブ!!(あそこぎゃ。久し振りに人族の子供の匂いがすると思ったらいたぎゃ、久しぶりのご馳走だぎゃ!!)」


「ゴブブブ!(ご馳走、俺の物だぎゃ)」


 ――ええっ!


「な、なんで、なんでゴブリンが……」


 ゴブリンの群れが僕の方へ近づいて来ている。


 ここから見えるだけでも先頭に二体、さらにその奥にもゴブリンの肩や頭がチラチラ見えているから、十体近くはいるだろう。


「ど、ど、どうしよう……」


僕は一対一でも負ける自信があるんだ。


 ――どこにいたんだよ、一本道だったよね? 通路に窪みなんてあった……? いや、いまはそれよりも逃げないと。


 ゴブリンの方を確認しながら後ずさりした僕は、スキル神像様の後ろに隠れた。


 ――どうしよう、どうしよう。


 でも、すでに見つかっているので隠れたって意味がないことは分かっているんだけど、気持ちの問題なんだ。


 ――ああ、ゴブリンがこっちに来る。来ちゃうよ。


 ズンズンッズンズンッと足並み揃ったゴブリンたちの足音が響いてくる。


 ――もうダメだ、あれは数が多すぎる。これが……よく冒険者のおっちゃんたちが話していた詰みってやつですか。


 ――いやだ、そんなの嫌だよ。


 どうすることもできない僕はスキル神像様を見上げて正座をして両手をつき、僕は大声で叫んだ。雨乞いみたいな格好だ。


「スキルの神像様……スキル神様ぁぁぁ……助けて下さいぃぃ。僕にスキルをくださいぃぃぃ、おねがいしますぅぅぅ」


 僕の心からの叫びがダンジョン内に響きわたる。が、なんの変化もない。


 ゴブリンたちの足音は近づくにつれ、ズンチャカ、ズンチャカ、とリズミカルな足音へと変わっていた。


 まるで、獲物が獲れる喜びを表現しているようないやな足音だった。


「ぁぁああ、もぅ、もう、ダメだぁぁぁ、そこまで来てるぅ~」


 僕は、ゆっくり立ち上がると、ガクガク、ブルブル、震える右手で短剣を構えた。


 足が震える。辛うじて踏ん張ってはいるが、恐怖で、膝はガクガク笑っていた。


 これは武者震いじゃない。本当に怖いんだ。


「う、うっ……僕は食べても美味しくないんだぞ」


 誰に言うでもなくぼそりと呟いてみる。


「も、もう。や、殺るしかないんだよね」


 ごくりと生唾を飲み込んだ僕は覚悟を極め、スキル神像様から手を離し、ゴブリンの前にゆっくり歩み出ようとしたその時――


 チカチカッ!!


 スキル神像様が明滅しながら輝き始めたのだ。


「な、なんだっ」


その光が激しさを増す。


「うっくっ! ま、眩しい」


 ――い、いったい何が!?


 眩しくて目を閉じてしまうが、ゴブリンたちも足音が聞こえないから、その動きを止めてくれているはずだ。

 この隙に逃げたらいいんだけど、眩しくて目が開けれないからそれは無理だった。


 だが、ゴブリン側からザワザワとかギャァギャアとか、騒く声は聞こえてくる。


 そうしている間にも益々光が強くなっていく。


「なんだよ、それ。ま、眩し過ぎる……」


 目を閉じていてもその光が差し込んでくる。


「ゴブブブ!(目が、目が痛いだぎゃ!)」


「ゴブブゥゥ!(こ、これは危険だぎゃ。逃げろ!)」


  僕は、あまりの眩しさにまだ目を開けることができない。


 ――ゴブリンはどうなった? こっち来るなよ。


 足音は聞こえないけど、いつこっちに雪崩れ込んでくるかもしれない恐怖から、


「来るな、来るなよっ」


 僕は何もない空をがむしゃらに斬って斬って斬りまくっていた。


 ブン、ブン、ブン!!


 途中で目を開けようと試みるけど、眩しくてまだ無理だった。

 息が上がってきて苦しいが、僕は必死に短剣を振り回しつつその眩しさが治るのを待った。


 長い時間スキル神像様は輝き続けていたと思う。


 僕は見えない恐怖と戦い、短剣を振り回した疲労でおかしくなりそうだった。


「はぁ、はぁ、も、もうダメだ……」


 息が上がり苦しくて、そう思った瞬間、ふわっとした浮遊感が僕を襲ってきた。


 ――ふぇっ、こ、今度はなんだ!


 見えない恐怖に備えるように全身に力が入る。気持ちは亀のように硬く。


 ――ぐぅっ……


 しばらく力を入れ続けてみるが――


 ――あれ、何も起こらない?


 それどころから浮遊感はすでになく、僕はどこかの地にしっかり足をつけているのが分かった。


 恐る恐る目を開けるとそこは――


「あれ、ダンジョンの外?」


 ――何故?


