第1話

ここはマクール王国、人族が治める国。


 この国の王都クイールの周辺には森、洞窟、湿地帯、渓谷、山脈などにさまざまなダンジョンがあり、いや、ダンジョンまでの中間拠点としてできた村が発展し王都と呼ばれるまでになっていた。


 そのダンジョンは誰でも挑戦できるような簡易ダンジョンから、ベテラン冒険者でも気を抜けばすぐに命を落とすようなダンジョンまで広く網羅していた。


 それゆえ冒険者たちにとっては始まりの街とも冒険者の聖地とも呼ばれていた。


 そんな街だからこそ、行き交う商人や一攫千金を夢見る冒険者で賑わい、活気溢れる街だった。


「ほら、またあの子よ」


「ぷっふふふ、あの子ああやって悩んでるけど、いつも同じ依頼書を持ってくるのよ。見てて……」


 ここは、冒険者ギルド、そんな会話をする受付嬢の視線の先には、掲示板の前で悩み依頼を探す少年がいた。


「ぷっ……何それ笑えないんだけど、冒険者やめればいいのに」


「ほんとよね……あはは」


「見て見て、ほら取ったわよ」


「あはは、ほんとだわ」


「そこ、静かに!! みんな見てるわよ」


「はいはい」

「はーい」


 その少年は、自信なさげでどこか印象は薄い。

 体格は線が細く頼りない。どこか幼さが少し残る黒髪の少年だった。


 ――――

 ――


 僕はルシール14歳。職業は冒険者だ。


 子供の頃よく読んだ英雄物語や、異世界勇者伝説に憧れて家を飛び出した。


 僕はみんなの憧れる冒険者になりたかった。助けを求める人々の力になりたかったんだ。


 どんな困難があろうとも絶対に冒険者になってやろうと気合いを入れて冒険者ギルドの門をくぐったんだけど……


「はい、今からあなたは冒険者ですよ」


「……えっ」


 受付のギルド嬢にそう言われて冒険者プレートを手渡された。


「試練は……?」


「はい? ルシール様……次の方が後ろに支えてますので……」


 後ろを振り返えれば、僕の後ろに並んでいる冒険者が不機嫌そうな顔を隠そうともせず僕を睨んでいる。


「あっ、ごめんなさい」


 そう、僕はその日、簡単に冒険者になれてしまったのだ。


 僕は知らなかったのだ。冒険者ギルドに登録すれば誰でも冒険者になれるということを……


 そんな僕は、王都で活動している。


 王都は安全なんだ。騎士団が定期的に巡回し魔物討伐しているのもあるが、冒険者の数が多いのもある。


 そのため王都周辺には湧いたばかりのスライムやウリボアなど最下級の魔物(レベル2程度の魔物)くらいしか発生しない。


 魔物は魔素から発生するらしいく、定期的に間引く事で強力な魔物の発生を未然に防いでいるんだ。と他の冒険者が話してるのをたたまたま耳にした。


 ――じゃあ、その魔素は何処からくるの?


 残念ながらそんな疑問を聞けるほど親しい仲間がいないため、僕の疑問は絶えることがないし、この答えもまだ知らない。


 そんな僕は、はっきりいって弱い。情けないほどに……


 冒険者歴二年にもなるのにレベル3、スキルなし、魔法もなし。


 戦闘経験も少なく……ごめんなさい嘘です。

 戦闘経験は全くないです。

 

レベルは薬草採集の経験値で上がりました。


 そう、普通に生活しているだけで誰でも経験を積むことができるから。


 ある一定の条件を満たせばレベルアップ時に戦闘能力が大幅に上がるらしいけど、残念ならが僕にはそんな経験はない。


 レベル1の頃から比べても戦闘能力はだったの2しか上がってない。たったの2なんだ。大幅ってどれくらい上がったら言うんだろうね。


 まあ、この話、ほんとかどうかも怪しい話で、なにせ酒でベロベロに酔っていた冒険者たちが口にしていたことなのだから。


でも、大幅ってすごく気になる……


 そんな僕は、

「普通に生活していればお爺ちゃんになるまでにレベル5はなれるんだぜ。

 それより低い冒険者なんて冒険者じゃねぇ」

 と、よくバカにされることがあるけど、この街で、レベル5のお爺ちゃんなんて見たことないんだよね。


 冒険者の多い街だし、冒険者をやめた人が商売をやっていたりもするから、実際はもっとレベルは高い。


 あ、でもレベル2の子どもはごろごろいる。


 僕も登録時にはレベル2だったわけだし……


 これで分かると思うけど、冒険者歴2年でレベル3の僕は……落ちこぼれ、なのだろう。


 要するに冒険者になって一年も経てば必然的に、駆け出し冒険者を卒業できる。


 その時にレベル5に達してない冒険者は冒険者として見てもらえない。


 僕だって、何とかしようと努力はしている。


 ――スキルさえあれば僕だって……バンバン魔物を狩れるのに……


 僕は毎日欠かさず素振りをしている。もちろん剣術スキルを身につけたいからなんだけど、未だにその兆しは見られない。


 魔法だって使えない。


 他の冒険者の話によると熟練を積むと、神託があってスキルを使えるようになるとか、ならないとか……


 残念ながら僕はそんな経験をしたことないから分からない。神託も聞いたことがない。


 何もない僕は、足手纏いにしかならないから誰もパーティーに入れてくれない。


 一度パーティーに入れてもらった時は死ぬほど嬉しかったけど、森で囮役にされ本当に死にかけた……

 役に立てるから本望だろうって笑うんだ……狩りが成功したからよかったものの、二度としなくない。


 幸い、そのパーティーは他の街に移ったらしく、すぐに居なくなってくれたから助かったけど。


 だから僕はいつだって一人。


 でも、それでいいんだ。小さい頃読んだ英雄はいつも孤独だったんだ。


 僕も孤独、一緒だ。


 そして今日も薬草採取の依頼を手に取る。


 ――よし、今日も頑張ろう!