 辺りにゴブリンの気配はなかった。


「助かった、のか?」


 そう、思った時、頭の中に何やら無機質な声が響いてきた。ら


【ルシールは《スキルショップ》のスキルを取得した】


 はじめて経験する感覚だった身体の内側がほんのり温かくなっていた。


「スキルショップ?」


 状況が飲み込めず思わず辺りをきょろきょろと見渡してしまったが、響いてきた声を思い出した僕の瞳は大きく見開いていたと思う。


「今、スキルって聞こえた!! 絶対聞こえたよ! これが神託ってやつか? あ、そうだ」


 これまでは、レベルも上がらずステータスに一つもスキルや魔法がなかったから見る必要がなかったもの。僕はこれをみるのが嫌だった。


 ――ステータスオープン。


【名前:ルシールLv3】

 種族:人間

 年齢:14歳

 性別:男

 職業:冒険者

 スキル:無し

 魔法:無し

 *レジェンドスキル:《スキルショップ》

 戦闘能力:15



 *戦闘能力=30が一般成人男性の平均、スキルや魔法に武器の性能により誤差が発生する。

(例)ゴブリン:戦20 スライム:戦15


 ――ある……スキルがあるよ……


「あはは……やった、スキルだ!! 僕にもスキルが……」


 涙で視界が歪むけど、僕はスキル神像様にお礼を伝えたくて仕方なかった。


「スキル神像さまぁ、ありがとうごさいます。ありがとうごさいます」


 僕は何度も何度もお礼を言った。しばらく嬉しくて涙が止まらなかった。


 ステータスを何度も眺め満足した僕は、ふと、そのスキルに疑問を抱いた。


「スキルショップってどんなスキル?」


 僕がそう口にすれば、その問い応えるように、また頭の中に声が響いてきた。


【このスキルは、右手にお金を持って目を閉じることで使用し、スキルを買うことができる便利なスキルじゃ。努力した分はしっかりとサービスするぞぃ】


「おわっ! ビックリしたぁ」


 ――でも、スキルの詳細が解るなんて……スキルってすごい……


 この時の僕は勘違いをしていた、全てのスキルに解説があるものだと……


 ――――

 ――


 ――スキルダンジョンのスキル神像の間――


 スキル神像の上に、その神像にそっくりな老人が座っていた。


「ふぉふぉふぉ、面白いのぉ。稀に見る純粋な少年が来たものだ。かなり、臆病だが、臆病だからこそ無理もするまい」


 老人は楽しそうに水晶を覗いている。


「しかし、いつぶりかのぉ~、また、楽しくなりそうじゃわい。ちと、サービスで詳細を伝えてしもうたが、うまく使えるといいがのぉ、ふぉふぉふぉ……ふおぉ、もう時間じゃな」


 そう呟いた老人は、ぐにゃりと揺らぎ光とともに消えた。


 その後にはいつのも静かなスキル神像の間となっていた。


 ――《ルシール視点》――


 僕は早速右手に全財産の13カラを右手に持った。

 そして目を閉じて《スキルショップ》を使う。


 ――おおっ!! 何か凄いぞ、何かいっぱい書いてある。


 ――……えーと、一番上に13とあるけど、僕の持っている13カラと一緒。これが所持金なのかな?


 あとはズラッーと黒文字が見えているけど、一番上には白文字で何か表示している、その横には0とある。


 ――そうだった。僕は文字が読めないんだった……


 そう、僕は字が読めない。ギルドの依頼はいつも字の形を覚えて同じものを受けていた。

 頼めば、イヤそうだけど、受付嬢は親切に教えてくれていたし、覚える必要性がなかったんだ。


 ――取り敢えず黒い文字はダメってことだろうから、この白い文字を選択してみよう。とは思っても0のやつは、これ一つしかないね。


 僕はその白い文字で0と表示しているヤツを選んでみた。


 ――これでっ……いいのかな?


【ルシールはスマイルスキルを取得した】


 またもや無機質な声が頭に響いてきた。


 ――うわぁ、やったよ。これスマイルって言うのか。

 今日だけで二つも……くふふ、これは凄いぞ。

 あ、でもスマイルってなんだろう……試しに使ってみよう。


 そう思った僕は早速そのスキルを使用してみた。


「スマイル!!」


 僕がそう言った途端、顔中の筋肉がむずむずしだした。


 ――え、え、おわっ……な、何、顔が勝手に……


 ルシールはにっこり微笑んだ。


「……」


 ――ち、ちがあぁぁう!! 僕はこんなスキル望んだわけじゃないんだぁぁぁ……ぅぅぅ……


 僕は笑顔のまま涙を流した。


 ――――

 ――


 しばくして立ち直った僕はギルドの依頼を思い出した。


「おっとそうだよ。こんなことしている場合じゃなかった。

 僕はギルドの依頼を受けていたんだ、早く薬草を採集してギルドに帰ろう。もちろんアレスにお礼言わないとね」


 僕は、手早く薬草を採集するとギルドに戻るのだった。

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