 ぐっと拳を握ると手に取ったばかりの依頼書からグシャと嫌な音がした。


 ――あっ。


 僕は慌ててしわくちゃになった依頼書を広げて、受付カウンターに持っていった。


「お願いします」


「……」


受付嬢も慣れた者で、僕から依頼書を無言で受け取ると、すぐにカタカタと手続きを済ませてくれる。ありがたい。


 そんな僕が、手続きをすませ、ギルドを出ようとすると――


「やぁ、ルシール先輩」


 声がした方に振り向くと、1つ年下のアレスがいた。


 アレスは冒険者歴1年の冒険者だ。けどレベルはすでに10に達している。


 彼は美少年で、剣術だけじゃなく魔法も使いこなす王都の冒険者ギルドでは期待の新人だともてはやされている人物まで登り詰めている。


 そう呼ばれるようになったのも、冒険者ランクEまでの期間が短く、最速最年少記録を塗り替えたってのもその一因らしい。


 ちなみに冒険者ランクは下からH.G.F.E.D.C.B.A.S.SSの十段階ある。


 僕のランクはGでやっと一つ上げてもらえた。


 今はこんなに差が開いてしまったけど、会った当初は、先輩らしく街を案内して冒険者の基本を教えてあげてたんだ。


 まあ、一月も経たないうちに立場が逆転してしまったけど……


「ルシール先輩はまだ薬草なんか採集してるんだ」


「……やあアレス。そうだよ。た、たまには討伐依頼もしたいけどね……ははは」


 焦って討伐なんて口走ってしまった。先輩だった、というちょっとしたプライドがそうさせた。


 そんなアレスたちは人族のみ幼馴染みだという四人のパーティーで活動している。


 ――どうして強い人には、強い仲間がいるのだろうか。羨ましい……


 当然ながら、アレスの仲間も期待の新人だともてはやされている。


「あはは……ルシールが討伐だって。笑っちまうぜ」


 僕をバカにして言うのはラインだ。


 剣術が得意な13歳。とても13歳とは思えないほど体格がいい赤髪の少年。


 ギルド内からも僕の方へ呆れたような視線が集まってくる。


 ――しまった。周りにも聞こえてしまったらしい。見栄を張ったのがバレてる。


「ちょっとライン。笑ったら可愛そうよ」


 いつも何かと同情し庇ってくれるのが、落ち着いた雰囲気のある人物で回復魔法の得意な水色髪の美少女マリア。この美少女もアレスの仲間だ。


「違うマリア。冒険者の恥。だから言っても構わない」


 で、なにかとトゲのあることを平気で言ってくる人物が、魔法が得意な青髪美少女のフレイ。

 雰囲気からして冷めた感じだが放つ言葉もトゲがあったり冷たかったりと、僕は正直苦手だ。もちろんフレイもアレスの仲間。


 不意に視線を感じたので、アレスの方を見れば――


 ――えっ……


「何ですかルシール先輩」


 一瞬だけど、礼儀正しいアレスまでも、僕を見下していた様に感じた……


 ――気のせい、だよね?


 アレスは実力があっても決して驕らず、こんな僕でも先輩と慕ってくれていた。だからきっと僕の見間違い。


「な、なんでもないよ」


「あっ。そうだルシール先輩」


 そんなアレスが突然、真剣な表情になり僕に凄い情報があると教えてくれた。


 なんでもアレスが言うには、王都の近くにスキルのダンジョンというものがあるらしく、そこの最下層にはスキル神像があるというのだ。


 そのスキル神像に向かって祈ると何らかのスキルが貰えるらしいと教えてくれた。


「ルシール先輩の助けになると思うんだよね。はい、これがダンジョンへの地図です」


 ――ほら、やっぱり、見下していたらこんないい情報なんてくれないだろうしね。僕の見間違いだった。よかった。でも……


「ほ、ほんとにいいのか?」


 アレスが地図を差し出してくるから、つい受け取ったけど、先輩なのになんか申し訳ない。


「どうぞ。気にしないで下さい」


 アレスも何度も気にしたいでくれと言うので、僕はその好意に甘えることにした。


「ありがとう」


 聞いていたギルド内の冒険者たちがニヤニヤ、ニタニタしているのが気になるが、この地図が羨ましいのだろうか。


 ――僕だってスキルがほしいんだ。


「なあアレス。スキルが貰えるって言うのはほんとうなの?」


「先輩。みんなも最初はこのダンジョンに行ってますよ」


 ――知らなかった。


「そうなの? あ、いやそうだよね。そうだった、そうだった。あははは……」


 ――よし、スキルのダンジョンはこの地図によると思ったより近いみたいだから、うん。早速行ってみよう……


 そう思ったらいても立ってもいられなくなった。


「じゃ、じゃあ僕は行くところがあるから、地図ありがとうな」


 僕は再びアレスにお礼を言いうと、勢いよくギルドから駆け出していた。


「……気分が悪いわね。あんなヤツが期待の新人だったなんて……噂ってほんとアテになんてことないわね。やっぱり、もうこの街にはいないのかしらね」


 ギルドの依頼掲示板の側で、マントを羽織った金髪の10代半ばにみえる美少女が後ろ目に小さく呟いていた。

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